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ノルウェーの旅のパートナー・華恵さん

オスロ・フィヨルドと呼ばれる湾の奥に位置し、三方を山に囲まれたノルウェーの首都オスロへ。メキシコ湾流が運んでくる南からのあたたかい海水のおかげで、北極圏に近いわりに冬でも気候は比較的穏やかなのだという。私たちがオスロを訪 […]

12/02/2011

オスロ・フィヨルドと呼ばれる湾の奥に位置し、三方を山に囲まれたノルウェーの首都オスロへ。メキシコ湾流が運んでくる南からのあたたかい海水のおかげで、北極圏に近いわりに冬でも気候は比較的穏やかなのだという。私たちがオスロを訪ねたのは、9月。ブックフェスやアートフェスなど芸術の秋らしい催しでちょうどにぎわっていた。新オペラハウスや、『叫び』などで知られるムンクの美術館など、芸術の都として。またノーベル平和賞の授賞式がおこなわれることでも、その名を世界に知られている。
ただ2011年は、日本とノルウェー両国にとっても世界的にも、忘れられない印象を残すことになる。3月11日の東日本大震災、そして7月22日に起きたオスロの爆弾テロ、ウート島の銃乱射事件だ。それまで描いていたノルウェーのフィヨルドやオーロラなどのイメージの、対極にあるような印象が刻まれた。事前にガイドブックを求めるも、その情報の少なさに驚くばかり。おかげで、緊張も一緒にスーツケースへつめこんで上陸することになった。
「銃が横行しているような国から日本へ戻ると“日本って平和だな”と感じる。だからノルウェーも、そんな日本と似ているのかもって想像していました。でも来てみたら、タトゥーやピアスをしている人も多いし、いろんな肌の色の人を見かけたし、移民も多くてびっくり」。
今回のオスロの旅のナビゲーターは、華恵さん。10歳のころから自分の言葉を用い、“書く”ことに向き合いつづける20歳のエッセイストだ。彼女のオスロ滞在は、ほんの3〜4日と短いものだった。にもかかわらず、華恵さんのセンサーは、街を感じ取っていた。そして、あの事件の負の印象より、はるかに刺激的でユニークなノルウェーの“正”の魅力をたしかに感じていた。
「テレビ番組のインタビューのお仕事で、事前の綿密なリサーチよりも、私のファーストインプレッションを求められることも多くて。それは自分にとって、すごくおもしろい。なにが起こるか、なにが聞けるかわからない、っていうディレクターの思惑でもあると思うんです。だから自分の聞いたこと、話したことでおもしろいことを引きだそうって。いつも、それを目指していますね。だから特に、旅に出ているときの五感は全開ですよ(笑)」
東京藝術大学に通う大学生でもある華恵さん。執筆とテレビや雑誌での仕事、それに学ぶこと。とにかくめまぐるしい毎日を送っている。
「旅に出ていると、学校へ早く戻りたくなる。戻ったらまた、旅へ出たくなる。どちらも必要な要素で、いま、こういう仕事、生きかたができていることは、自分にとってバランスがいいんです」。
小さいころから自然のなかで過ごす機会に恵まれているノルウェーの人の、環境や天然資源保護への意識は高い。そのため、自然環境や動植物を保護する法律や規制も多い。国をあげてデザインに力を注ぐノルウェーには、周辺環境への配慮に欠ける建築やプランに対して、地方自治体が却下できる法律もあるという。また電力のほとんどを水力発電でまかなっているので、ダム開発もできるだけ自然の湖や地形を利用して“自然との調和”に重きをおく。学校からの帰りに、山を歩いて内緒話。会社へボート通勤。買い物やお茶へ寄るように、家族や友人と山や海にふれあう。オスロの、都市に暮らしながら豊かな自然がすぐそばにある生活に、調和のとれた“バランス”を感じずにはいられなかった。
「オスロでの山歩きは、感覚的には “丘散歩”でしたね。トラムの車窓から街の変化を楽しむうちに、気づいたらもう自然のまっただなかにいる。山へ行くとなると、ふつうなら非日常の世界へ旅立つような気持ちになる。でもここでは、それが日常の延長。物足りなさどころか、開放的な気持ちになれる。私は日常生活でオン/オフを切り替えるのが、あまり得意じゃない。だから山では、ほんの少しでも“ひとり”になる時間をつくるようにするんです。オスロなら、それが容易にできそう。街からの森やビーチへの距離感、人のアクセス手段や行程も含めて本当に絶妙! 理想的でした」。
地下鉄やバスで、山へ海へ、散歩するように旅に出かけた。美術館やギャラリーで芸術鑑賞、インテリアやデザインに携わる人や場所へも訪れた。バレエの経験もある華恵さんが“ここには夢がつまっている!”と大興奮していたオペラハウスのモダンな空間は、刺激的でインパクトがあった。
「自分で探求する前に、街のほうから“これでもか!”っていうほど刺激をもらえたような気がします。仕事で歴史的な場所や大自然へ放りこまれることも多いですが、オスロでよかった。リアルな毎日に、この国の日常にふれることができたのが、おもしろかった」。
旅慣れた華恵さんに、旅先で思わず求めてしまうものについて訊いてみた。
「コーヒーが好きなので、カフェラテ! それに、チーズとチョコレートには目がないです(笑)。今回は時間がなくて叶いませんでしたが、旅先ではできるだけ教会へ行くようにしています。祈りの場所へ行くことで、そこに住む人たちのふだんのままの素顔、文化にふれることができるように思うんです。小さいころから家族で教会へ行っていたから、いまも時間があれば行きます。教会へ行かないと、自分が崩れてしまいそうなときがある」。
それは、彼女が1年間かけて世界遺産をめぐり、歴史への知識を掘り下げる仕事をしていたときのこと。「祈りとはなんだろう」「なぜ人は祈るのだろう」。考えてはみるものの、整理ができない、言葉にできない自分がいた。そのことをきっかけに、旅先で教会を訪れたいと思うようになる。
「毎日、めまぐるしくいろんなことが起こり、仕事も自分も変わっていく。それでも教会へ行くと、“核”は変わらない、これでいいんだと思える。だから自分にとって、教会へ行くことは大切なこと。それに、いろんな国の、いろんな宗教を知りたいというのもある。祈りの場は、落ちつく場所。そこでのふるまいかたには、そこに住む人たちの文化が表れてると思うんです。自分がそうであるように、内面がさらけだされているような気もします」。
感受性豊かな華恵さんは、小さいころから感じること=言葉にすることを生業としている。書くことを核にしようと決めてからはとくに、自分を客観的に見つめることを忘れない。ウート島での事件当時、キリスト教の建物であるオスロ大聖堂へは、イスラム系の人々も訪れ、犠牲者へろうそくを灯していたという。教会前にはいまも、たくさんの花やメッセージがたむけられていた。
華恵さんをとり囲む「旅と日常」「山と街」「仕事と学校」「外国と日本」や、いつも意識しているというバランス感覚は、まさにノルウェーのキーワード。大げさではなく素朴に、バリエーションに富んでいたオスロの街。仕事に学校に、恋に友情に。すべてが楽しいときにちがいない20歳の華恵さんにとって、オスロは充分に刺激的で、日常と非日常のバランスがちょうどいい街だったようだ。
華恵|Hanae|エッセイスト
1991年4月28日アメリカ生まれ。6歳より日本に住む。10歳からファッション誌でモデルとして活動。『小学生日記』(2003)、『本を読むわたし』(2006)などの著書も多数。現在は、東京藝術大学音楽学部へ通うかたわら、NHK BS番組のナビゲーターほか各種メディアで活躍中。