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  • Photography: Ana Armendariz

小説家・西加奈子さんと南米アルゼンチンへ

, 2013/12/03

日本から見た「地球の裏側」がどこにあるのか、正確なことはわからないが、アクセスするのに最も遠い国のひとつであることはまちがいない。ドアtoドアで約30時間。イラン生まれエジプト育ちの関西人、かつ旅好きで知られる西加奈子さんが「めっちゃ、遠い」とあらためて感心(?)するほどに、アルゼンチンという国は日本人にとって遠く離れた異国の地。そんな場所へ足を踏み入れれば、さぞや理解を超えたエキゾチック体験に襲われるはずと、期待と不安の入り混じった観光者気分を募らせていたのは、どうやら筆者だけではなかったらしい。ブエノスアイレス・コレヒアレス地区にある、自家製パンが評判の小さく瀟洒なレストランでの食事中、「なんか、アルゼンチンに来たという気がせえへんのよね」と西さんがふと漏らしたとき、思わずその場にいた全員が頷いたのは、なんとも象徴的なできごとだった。

「いままで、キューバに行っても、クロアチアに行っても『ああ、キューバに来たんや、クロアチアに来たんやなあ』と実感できたけど、アルゼンチンではそんな気がしなくて。なんでやろう?と思って考えてみたら、もともとイメージ自体がまったくなかったのかもしれへんなと。自分が南米という場所についてなにも知らなかったことに気がついた。それで、いざ来てみても、『ああ、これがアルゼンチン…なんかな?』という感じで、街も人もどこかの別の土地のなにかに似ているようでもあって、『これぞアルゼンチン』というものが掴みにくいというか。でも、だからといって、どこかの街とまったく同じというわけではなくて。逆に、すごくいろいろなスタイルがミックスされまくっているから、世界のどこにもない街。それがおもしろいんよね」。

西さんの話すとおり、南米屈指の都市でありアルゼンチンの政治・経済・文化の中心地、ブエノスアイレスという街は「どこかの街」に似ている。その事実を表す最も有名なキャッチフレーズは「南米のパリ」というものだろう。その通名どおり、古びたヨーロッパ的建築が建ち並ぶこの街のようすは、19世紀末より国際貿易港をして栄えた在りし日の華やぎ(とその後の経済的苦難)を感じさせる。こうしたミックスカルチャーは近代の産物というだけではなく、そもそも16世紀にこの地にスペイン人が入植して以来、ヨーロッパからやってきた白人たちと、労働力としてアフリカから連れてこられた黒人たち、そして先住民のインディオたちが混ざりあい、独特の文化を築きあげてきた歴史のなかにそのルーツを見出すことができるだろう。このモザイクのような、いやほとんど玉虫色のように「何色にも見える」不思議な街を案内してくれたのは、日本をはじめ世界で活躍するアーティスト「メフンヘ」のジュリアンとメルセデスだ。彼らが導いてくれる場所とはつまり、「アーティストの目から見たブエノスアイレス」。偏光レンズのついたサングラスをかけるように、この街を、人を「ちょっとだけ違う角度」から眺めてみようというわけだ。西さんと毎日、朝から晩まで、彼らの愛する場所—ショップやギャラリー、レストラン、公園、図書館、自転車屋までを歩きまわってめぐり、彼らの愛する人々に出会い、カフェで、家で、伝統的なマテ茶を啜りながら、あらゆる話に花を咲かせた。アートのこと、街のこと、人間のこと、政治のこと、天気のこと、料理のこと、雑誌のこと、歴史のこと……。2002年に経済破綻したアルゼンチンでは、あらゆる面でシステムが滞り混乱を迎えたが、その秩序の崩壊が逆に社会に「隙間」を産んだ。アーティストたちとのツアーは、そこらのガイドブックにはまず載っていない、そうした街のニッチな「裂け目」をめぐる旅でもあった。「ただ観光で訪れただけでは見ることができないものにたくさん出会えた」と西さんは満足げだ。

旅の最後、この地を離れることを惜しむ彼女に、ここへ来ていちばん驚いたことはなにか、とあらためて尋ねてみれば、「メフンヘのふたりや、この旅で出会った彼らの仲間たちと私たちの考えることが、ほとんど同じだったこと」だと言った。「違っていたから驚いた」のではなく、「同じだったから驚いた」のだと。

「じつは、メフンへのふたりに実際に会うまでは、もっと派手な、原色の革ジャンとか着たハードな雰囲気の人たちかと思ってて(笑)。でも実際に会ってみたら、すごくお洒落で、ナチュラルで素敵な人たちで、ぜんぜん違和感がなかった。彼らの作品もすごくソフトで繊細で、日本人の目から見ても魅力がすごくわかりやすい。そんな彼らが好きなお店とかものとかにふれたとき、『ああ、その感覚、わかるわかる』という感じがしたのね。たとえば、あんまりテレビばっかり見たくないとか、ケミカルなものは避けてオーガニックなものを摂るとか、豪華な家よりも小さくて古びた家を選ぶとか、蛍光灯よりも地下鉄の暗いライトが好きとか……結局、好きなものが同じだと、どんな国でも似たような感性になるのかなと思って、すごく印象的だった」。

遠い遠い異国の地で出会った「感性の友」。そんな友人の目をとおして歩いたブエノスアイレスの街は、まるで勝手知ったる地元のようになじみやすいものだった。

「地球の裏側の人たちとこんなに通じあえて、東京で、電車の隣の席に座っている人と通じあえないことがある。言葉が通じなくても、感覚でわかりあえるし、その逆のこともあるよね。だから、自分の好きなものさえしっかりもっていればまちがいないというか、世界中どこにいても仲間に出会えるんやという意味で、すごく勇気が湧いた。たぶん、南米でもアフリカでも北極でも、おしゃれな人もお調子者も暗い人もオタクな人もいるんやろうなって。それって、すごくほっとすることやと思う」。

言葉を超えてコミュニケーションできること。それはまさに、アートの効用の最たるものではないだろうか。「小説は言葉に依存しているから、音楽やヴィジュアルみたいに海を超えて伝わりにくいところがあるけど」と前置きしながら、西さんは「小説家」というひとりのアーティストとして、大きな気づきを旅のなかで得たと語る。

「自分の身のまわりの世界、もっと言えば、自分の頭のなかだけの精神世界みたいなプライベートなことを書けば書くほど、逆にグローバルになれるのかもしれへんよね。自分の好きなものとか、なぜそれが好きなのかとか、自分が感じていることについて細かく輪郭を描いていけば、それは文脈を超えて伝わるという気がする。逆に『日本で流行っているから』というだけだと、その流行がない外国に行ったら、話が通じないでしょう。だから、もっと個人的な、自分の好きなものをちゃんともって、自分で深く考えることすごく大切なんやなって。それがわかったことが、この旅のいちばんの思い出。だから、ここまで来てよかった。ホンマ、遠かったけど(笑)」
 
西加奈子 | KANAKO NISHI | 小説家
1977年、イラン・テヘラン生れ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。翌年、1匹の犬と5人の家族の暮らしを描いた『さくら』を発表、ベストセラーに。07年『通天閣』で織田作之助賞を受賞。13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞受賞。14年、自著『円卓』監督・行定勲、主演・芦田愛菜で映画公開決定。
 
This story originally appeared in PAPERSKY’s ARGENTINA | ART Issue (no.43)

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