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ニッポンの魅力再発見の旅 奥能登

能登半島は、左手の親指をちょこんと倒したときの形と似ている。ちょうど第一関節から先にある穴水町、輪島市、能登町、珠洲市を総称した奥能登。奥深い奥ゆかしい、心惹かれるおくのおく。さあ、とっ先の町・珠洲市への旅に出かけます。 […]

08/04/2016

能登半島は、左手の親指をちょこんと倒したときの形と似ている。ちょうど第一関節から先にある穴水町、輪島市、能登町、珠洲市を総称した奥能登。奥深い奥ゆかしい、心惹かれるおくのおく。さあ、とっ先の町・珠洲市への旅に出かけます。
この地を訪れたことがある人は皆、珠洲は豊かだと口をそろえる。黒潮と親潮がぶつかる漁場、海と山と里が魅せる半島らしい美しい景観。遣唐使や北前船が往来し、関西や東北の物や人が海と陸から多くこの地へやってきたからか、珠洲の人たちの話し言葉にもどこかその両域の名残がある。
かつて、出羽(現在の山形県鶴岡市)羽黒山の開祖がたどったことから名づけられた「羽黒神社」。宮司の髙山哲典さんは、さまざまな町の文化や歴史が加わって変遷してきた珠洲の町のことを教えてくださった。「珠洲の獅子舞のお囃子は、佐渡の能・三番叟のそれに似ており、伊勢神宮の式年遷宮の掛け声であった木遣り歌は、夏祭りの曳山歌(キャーラゲ)に通じています。神輿の担ぎ手のために用意される食事は、キリコ祭りのヨバレとして、能登一円で独自のもてなし文化として受け継がれているんです」。祭りは7月から10月まで(特に9月から10月は)毎日のように行なわれ、珠洲の町は祭り一色に染まる。髙山さんが珠洲を文化のるつぼと言うように、訪問者を手厚く扱い受け入れてきた町にとって、この郷土の習わしは、子どもたちにもてなしの心を学ばせるために大切なものでもあった。
珠洲に上陸した北前船に乗せられたものの一つに、珠洲焼の水甕があった。焼物表面の炭化成分が水を浄化させる、と船上で重宝された。焼き上がる前にあえて酸素を入れず、炭化させることで黒色に染まり、灰が自然の釉薬となって器の表情をつくる。戦国時代に一度途絶えた珠洲焼は、1978年に地域の人によって復活。清水武徳さんは、珠洲焼の若き担い手として2002年に移り住み、まず林業に従事しながら、珠洲焼の先人たちと親交を重ね準備を進めた。「ろくろより手びねりのほうが好きなんですが、今回はろくろ作品を中心につくってみたんです」。ちょうど窯出しされていた素朴な黒い作品が並ぶ前で、彼の静かなチャレンジを垣間みることができたのだった。
正直、珠洲にいながらこれほどまで容易においしい珈琲にありつけることに、とても驚いた。珠洲生まれの浜岡宏直さんは、インドを巡る旅で由香さんと出会い結婚。それから、郡山、安曇野、東京と移り住む間に、自分がやりたい珈琲の道を探り、32歳で帰郷した。祖父の倉庫を大工の友人とセルフビルドで再生させ、2012年7月に自家焙煎の珈琲店「鈴々堂」を開店した。ところが、自分がよいと思うものがなかなか理解されず、珠洲でお店をすることの難しさに直面したという。「お客さんのことを思って何かをやればやるほど、うまくいかなかったんです。開店からそろそろ4年を迎えますが、自分たちらしく大事にすることとそうでないことのさじ加減を、引き算して調整することで、ようやくバランスを保てるようになりました」。珠洲は「二三味珈琲」がある町として知られるが、そんな先人の姿を見ながらつくり上げた浜岡さんらしい味と居心地のいい店で、私たちは朝の一杯を楽しんだ。
鈴々堂へは、近所にある「古川商店」のパンを持ち込むことができる。祖父の代から町の人に愛されてきたパン屋さんを、三代目の古川一郎さんと真美さんの明るいご夫婦が切り盛りしている。「神戸でドイツ系のハードなパンを学んで珠洲へ帰ってきたので、当初はフランスパンやデニッシュなど、祖父のときにはなかったパンの評判が上々でした。でも、パンだって時代や地域の人たちの趣向をみて、柔軟に変わらなくちゃならない。自分たちが楽しんでつくるパンが、お客さんを幸せにする。うならせるより喜んでもらうパンづくりを楽しんでいます」。約10年前からは地元の野菜を使ったパンなども展開。葛藤を乗り越えてつくり出されるパンは、柔らかくもしっかりとした、古川さんご夫婦の強さと優しさが伝わってくるのだった。
「木ノ浦ビレッジ」に立ち寄ると、この町で生きようと東京から移り住んだ志保石薫さんがいた。「実家暮らしだった私には、光熱費や車にかかる費用が高額で想像と違う!と、そのギャップに戸惑いました。住まいは上戸町で、勤め先まで車で30分と、珠洲の人にとっては遠い距離を往復していますが、朝日が昇る町に暮らし、仕事終わりに夕陽を拝める職場で、ああ、半島に暮らせて幸せって、心底思うんです。年配の方との交流も多いですが、ここに暮らす若い世代の人たちがすごくおもしろくて、彼らがどんなふうに考えているのかもっと知りたい。価値観を共有できる人が増えたらいいなぁと思うんです。今、珠洲にいたいんです、私」。地方の町に生きることは、おそらく簡単なことではない。ただ、この町にはたしかに、新しくて若い力が芽吹いていた。
 
PAPERSKY ツール・ド・ニッポン in 奥能登(2016.9.24-25開催)
http://archive.papersky.jp/2016/08/01/tour-de-nippon-in-oku-noto/
PAPERSKY Tour de Nippon in 奥能登 Movie
https://youtu.be/oa8q7Jc529g
 
» PAPERSKY #51 Upstate New York | Farm & Table Issue