Menu Links
  • Photography: Cameron Allan Mackean
  • Photography: Cameron Allan Mackean

最後の三助|TOKYO BATHING | 東京 銭湯 1

, 2012/07/05

橘秀雪はしわの寄った手をすばやく動かし、杉原さんの背中を流す。77歳になる杉原さんは日暮里の斉藤湯の常連客で、この銭湯より2、3歳だけ若い年齢だ。この身体洗いの儀式はずっと昔からあり、日本では広く知られている。橘はこれまで何万人というお客さんの背中を流してきた。彼の手は背中、腕、頭のあちこちをすばやく行ったり来たりしながら、押したり、引っぱったり、ひねったりする。マッサージをするあいだ、橘の身体も揺れ動く。ずっと目は閉じたまま、まるで眠っているように仕事に没頭している。彼は「三助」と呼ばれる職業に就く最後の人物だ。三助の仕事は銭湯でお客の身体を洗ったり、マッサージをすること。橘が引退したら、三助という職業もこの世の中からなくなることになる。物事が怒涛のごとく変化する東京のような街に、近代化以前の社会を伝える橘のような人がまだ現役でいるのは驚くべきことだ。ほかの銭湯では、機械(たいていはマッサージチェア)が、三助の仕事を担うようになっている。

橘の日課はいまも、15歳で三助を始めたころとほとんど変わっていない(お客の数こそ昭和28(1953)年にくらべてずいぶん減ってしまったが)。当時の銭湯はたいへんな賑わいで、「若くてかわいい女の子」も大勢来ていたという。いま、銭湯のお客はありし日の郷愁を求めてやってくる、銭湯の古い浴槽やロッカーより年季が入ったお年寄りが多い。

橘は富山県氷見市の農家の四男として生まれた。農家の跡を継ぐのは長男と決まっていたので、彼は自分で働き口を見つけなければならず、15歳で中学を卒業すると、ひとつの決意を胸に東京にやってきた。その決意とは、銭湯で働くこと。当時、大盛況だった銭湯業界に働き口はいくらでもあり、橘もいくつもの浴場に番頭として勤め、銭湯の掃除やボイラーを使ったお湯の管理など、さまざまな仕事をこなした。そのころのことを尋ねると、橘はしばし沈黙する。「昔のことはずいぶん忘れちまったから。背中を流したら思いだせるんだけど…」。

僕たちは400円を支払い、「流し(背中流し)」と書かれた木の札だけを持って裸で入浴することにした。プラスチック製の椅子に座り、身体を洗い終わったころに、橘が白いランニングシャツと黒い半ズボンの三助姿で現れ、私たちの背中を流しはじめる。昔は三助を呼ぶベルがあり、お客さんが男なら1回、女なら2回鳴らすことになっていたという。ベルで呼ばれるまではボイラーの前で、ちょうどいいお湯加減になるように、古い家具などを次々に燃やしていたそうである。橘はまず、目の粗い洗い布で私たちの背中を痛いほどこすった。せっけんの泡が小さな山になって盛りあがる。それからゆっくりと時間をかけて泡を流す。すっかり流し終わると、これまで体験したことのないようなくつろぎの世界が広がった。流しの儀式から現実に戻った橘は、静かにうなずいて私たちの木の札を受け取ると、50年間ずっとそうしてきたようにボイラーの前へ戻っていった。

» English

The first of our three-part series on The Japanese Sento (Parts 2 & 3)
This story originally appeared in Papersky No.31 (Denmark, November, 2009)

Tags: ,









ホーローマグ Enamel Walking Cup|PAPERSKY STORE

PAPERSKY WALKING CLUB のオリジナル琺瑯カップ。軽量で耐久性にすぐれ、臭いもつき… »STORY

Mountain Bandana | PAPERSKY STORE

写真家・石川直樹さんの展覧会『この星の光の地図を写す』に合わせてコラボした、アウトドア・バンダナ。世… »STORY

Around the World Pants|PAPERSKY STORE

DEEPER’S WEARとPAPERSKYがコラボしたブラックジーンズ。撥水加工で水や汚れを弾くの… »STORY

東京の樹木をつないで歩く“ツリートレック”

