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両極を単独徒歩で横断する|大場満郎 冒険家

, 2014/02/25

北極では遺書を書いた。あそこで死んでも不思議じゃなかったね。北極の氷ってのは一晩で30キロくらい流れるし、くまもしのび足で寄って来る。髪の毛真っ白でしょう、ほら。もう、手足をもがれた小鳥と一緒なのよ。自分の力じゃ戻って来られない。祈るしかない。俺は自分の弱さに気付いたね。北極をやるには女性的な感性が必要だと思う。頑張らないで、自然の中に調和してね、1日やるべきことをちゃんとこなして、何時から何時まで歩いて、無理しないでテント張って、ご飯食べて寝る。そういう規則正しい生活の延長がゴールだから。俺は山形の農家のせがれで、自然と調和することを農業で学んだ。農業というのは女性的。でも、実際は北極で3回も自然にはじかれちゃった。負けないぞって気持ちで行ってしまったから。そうすると危ない。俺は手足の指を切られたくらいで済んだけど、命を落しちゃう人もいる。3回失敗すればいくらアホでもだいたい、畏れ、謙虚、感謝ってのが大切なんだって分かってくる。だから4回目の単独歩行でうまく行った。

冒険がもたらしてくれたもの…一言で言えば、生きてるだけで素晴らしいんだってことが分かった。命の尊さ、はかなさっていうのを悟った。観光旅行じゃないし、気を抜いたらすぐ死につながる。言ってみれば平成の時代から氷河期へやって来たみたいなもの。どっちがいいといったら、やっぱり平成のほうがいい。温泉もあるし、おいしいもの何でもあるし、友達もいる、彼女もいる、温かい家もある。人ってのは、みんなで仲良く過ごして、死ぬときが来たらみんなに見守られて畳の上で死ぬ、それが本当の生き方だと思った。だって1 回しかないんだから人生は。だから、生きてるだけでも冒険。生きてることだけで感謝。それが一番大きな収穫。

今後は、現実を生きる冒険をやってみたい。これまで俺はずっと氷河期にいて、北極と南極を横断するために20年夢中でやって来た。で、やっと現実の世界に戻ってきた。だから人並みに結婚をして子供を作って、そして山形に作った冒険学校で俺が体験したことをいろんな人と共有しながら、楽しくやっていきたい。それが夢。あとは地球縦周り一周の旅。やっぱ欲が深いんですよね(笑)。

 
大場満郎
1953年山形県で農家の長男として生まれる。1973年に農業を父から引き継ぎ、29歳まで従事。1985年グリーンランド西海岸1400キロ単独歩行を皮切りに多くの単独徒歩行へ。1997年、4度目の挑戦で世界初の北極海単独徒歩横断に成功。1999年南極大陸単独徒歩横断成功。現在は『アースアカデミー大場満郎冒険学校』とともに、地球の今を子どもたちに学んでもらうためのプログラム『地球縦周り一周の旅』を組織し活動中。

※ このインタビューは、PAPERSKY no.12(2005年)に掲載されたものです。
Adventure Traveler 地球が誇る冒険者たち vol.3 大場満郎 冒険家

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