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	<title>papersky &#187; tokyo</title>
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	<description>A DIFFERENT WAY TO TRAVEL</description>
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		<title>THE BNE WATER ORGANIZATION</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Jan 2012 01:15:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Vicente Gutierrez</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[art]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>

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		<description><![CDATA[ストリートアーティストとして15年間活動続けてきたBNE。アメリカを拠点に、ビジュアルアートという手法で世界各地にその存在を示してきたアーティストである。そんな彼がはじめた新しいプロジェクト「ウォーター・ファウンデーション」は、水問題を抱える地域に、クリーンな水を供給することを目的としたチャリティ活動だ。今回、PAPERSKYは世界各地で活動をするBNEに、自身の旅のエピソードや、彼の新しいプロジェクトについて話を聞いた。 — BNEウォーター・ファウンデーションはどのように始まったのでしょうか？なにか具体的なエピソードなどはあるのでしょうか？ 「ひとつの出来事というのではなく、幾つかが組み合わさったもので、僕の中で育っていった、というところでしょうか。今日の社会が面している貧困、戦争、自然破壊、といったメジャーな問題の根っこには人類の欲があるわけです。欲に対しての嫌悪が育っていくのと同時に、私たちの社会への失望が私を行動へと駆り立てたんですね。世界的に積み上げてきた私の名声と認知、私のアートを使うことが必要だとは判っていましたが、何をするのかが最も効果的か決めるためにずいぶんと時間とリサーチにかけました。沢山の読書とリサーチで、私はクリーンな水道水を後進国の人々に与えることが貧困に最も大きなインパクトを与えることだと学んだんですね。 — 他のアクティヴィストや彼らの活動があなたに影響を与えたでしょうか？ 「大勢の人権的な活動をしている人々がいるのを知ってはいますが、その誰もが特に影響を与えたわけではありませんね。アート・アクティヴィストについては、社会的な問題に関して彼らの活動のなかで批判をしているのですが、誰も解決策を与えてないですね。私は解決をしたいのであって、変化のアイデアを売ろうというのではないのです。多くの人々が彼らのプロダクトを売るためやブランディングのためにBNEの名前を使おうと私に近づいてきました。彼らの目を見て、彼らの行動をじっくりと観察すると見えるのは欲だけでした。真実のことを言うなら、彼らは私のライフ・ワークや私が属しているカルチャーを使って彼らのくだらないプロダクトを売りたいだけだっていうのは、私を激怒させました。そういうことを経験して、また極度の貧困、それによってこうむっている人々を間近で見たことが私にこれをやらせました。自分がやりたかったこと、というのではなく、私がやらねばならなかったことという方があたってますね。 — このウォーター・ファウンデーションというのは、あなたが若いころには気がつかなかったグラフィティの可能性を示唆しているのでしょうか？今と昔ではグラフィティに対する考え方は変わりましたか？ もちろん、若い頃にはグラフィティをまったく違うように捉えていました。名前を描いて有名になるためにグラフィティを始める人もいます。私は名声とか認知を重要視したことは今まで一度もありませんが、やらなくてはいけないことで、若い頃にひきつけられたことで、それを楽しんだということです。政治的なステートメントとして捉えたことはありませんし、コミュニケーションの方法とも捉えたこともありません。反抗の手段と捉えたこともなくて、ただやらねばいけないことで、それをやることで、私が生きる実感を得られたというだけです。今は大人としてグラフィティの背後にある心理学を深く理解しています。私は今でも昔と同じようにグラフィティを愛していますが、以前とはまったく違ったように見ています。ある時点で、私が声を持っているということ、そして、私のやっていることは基本的にはアドヴァタイジングだと判ったのです。それまでは、自分のエゴを宣伝していたのですが、『俺はここにいた』ということ以上のことを使えるのだ、と理解したわけです。別に『俺はここにいた』とだけ言うのが悪いというわけじゃありません。タグはグラフィティのエッセンスで、私は愛し続けますが、数千時間をストリートで過ごし、旅行し、世界中で何が起こっているかを見てきたあと、グラフィティを何か深い、意義深い目的に使う、というのは自然なことなのです。 — どうやって始めたのですか？「財団の始め方」とグーグルしたのでしょうか？何を知る必要があって、どのようにそれを学びましたか？ 「財団の始め方」をグーグルしていませんが、実在する多くの財団やNGOについて、誰が前面にいるか、どのように運営されているか、どのような戦略を使っているか、をリサーチしました。私たちの財団はインドネシアに登録されているので、現地の法律や正式な財団として必要な法的手続きについて学びました。 — 財団を始めるにあたって何か障害はあったでしょうか？「１年間に渡るリサーチ」というか「多くの思い」というか、教えてもらいたいです。 インドネシアでは物事がひどくゆっくり進みます。私は都市での暮らし方、素早く能率的にものごとを済ませる方法に慣れています。書類、お役人仕事、そうした一切のことがともかくひどくゆっくりインドネシアでは進むので、そのスピードに自分を合わせるのが、ともかく一番のハードルでした。リサーチの間は貧困について調べ、何をするのが対処としての効果的かを調べました。水はすべての生命にとって生きるために必要なものです。すべての生命にとっての根源的なもので、それなしでは死んでしまいます。水に関係した病気で１日で６０００人も死んでしまうので、マイクロ・ファイナンスも、教育プログラムも、他の活動や仕事も、子供が下痢で翌年に死んでしまうと意味がなくなるわけです。水が自分たちのプライオリティだと決めてから、私は水の専門家になり、サステイナブルで清潔な水を供給する解決を考えてきました。ずいぶんとリサーチと時間がかかりました。 — この財団のキイはアーティスト・ドネーションですね。アーティストの参加について教えてください。どの国、どの都市で、どのような動きかあるでしょうか？もうアート・ワークは受け取りましたか？ いつでももし世界中のアーティストがひとつの目的のために団結すれば素晴らしいと考えてきました。これはとても楽観的な考え方ですが、この運動の一部はこれが実際に起こるためのプラットフォームなわけです。アーティストに連絡をとりはじめたばかりですが、反応は素晴らしい。有名なアーティストから無名なアーティストまでのアート・ワークのドネーションを受け取っていますが、これはまさに思っていたことでした。たぶん、影響力や名声を持っているアーティストがいるでしょうが、どのアーティストでも彼らが作品をドネーションしてくれる度にどきどきします。これはとても前進的で、今までのやられてこなかったことです。しばらくの間はアート・コミュニティがこうしたプロジェクトの可能性や重要性を測りかねるとは思います。オンラインのギャラリーもオープンする予定ですし、世界中からこのプロジェクトに関連して、最終的には数千ものアーティストと仕事をしたいと思っています。アーティストとして私たちは常にクリエイティヴィティの先頭に立つべきだし、前進的な考え方をするべきです。私はすべてのアーティストが自身の才能を使う責任があると思いますし、よりよい社会へと影響するべきだと感じているんです。 — BNEプロダクツとアクティヴィズム・スルー・コマースについて教えてください。これはどういう仕組みになっているのでしょうか？ 私たちの活動をファンドするもうひとつのやり方は、BNEブランドのプロダクツのラインをデザインして売ることです。このプロダクツは他の市場にあるプロダクツ、人々が毎日買う靴やバッグ、服とかになるわけです。ただ、BNEプロダクツを選ぶと決めただけで、人々はこの運動の一部となることができるのです。利益の１００％が清潔な水と衛生プロジェクトのために使われます。このプロダクツは外に出て、世界中を渡り、私たちの目的ややっていることを知らせてくれ、またそれ以上の助けとなるでしょう。何を買っているかについて人々の意識を変えたいのです。何にお金を使っているのか、どこの誰のために使っているのか、ということです。個人的にはロールス・ロイスとダイアモンドの歯に利益を使うことしか興味のないオウナーの率いるブランドをサポートしている人々は嫌気がさします。BNEプロダクツは、普段から買っているもので、それをただ選ぶだけで、世界を変える可能性を持った何かの一部になれる機会を消費者に与えるのです。 — 若い世代の日本人、２０代や３０代のチャリティに関しての意識とかについてはどう思いますか？ 若い世代の日本人の意識がどうなっているかについて知っているとは思いません。でも、もし極度の貧困にしいたげられている人々に実際にあったら、私たちの多くはそれをなんとかしたいと思う筈だと信じています。一般的には日本人は毎日の暮らしのなかで世界で起こっているひどい不正行為、権利の侵害といったものを目にしないで暮らしているでしょう。しかしながら、最近の地震で日本人は、リアルで、シリアスな悲劇に直面したと思います。こうしたこと考えると、若い日本人はもっとチャリティをするようになるし、自分たちより恵まれてない人々について考えるようになるだろうし、深いレベルでよりよい世界のために自分たち人間が何をするべきなのかを考えるようになると思います。 — さて、実際にきれいな水を供給するためにアクションがこのウォーター・ファウンデーションを通じて講じられているのでしょうか？もし、実際にドネーションがどこのコミュニティや子供たちに使われているのかが可視化されれば素晴らしいでしょうね。 