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どこにも行かない自由|PAPERSKY book club

上手いというわけでもないし、かといって下手でもない。初めて高仲健一さんの陶器を見たときの感想は、失礼を承知で書くとそんな感じだった。どうということもない丸い陶皿に、線で描かれた豚。さらに「ブヒブヒ」とカナで鳴き声まで書き […]

09/12/2019

上手いというわけでもないし、かといって下手でもない。初めて高仲健一さんの陶器を見たときの感想は、失礼を承知で書くとそんな感じだった。どうということもない丸い陶皿に、線で描かれた豚。さらに「ブヒブヒ」とカナで鳴き声まで書き加えられている。ユーモラスでどこか引っかかるが、それが何かがわからない。
先日、千葉県大多喜町の山の上にある彼の自宅にお邪魔した。大きくて人懐こい犬が外まで飛び出してきて迎えてくれる。導かれるように石の階段を上りきると、簡素な小屋のような家。まわりでは鶏や猫が歩きまわり、囲まれた柵には、皿に描かれていたあの大豚が鎮座している。家に入ると土間にかまどがあってそこが台所。日々の煮炊きに使っているというかまどから伸びた煙突は、途中までしかなく、煙は2階の屋根にぶつかるようになっている。だから天井は黒光りして真っ黒だ。日々の暮らしを教えてもらう。毎朝座禅を組み、四阿(あずまや)で漢籍を声に出して読み、水墨画を描き、陶器をつくり焼く。同時に畑を耕し、動物の世話をし、魚を釣り、たけのこや山菜を採る。生活が作品のモチーフになり、作品をつくることが彼の生活そのものだ。仕事と生活のバランスという綱引きではなくて、ふたつが分かちがたく混ざり合っているといえばいいのだろうか。
彼が「絵ッセイ」と呼ぶこの本では、都会の仕事をやめて、この場所に暮らし始めた26歳のころから今までの、印象的なできごとを綴ったユーモラスな絵画と小文、そしてそれにまつわる漢籍からの一節が添えられる。子どもたちが順番にマムシに咬まれたこと、竹山を切り拓き家を建てたこと、大雨で家の土壁が剥がれてしまったこと。次々起こることが大変すぎてむしろ愉快だ。陶芸を始めたきっかけを書いた印象的な一文があった。「肉体労働のような感覚で、焼き物をつくって家族を食わせていけないんだろうか?」
さて、彼の家の続き。2階を案内してもらうと、部屋の壁には、罠にかかったイノシシに犬たちが飛びかかった様を描いた水墨画がかかっている。山を歩いているときに本当に起こったことだという彼の話を聞いていると、じわじわと作品の魅力が伝わってくる。どこに行くわけでもないけれど、なんという自由さだろう。
山是山 水是水 高仲健一 自然堂出版
http://www.shizendobk.co.jp/-/books/02.html