小笠原、島暮しの記憶 |5代目子孫、セーボレー孝さん
1830年にアメリカ・ボストンから船出し、この小笠原に最初に上陸した欧米人のひとり、ナサニエル・セーボレーの5代目の子孫にあたるセーボレー孝さん。1957年、本土への強制疎開から戦後すぐに帰還を許された欧米系島民の子として米国統治下の父島で生まれた。「米国人の子供たちと一緒に小学校に通っていました。だから家では日本語・英語を混ぜて喋っていたね。当時の父島には映画館やテニス・コートなんかもあったし、クリスマスにはシアーズ(アメリカの大手通信販売会社)のカタログでジャケットを買ってもらったり …»
小笠原、記憶の旅 TOKYO ISLANDS LIFE
今から7年前の2004年、PAPERSKYは小笠原を訪れている。東京から南南東へ約1000km、25時間の船旅で小笠原諸島を目指した。亜熱帯の気候の中で生物は独自の進化を遂げ、世界的にも貴重な動植物の楽園。何千年も無人島だったこの島に、小笠原に人が住み始めたのは、記録によれば1830年、わずか180年ほど前のこと。動植物の楽園であったこの島に、最初に定住したのは、アメリカやハワイなどから海を越えてやってきた欧米人たちだった。太平洋戦争、アメリカ統治、日本返還という歴史を経て、現在では大自然に心惹かれてやって来る、本土からの移住者も多くなった …»
野川かさね「A SONG FOR MOUNTAINS」スライドショー&写真展
写真家・野川かさねさんの写真展「a song for Mountains」が、Patagonia 東京・吉祥寺店にて6月24日(金)より開催されます。山の魅力に出会い、彼女が山を歩きながら撮りためた作品の数々が展示されるほか、7月16日(土)には、スライドショーとともに山の楽曲を楽しむスライドトークショーが行われます。演奏は、與田寛子さん、小木戸寛さん(tokyo blue weeps)。このイベントのために作られた山のうた、山へのうたが奏でられ、写真と音で「a song for Mountains」をつむぎます …»
ニーハイメディアの壁画が紹介されました
ニーハイメディア事務所である古民家の外壁に描かれた壁画が、ドイツで出版された書籍『”MURAL ART VOL. 3″ murals on huge public surfaces around the world』で紹介されました。Mural(ミューラル)とは壁画のことであり、このシリーズにはヨーロッパからアフリカ、アメリカ、アジア、オセアニアまで1000以上の壁画が紹介されています …»
ハーマンミラーのSAYLチェア&トークイベントのお知らせ
フレームのない背もたれのデザインは、つり橋の構造にインスパイアされたもの。ハーマンミラーの新作ワークチェアであるSAYLチェアをデザインしたのは、スイスに生まれサンフランシスコで活動するデザイナーのイヴ・ベアール。2007年にはタイムズ誌に「地球上で最も先見の明のある25人」として選ばれ、主宰するフューズプロジェクトは、ファニチャーやアパレル、コンピューター機器など、その革新的でサステナブルなデザインで多くの賞を受賞しています。
そのイヴ・ベアールの来日記念として、ニーハイメディア代表ルーカス・B.Bによるトークイベントが、東京丸の内のハーマンミラーストアにて行われます …»
NEW JAPANESE PHOTOGRAPHY 写真家たちの併走者
1974年、15名の日本人写真家による『New Japanese Photography』展がMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された。参加写真家は、土門拳、石元泰博、東松照明、川田喜久治、内藤正敏、一村哲也、土田ヒロミ、深瀬昌久、奈良原一高、細江英公、森山大道、秋山亮二、ケン・オハラ(小原健)、田村彰英、十文字美信。そして、キュレーターは、MoMA 写真部門ディレクターのジョン・シャーカフスキーと『カメラ毎日』編集長の山岸章二。日本の写真がはじめて本格的に海外に紹介された記念碑的な展覧会として、その意義は写真関係者の間では周知のものだ。しかし、そのカタログの謝辞に、翻訳などの手助けをした石元泰博の名に続いて、ある日本人の名が記されていることはあまり知られていないだろう。
“Toshio Saito”。その名の後には、「各写真家の過酷な個人基準に応じて、展覧会プリントを制作してくれた」という言葉が添えられている …»

