森、というと、はるかかなたの場所に感じるかもしれない。都会から離れた山のなか、手つかずの自然が残って… »STORY

Fastpacker Sweat Trainer | PAPERSKY STORE

グラフィックアーティスト・CHALK BOYのイラストが胸元に施されたスウェット。まるでコットンのよ… »STORY

Tokyo Tree Trek @ YAMAP MAGAZINE

「YAMAP MAGAZINE (ヤマップマガジン)」にて、「PAPERSKY」が提案する樹木をテー… »STORY

大都会の自然を探して、and wander的東京ハイキング

世界のどの都市と比べても、トップレベルで緑が豊かな街、東京。and wanderのふたりと出かけるの… »STORY

樹木の声を聴く|Editor’s Note No.62

この特集を東京という街の縁の下の力持ち、樹木たちに捧げます。 世界中がパンデミックで騒いでいる… »STORY

PAPERSKY #62 TOKYO|Tokyo Tree Trek 東京特集 発売

4月30日発売のPAPERSKY最新号(#62)の特集は、「TOKYO|Tokyo Tree Tre… »STORY

犬のニッパーと家族をめぐる絆の物語「NIPPER –His Master’s Voice–」

あなたは、この犬が何を聴いているか知っていますか? レコード会社ビクターのロゴマークに描かれ… »STORY

PAPERSKY Soundtrack For Travelers 旅する音楽 東京編

次号PAPERSKYの特集は、東京。4/30の発売に先駆けて、「PAPERSKY Soundtrac… »STORY

Explorer Cap|PAPERSKY STORE

例えば、タヒチのジャングルをマウンテンバイクで走ったり、キャッツキルでのフィッシングやノルウェーのダ… »STORY

今治タオル Hiker’s Towel w/ カラビナ|PAPERSKY STORE

オーガニックテキスタイルを手がける「IKEUCHI ORGANIC」×「PAPERSKY」の今治タオ… »STORY

Pegs & Pens Case|PAPERSKY STORE

Hariyama Productions × PAPERSKYのペグ&ペンケース。テントを建てるため… »STORY

泥染トートバッグ | Made in Mud | PAPERSKY STORE

奄美大島に伝わる伝統技法、泥染めをはじめ天然染色を行う「金井工芸」とつくった、褐色に染まったボディが… »STORY

寝袋サングラスケース | PAPERSKY STORE

City to Summit × PAPERSKY 寝袋型サングラスケース。めがねやサングラスをしっ… »STORY

ニットキャップ World Post Edition|PAPERSKY STORE

寒さに負けないMADE IN USAのニットキャップ。上質なウール(85%)とリサイクルのナイロン(… »STORY

旅する音楽 soundtrack for travelers

これから旅に出る人たちのために選んだ、架空の旅の音楽「PAPERSKY Soundtrack For… »STORY

SAFE TRAVEL お守りステッカー|PAPERSKY STORE

お守り型のステッカー。日本や世界をめぐる旅の道中には、いつも危険やトラブルがつきもの。そんな旅人の安… »STORY

風景をつくる眼。アート,デザイン,工芸から生まれるランドスケープ

ランドスケーププロダクツ・中原慎一郎による展覧会「風景をつくる眼。アート,デザイン,工芸から生まれる… »STORY

Tour de Nippon Official Jetcap | PAPERSKY STORE

PAPERSKY Tour de Nipponの公式アイテムであるジェットキャップがリニューアル! … »STORY

Explorer Cap | PAPERSKY STORE

例えば、タヒチのジャングルをマウンテンバイクで走ったり、キャッツキルでのフィッシングやノルウェーのダ… »STORY

AIRPLANE PAD|PAPERSKY STORE

ALASKA BUNGU × PAPERSKYの紙飛行機が折れるレターパッド。書き味も心地よく、旅先… »STORY

Pegs & Pens POP Pen|PAPERSKY STORE

キャップを取ると「ポンッ!」というリズミカルな音がするPopなボールペン。旅に持ち歩くのにぴったりの… »STORY

Lee RIDERS presents VINYL HUNTING TOURS vol.16 SPECIAL OTHERS

ゲストミュージシャンとともに個性的なレコードショップをめぐり、とっておきの一枚を探して紹介する、Le… »STORY

HIKE & BIKE T-Shirts|PAPERSKY STORE

PAPERSKY × DIAGNL のコラボTシャツ。個性的なハイカーとサイクリストが描かれたTシャ… »STORY

name
斎藤湯
place
東京
address
荒川区東日暮里6-59-2
phone
03-3801-4022

© 2008-2020 Knee High Media. All Rights Reserved.