Menu Links
  • Photography: Tetsuya Yamamoto

芭蕉も泊まった旅籠で、江戸情緒に浸る(御油〜岡崎)

, 2013/02/12

現在の愛知県豊川市にあたる御油の宿場は、姫街道が再び東海道に合流する地点。御油と次の赤坂は、江戸時代には大勢の飯盛女(めしもりおんな)がいた歓楽的な宿場町だったという。飯盛女とは泊まり客の相手をする女性で、多くは夜もともにしたと伝わる。赤坂にはいまも往時の旅籠の姿をとどめる宿、大橋屋がある。1649年の創業で江戸時代は「伊右エ門 鯉屋」の名で営まれていたこの宿の、連子格子をはめた2階の両端からは飯盛女の肖像画が通りを見下ろす。「当時、旅籠に置いていい飯盛女はふたりまでという決まりがあったんです。あの絵は張見世(遊女が店先で姿を見せて客を待つ)のような意味合いのものですね」と19代目の青木一洋さん。江戸時代のままの姿を残し、現在も旅籠として営んでいるのは全国でこの大橋屋だけだという。芭蕉が泊まり、広重も『東海道五十三次』の赤坂で描いたというこの旅籠で、貴重な一夜を過ごす。

「ここのご主人は建物の雰囲気を守るためにわざと表からは見えないように、だけどすごくきちんと建物の手入れをしているよね。でも本当はもっと皆で協力して守らないといけない場所じゃない? ここがなくなったら江戸から続く旅籠はなくなっちゃうんだから。金閣寺みたいなところは価値もわかりやすいけど、こういう見つけにくいところの価値をちゃんと見る目が必要だよね。自分の国だったらとくにそうじゃない? 次のステップに進むためのそういう発見をするのが、今回の旅の意義だね」。寝床で語るルーカスの演説がいびきに変わり、江戸の風情を満喫した夜は更けてゆく。

「夏の月御油より出でて赤坂や」。これは約2km と短い御油〜赤坂間を、短い夏の夜にかけた芭蕉の句。そのとおりに次の朝はすぐに来て、一行は2階で微笑む飯盛女に別れを告げた。
 
This story originally appeared in PAPERSKY’s Edo Tokaido Road Issue (no.36)

Tags:









ジョン・レノンも敬愛した、禅師の教えに触れる|東海道4

一行は沼津市に入り、江戸から数えて13番目の宿、原を目指す。ここには臨済宗中興の祖、白隠禅師ゆかりの… »STORY

関所も怖い、天下の険(東海道③ 箱根 → 三島)

小田原を抜けると天下の険、箱根八里の山越えが待っている。箱根宿は東海道五十三次のなかで最も高い場所に… »STORY

ういろうの元祖は、小田原にあり|東海道② 小田原→平塚

横浜市を横断し、平塚を過ぎて大磯に入ると、潮の香りが漂ってくる。西行法師も訪れて歌を詠んだという鴫立… »STORY

由比で江戸のポップアートを学ぶ(蒲原〜興津)

原から吉原を経て、静岡市の蒲原へ。広重の『東海道五十三次』で蒲原は雪景色として描かれるが、この地の気… »STORY

旅のご褒美は、宿場ごとの美味いもの(府中〜藤枝)

江戸から19 番目の宿場、府中は現在の静岡市。ここは徳川家康のお膝元で、『東海道中膝栗毛』の著者、十… »STORY

江戸の老舗をめぐって、多摩川越え(日本橋〜川崎)

PAPERSKY版・東海道中のスタート地点は、日本橋。お江戸日本橋から目指す京の三条大橋までは、全長… »STORY

旅の絵から読む、江戸の文化史

旅という新しい娯楽が日本で生まれたのは、江戸時代のこと。それと連動するように、当時、美術の世界でも旅… »STORY

すべての時間に続く道 | 日本の旅のルーツ、東海道(No.36)

いまから約400年前の江戸時代、多くの旅人が行き交う、世界でもっとも安全で、クリーンな街道があった。… »STORY

keen

東海道を歩くための理想的なシューズ|KEEN

東海道の旅でルーカスが履いているKeenのシューズは、街道を歩くための理想的なパートナー。なぜなら東… »STORY

TOKAIDO

東海道の旅のパートナー、現代の旅人・ルーカス B.B.

「いまって、昔の人の考えかたとか、過去のものを一回ゆっくりと見直してみるべき時代なんじゃないかと思う… »STORY

TOKAIDO

PAPERSKY No.36 東海道を歩く旅 発売

“この歴史的な街道にはいまなお当時のにぎわいを感じられる街並みが残り、タイムトリップでもしているかの… »STORY

name
旅籠大橋屋
place
愛知
address
愛知県玄飯郡音羽町大字赤坂字紅里127
phone
05 33-87-2450
link
website

© 2008-2018 Knee High Media. All Rights Reserved.