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旅のご褒美は、宿場ごとの美味いもの(府中〜藤枝)

江戸から19 番目の宿場、府中は現在の静岡市。ここは徳川家康のお膝元で、『東海道中膝栗毛』の著者、十返舎一九の故郷でもある。弥次さんの故郷も府中という設定だ。市内を流れる安倍川のほとりには江戸時代、川越えをする人が集って […]

08/12/2011

江戸から19 番目の宿場、府中は現在の静岡市。ここは徳川家康のお膝元で、『東海道中膝栗毛』の著者、十返舎一九の故郷でもある。弥次さんの故郷も府中という設定だ。市内を流れる安倍川のほとりには江戸時代、川越えをする人が集ってにぎやかだったという。そんな河畔の名物は、きな粉餅にまだ当時珍しかった砂糖をかけた高級品で、五文もしたことから五文採餅と呼ばれた餅。付近の金山へ検分に来た家康に、金山の金粉とかけて「安倍川の金な粉餅」として献上したところ、その機智を家康が褒め、以後安倍川餅と呼ばれることになったという。「当時の砂糖は、薬と同じくらい値が張る高級品。だからこの餅の噂が街道筋をとおして広まったんだろうね。当時は安倍川のほとりに餅屋が何軒もあったけど、江戸から続くのはいまじゃうちだけ」。そう教えてくれたのは、1804年創業の石部屋の15代目、長田 満さん。江戸時代は茶屋として酒も出したそうで、わさび醤油で食べる「からみ餅」の品書きがその名残を伝える。店内の小上がりで食べるつきたての餅の味は格別だ。「東海道は、歩き疲れたころにちょうど美味い名物が出てくるようになってるでしょ。身体が欲するからね。次は精のつくとろろ汁が待ってるよ」
とろろ汁が名物なのは、丸子宿。1569年創業の丁字屋は、いまもとろろ汁を求める人で盛況だ。広重が『東海道五十三次』で描いた丸子は、茶屋のクローズアップ。そこで、とろろ飯をかきこむ2人の旅人は、弥次喜多がモデルだともいわれる。旅人はこの先の難所、宇津ノ谷峠を前に、そろってとろろで精をつけたのだ。その峠の名物は、前述の十団子。団子で人食い鬼の厄をやり過ごし、峠越えで疲れたころの藤枝宿では疲労回復の良薬、くちなしで黄色く染めた染飯(そめいい)が待っている。