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アイヌ音楽、受け継がれる伝統と変容し続ける未来

口承で伝えられるアイヌ文化は、音楽もまた独自の進化を遂げてきた。伝統を受け継ぐ一方で、どのように表現するかは受け手によっても変わる。阿寒湖コタンのアイヌ音楽の今を、歌い手からつくり手まで3組の関係者に話を聞いた。 北海道 […]

11/12/2019

口承で伝えられるアイヌ文化は、音楽もまた独自の進化を遂げてきた。伝統を受け継ぐ一方で、どのように表現するかは受け手によっても変わる。阿寒湖コタンのアイヌ音楽の今を、歌い手からつくり手まで3組の関係者に話を聞いた。
北海道の道東に位置する阿寒湖エリアは、夫婦山といわれるピンネシリ(雄阿寒岳)とマツネシリ(雌阿寒岳)の麓に位置する温泉街。もともと先住民族であるアイヌが暮らすコタン(集落)があり、商店街は国内外の観光客でにぎわいを見せている。自然と共存してきたアイヌの人々の間には、暮らしから生まれた独自の音楽や歌、踊りがあり、阿寒の地においてもその文化は継承されている。
阿寒湖アイヌコタン出身で、ウポポ(アイヌの唄)を歌うKapiw & Apappo(カピウ&アパッポ)の下倉絵美さんと郷右近富貴子さんは、2011年に姉妹ユニットとして活動を開始し、現在は全国各地で公演する他、さまざまなミュージシャンとの共演も行っている。アイヌ語でカピウはカモメ、アパッポは花を意味し、2016年には、ユニット名を冠したドキュメンタリー映画もつくられた。ふたりは幼少のころから、祖母から伝承された阿寒や釧路地方の歌を中心に、民族楽器ムックリ(竹製の口琴)、トンコリ(樺太アイヌ由来の弦楽器)なども交えながらアイヌの歌の魅力を伝えている。アイヌはもともと文字をもたず、口承文化であることから、歌もまた、語り継いだ人がそこにアレンジを加えて次の人に伝えることで、少しずつ変わっているという。
「声だけでリズムになっているものもあれば、意味があるものもないものもある。地域によっても違うので、その数は誰も把握できてないんじゃないかと思います。それこそ、おばあちゃんの数だけあるという感じです(笑)」(富貴子さん)
現在ふたりはアイヌ文化の伝承者として活動する他、絵美さんはジュエリーデザイナーの夫とともにギャラリー&カフェ「Karip」を、富貴子さんも夫とアイヌコタン内にあるアイヌ料理の店「民芸喫茶ポロンノ」を手がけながら、加えて家事、育児と多忙な日々を送る。
「阿寒湖は旅人が立ち寄る場所。田舎ですけどコスモポリタンのような、いろんな人が行き交う場所でもあるんです。私たちは、交差点みたいな土地で生まれ育って、村人同士が家族みたいに生きてきたから、生活も仕事も区別はあまりなくて。音楽やアートに広いアンテナをもって自分を表現することで生きているおもしろい先輩たちがたくさんいました。アーティストを呼んではジャズライブを開催したり、フラメンコをやったり……。今、思えば自由な音楽文化が根づいたんだろうと思います」(絵美さん)。
だから「もっと世界の先住民とコラボレーションしてみたいよね」と富貴子さんが言えば、絵美さんも「電子音みたいなのと一緒にやったらどう?」。異色の組み合わせに興味があるというふたりは、伝統に根ざしながらもつねに現在進行形。自分たちの表現を“現代のアイヌの歌”として捉え、発信している。
一方、「阿寒湖アイヌくらいかも、こんなにオープンなのは」と話すのは阿寒湖アイヌシアター「イコロ」の舞台監督を務める床州生さん。「文化をアップデートしていく僕らがいる一方で、伝統を守り続けるエリアもある。アイヌのなかに両軸があるのがよいこと」だと語る。イコロでは、2019年3月から、阿寒ユーカラ『ロストカムイ』を上演している。アイヌ古式舞踊に込められた想いを、現代舞踊やデジタルアート、サウンドデザインで表現し、3DCG、7.1chサラウンドを組み合わせ、5台のプロジェクタで舞台を立体化し、各分野第一線のクリエイターを集めて、最先端の技術を駆使したものだ。
物語は阿寒ユーカラ(叙事詩)『ロストカムイ』。アイヌの間では、「動物にも、草木にも、水や火や風にもカムイ(神さま)が宿る」と信じられている。特にエゾオオカミは狩りをする神「ホロケウカムイ」と呼ばれ、カムイのなかでもアイヌに狩りを教え、ときに助ける特別なカムイとされてきた。だが、エゾオオカミは明治時代から減少し、現在では絶滅したといわれている。失われたホロケウカムイを、かつてアイヌの人々とともに生きた阿寒の森とも含めて舞台によみがえらせるという壮大なストーリーだ。
「共生や共有が大きなテーマで、今日までアイヌの人々が口承で伝えてきたユーカラの世界が、ここ阿寒湖で描かれます。ユーカラの前に“阿寒”をつけたのは、阿寒で考えるユーカラがこの後も続いていくことを考えて。これがアイヌ文化に興味もつ入り口になってくれたらいい」
ルーツはアイヌではないが、このプロジェクトに参加したクリエイターのひとりが、サウンドデザイナーで音楽を担当する高橋クニユキさんだ。
「阿寒湖のアイヌのみなさんには本当に温かく迎え入れていただいたことに感謝しています。僕は生まれも育ちも札幌で、以前からアイヌの方たちの存在は身近なものとしてありました。アイヌ音楽は完璧なくらいすばらしい。だからこそ、僕のなかでは自分が手を加えるようなものではないと思っていました」
楽器を多く持たないアイヌ音楽。歌の表現も繰り返しが多く、そのシンプルさがとても魅力的だと話す。
「文字をもたないので、元のかたちは誰も知らない。今僕たちが聴いている“伝統”といわれている音楽もアレンジされて受け継がれているものもあると聞いて。それがとてもすてきだなって、音楽としてつねに生きている感じがしました」
そして、譜面もなく答えもない、変幻自在な音楽だからこそ、制作するうえで“救い”になったという。
「変わる文化だからこそ、僕が関わってもいいんだと思うようになりました。アイヌ文化にはしっかりとした伝統がある一方で、変容し続ける未来もある。そういった幅の広さにものすごく憧れます」
『ロストカムイ』の制作において、高橋さんは、まず阿寒湖のまわりにある自然の音を集めようとフィールドレコーディングに出かけた。阿寒湖に滞在し、そこでしか録音できない貴重な音を少しずつ集めていった。「音をひとつの“存在”として捉えたかった」という高橋さんは、そこからアイヌの歌声と阿寒の自然音をミックスしたディープなサウンドを生み出した。
そして、今回のプロジェクトでは映像チームもダンサーもそれぞれがゼロスタートだったことが大きかったと振り返る。
「みんなでセッションしている感じで、一緒につくることに自由度が高かった。自分たちがアイヌ文化をどう結びつけるかという部分を、自然体でできたと思います。ぜひ劇場に足を運んで、自然との共存のあり方、生き方をここから感じ取って、共鳴していただけたら嬉しいですね」
 
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