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管啓次郎/比較文学者・詩人|PAPERSKY Interview

, 2019/01/08

詩人として、また比較文学者として、世界のさまざまな土地を訪れながら思考し、創作を続ける管啓次郎さん。若き日にニューメキシコ州アルバカーキにあるニューメキシコ大学で学んだ体験をもつ管さんに、この土地との出会いがもたらしたものとは。アメリカ大陸の基層にある精神文化と触れ合うきっかけになった旅を振り返る。
 
—ニューメキシコという土地について意識し始めたのはいつごろですか。

もともと文学と人類学の両方をやっていて、大学を卒業した1980年代半ばごろから興味をもっていました。その理由のひとつが、学部生のころに読んだカルロス・カスタネダの本です。彼が人類学の調査で訪れたアリゾナやメキシコの砂漠地帯に住むヤキ族の話を書いていて、その周辺の土地を意識し始めました。もうひとつは、片岡義男さんの初期の短編小説のなかに、ある登場人物が半年をかけてひとりでニューメキシコとアリゾナをドライブしてまわった、というくだりがあって、すごく印象に残っていたんですね。ふたつの州だけを半年もかけて旅するなんて、それだけの感覚の資源がある場所なのかと。それで、いつかはいずれかの地に住みたいと思っていました。結局、その両方に住むことになったのですが。
 
—実際にニューメキシコ大学へ留学するきっかけはどんなものでしたか。

その直前まで、僕はハワイ大学の人類学科にいたのですが、ちょうど奨学金の給付がなくなり、どこかへ移動しようと考えていたタイミングでした。それでニューメキシコ大学について調べてみたら、アメリカ先住民族の学生が最も多く、また学生の約1/4が日常的にスペイン語を話しているとわかった。非常に特異な場所で、これはおもしろいなと。それで89年の春、初めてニューメキシコを訪れました。ひとりで10日間ほど車で走りまわったのですが、圧倒される体験の連続でした。アコマのメサ(テーブル型の岩山)の上に登り、眼下の荒涼とした風景を眺めると、空気が乾燥しきっているからものすごく遠くまで見下ろすことができる。そうすると、地下水脈を含めて水の流れがすべて見渡せて、人間がここを選び、何百年も住んできた居住のパターンがはっきり見えるんですね。人類と水、緑、太陽との関係が一気につながってきて、ここはすごい場所だと直感しました。その後、北のタオスへも足を伸ばしました。タオスについては、フロイトと決別して独自の心理学を発展させたカール・グスタフ・ユングが自伝のなかで、タオスで強烈なヴィジョンを得たという話を書いていたのを読んでいました。ユングはここで、村長とふたりでアドービ建築の屋根に腰かけて話を聞いているうちに、ヨーロッパ文明がいかに世界の他の地域を傷つけ、滅ぼしてきたかということを悟った。そうした関心から実際にタオスを訪れてみると、標高が高く、空気も山から流れてくる水もすごくきれいで。その清浄感に打たれました。この土地は本当に美しい。人間の居住によって必然的に起こるある種の汚染が非常に少ない場所だと感じました。
 
—何よりもまずその土地の風景の美しさに惹かれたということですね。

そうですね。今、思い返しても、自分の人生のなかで、アルバカーキに住んでいた1年半ほどが精神的にいちばんよかったと感じます。大学から真東に延びるローマスという通りがあって、その通りを5マイルくらい行ったところで街が終わり、ロッキー山脈最南端のサンディアという山の裾になる。そのいちばん隅にある高台のアパートに住んでいたのですが、そこでは毎朝、太陽が少しずつ上がってきて、山陰から顔を出したとたんに、アパートを越えて奥へパーッと光が広がっていくんです。そして夕方になると、今度は西方の地平線に向かって太陽が沈んでいく。270度くらいの視界で地平線が広がっている場所ですから、風景全体が炎上するような夕焼けになるわけです。日々そういう様子を見てたら、これが地球という惑星なんだ、毎日こうやって太陽が上がる、その道があるだけでいい。そういう気持ちになっていきました。
 
—大学ではどんな勉強や研究をされていたんでしょうか。

アメリカの州立大学はそれぞれの地方のまさに拠点であって、地域の文化や知識がそこに集約されているんです。学生たちも各地から集まってきていて、学ぶことに対してすごく積極的です。なかでも最も真剣なのが、マイノリティの学生、つまりアメリカインディアンや、「チカーノ」と呼ばれるメキシコ系アメリカ人の学生たちでした。

僕はそこで、もともと学んでいたフランス文学に加えて、ふたつの新しい分野に取り組み始めました。そのひとつがアメリカインディアン文学です。アコマと近縁のラグーナという村の出身のレスリー・マーモン・シルコウという女性作家がいるのですが、彼女のデビュー作『儀式(Ceremony)』は非常に重要な作品です。政府から虐待を受け続けてきたアメリカ先住民が世界大戦に巻き込まれ、部族の土地から掘り出したウランが原子爆弾の原料として使われて、その原爆が自分たちと同じような顔をしているアジアの日本人たちを殺戮した。そのことが、先住民たちにとって大きなトラウマになっている。彼らが抱えるそうした精神的な風景をこの本は教えてくれました。

もうひとつはチカーノ文学です。僕の師匠ともいうべきルドルフォ・アナーヤという小説家がいて、彼の授業に出たとき、僕は初めて文学とあるひとつの民族集団との関係を見ることになりました。1960年代の公民権運動の時代、黒人たちの運動に並行するようにしてアメリカ先住民、そしてチカーノの権利要求の運動もあり、そのなかから出てきた小説家のひとりがアナーヤ先生でした。彼の代表作に『ウルティマ、ぼくに大地の教えを(Bless Me, Última)』という小説がありますが、こうした作品についてディスカッションする授業があるんですね。大学に入ったばかりの18歳くらいの子から、70歳くらいまでの学部生、大学院生、研究者などが100人くらい集まって、チカーノ文学について毎週、議論する。その熱がすごいんです。扱われる題材が自分たちの生活と歴史に密着したことばかりですからね。僕はそれまで、そうした文学の授業を経験したことがなかった。フランス文学を学んでいるといっても、ただ読んでいるだけで、授業で「ここ訳してごらん」と命じられて、それを訳しておしまい。自分たちの生活とも、社会とも、歴史ともつながりを感じない。そうした体験しかもっていなかった僕は、この授業を見て初めて「文学は生きている」と理解できた。現代においてもアメリカ政府のマイノリティに対する扱いはひどいものですが、ここにははっきりと、文学の存在によって自分たちが生きられると感じている10代の子たちがいる。その事実に衝撃を受けました。こうしたことを実感しながらニューメキシコで過ごした体験は、僕にとっては非常に大きいものでした。
 
—この地で初めてアメリカインディアンやチカーノといった人々の精神文化に触れることができたわけですね。

住んでいたアルバカーキを手がかりとして、一方にはアコマをはじめとするプエブロインディアンの土地がある。そのさらに先には、ナバホがいて、ホピがいて、その先はまたアリゾナにつながっていく。そして北にはサンタフェがあり、タオスがある。まさにアメリカ大陸に人類が居住するに至った歴史の一コマを見ているような気がしたものです。ただ、それはたとえばアパラチア山脈の音楽のような、いわゆる移民の「アメリカ合衆国」のルーツではない。それ以前の、アメリカという名前以前の、大陸の最も基盤にある精神文化に対して目が開かれたということでしょう。
 
—これまでハワイ、ニューメキシコ、シアトルなど多くの場所を移動しながら、思索を広げてこられました。旅することにどんな意味を感じていますか。

人間が移動するとき、新しい土地を訪れた際に、じつは視覚や聴覚だけでなく、一瞬のうちにその場の湿度や光の量など、すべてを肌で感じているわけですよね。そうした皮膚感覚はすごく大きくて、それがじつは考えたり感じたりすることにも影響を及ぼしている。コアで考えている思考があって、そこに皮膚感覚をとおして状況ごとの刺激を与えることで、自分が変わっていく。ただその一方で、言語をもつ動物である人間の本性として、言葉によってその土地について語ったものを読んだりする経験もなければいけない。直接的な体験だけで満足してしまっては、じつのところ何もわからない。僕はすべての旅や移動は、その背後にある種の図書館のような知識の蓄積を必要としていると思う。
 
—旅をするには「行けば事足りる」と考えてしまいがちですが、そうではない。

だから、いわゆる「観光旅行」とそうではない旅の違いがあるとしたら、そのあたりだと思うんです。観光旅行とは、あくまでもすでにでき上がった自分が移動しているだけで、行って帰ってきても、何も変化してない。対して、それを超える旅とは、行ったことによって自分がはっきりと変わったと言えるものじゃないでしょうか。それには、精神的な態度だけじゃなく、然るべきソリッドな知識をそこで得る必要がある。ナバホの織物ひとつとっても、我々にはただ外形的なものしか見えないけれど、じつはその色柄すべて意味がある。彼らにとっては、それは一種の本のようなものなのですから。

そういえば先日、ある動物学者の先生から聞いた話ですが、森へ行くと小さいネズミがいる。そのネズミは海でいえば鰯みたいなもので、それを食べることによって他の動物たちが生きている。だからすごくたくさんいるわけです。ところが、我々がいくら森を歩いても、そのネズミたちの姿をまったく見かけない。それはなぜかといえば、「向こうがこちらを見てるから」なんだと。ネズミたちは人間が来たと思ったら、姿を隠してしまう。だから僕たちには全然見えないんだけれど、じつは山のなかで見た一瞬の風景のなかに、何百匹というネズミがいる。多くの人々は、「自分に見えないものは存在しない」と考えていますが、そうではないんです。そうした人間の皮相な愚かさを知ることが、旅の大きな課題じゃないでしょうか。 
 
管啓次郎 Keijiro Suga
1958年生まれ。詩では地・水・火・風の四大元素を主題とする。詩集に『数と夕方』(左右社)、英語詩集Transit Blues (University of Canberra)。批評的紀行文『斜線の旅』(インスクリプト)で読売文学賞受賞。またル・クレジオ『ラガ』(岩波書店)、サン=テグジュペリ『星の王子さま』(角川文庫)など、フランス語、スペイン語、英語からの翻訳多数。明治大学理工学研究科「場所、芸術、意識」プログラム教授。

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