具体的にはどの事例も異なるのですが、次のプロジェクトでは、初期費用以外はかからない、メインテナンスもほぼいらない、バイオサンド・ウォーター・フィルターをインドネシアの干ばつと飢饉のひどい地域で完全に地元で生産して、供給するものです。雨水を既に集めている住民のために貯水池を作ったり、既にあるものを改良することもしていきます。衛生訓練も現地の女性たちと行ないます。あなたの言う通り、ドネーションが最初から最後まで見ることができれば素晴らしいと私も考えました。トランスペアレンシーは重視され、写真、ヴィデオ、それにGPSのトラッキングなどで私たちのサポーターはどこにお金がいったのか、何か達成されたのか、誰の人生に影響されたのか、を見るようになることができるでしょう。 — ジャカルタで会った素晴らしい人々について教えてください。ミスター・パク・ナーとは誰ですか？TWITTERで彼のこと賛美していましたが、彼は誰のことですか？ パク・ナーは５０代のホームレスの男性で、ジャカルタの橋の下に６年間住んでいた人です。彼は街角で絵を描いているのですが、そのほとんどは政治的か、もしくは彼の頭に浮かんできたことで、彼は心で話す人です。誰も彼のことを聞いたことがないし、もしくはこれからもないでしょうが、私のブログでの通り、彼は真のストリート・アーティストです。彼の意図はまったく純粋で、美術館やギャラリーに認められたいとか、アートで金を儲けようなどとは思っていません。実際のところ、彼はインターネットが何か、ということも知りません。説明してみましたが、彼が判ったとは思いません。社会のほとんど、もしくは警察官は彼のことを迷惑だと思うか、頭がおかしいと思うでしょうが、私は今まで出会ったなかで一番好きなアーティストです。旅ではほんとうに素晴らしい人に出会いました。特別な人物２人がこの世を去りました。去年はニューヨークはクイーンズのPOKEが亡くなりましたし、今年は東京の林文浩が世を去りました。一緒に過ごすのが大好きだった人々です。２人を思います。ほんとうに楽しかった時間をありがとう、と言いたいです。 — “ The Crib” ブログ・ポストですが、この経験について話してください。これは一体どこでしょうか？この経験はウォーター・ファウンデーションとつながっているのでしょうか？リサーチの一環でしょうか？ いいえ、これはリサーチではないのです。私と友達でジャカルタの中心地の学校／コミュニティをファンドしているのですが、小学校の通う年齢の多くの子供たちは極端な貧困に陥っており、家族まるごとが一部屋に住んでいるという有様なのです。私はこうした子供たちの家を訪れ、写真を撮影したのです。つい最近になって政府がジャカルタの教育に金を費やしはじめたので、今では私たちの生徒は少なくなっています。 — 好きな場所、今まで訪れた場所で好きな場所とその理由を教えてください。また、どこか行ってみたい場所はありますか？ 日本は私が若い頃に訪れた場所で、素晴らしい経験をした場所です。私たちは日本に友人がいたわけでもなく、日本語が話せたわけでもありません。私とニューヨークの友人はただチケットを買って行ってみたんです。ここで言っておきたいのは、他の多くの外国のアーティストと違って、私たちは日本人に何かを売ろうとしたり、日本でお金を儲けようとして日本にいったのでhないということです。ライヴ・ペインティング、アート・ショウ、スポンサー、そういうものは一切関係がありませんでした。誰もチケット代を払ってくれたわけではなく、宿泊するホテルを手配してくれたわけではありません。とてもリアルで、年上の世代の日本のグラフィティ・ライター全員はこのことを歴史の一部として覚えているはずです。日本の社会が私をいらつかせたこともありましたが、同時に私が尊敬し、感嘆する多くの事柄がそこにあります。日本は私の好きな場所の一つだと言えるでしょう。そこで良き友人たちと多くの楽しい時間を共有しました。スペイン、フランス、そしてEUを楽しんだ、と言えるでしょう。スイス、アルプス山脈はとても美しかったですね。世界の反対側では、私は最もひどく貧乏な人々がそのつらい暮らしのなかで、強さと思いやりを忘れないで暮らしているのを見ることが出来ました。私の経験では、貧しい人々は私が会ったなかでは、もっとも強く、もっとも寛大な人々だったと思います。私は地球のけっこうな地域を訪れたと思いますが、死ぬまでにはすべての国を訪れたいです。初めて訪れた国の街を歩いてまわるのは大好きです。最初はすべての街に私のタグを残したいという意図からだったのですが、世界を回り、ひどいことが蔓延しているということを知ったので、今ではそれをなんとかしたいと思っているのです。旅は、今では知識を増やし、人々と時間を過ごすという手段になって、そういう意味ではグラフィティ以上になっています。でも、自分のマークは残します。それは私の血ですから。 &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2012/01/05/the-bne-water-organization/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ストリートアーティストとして15年間活動続けてきたBNE。アメリカを拠点に、ビジュアルアートという手法で世界各地にその存在を示してきたアーティストである。そんな彼がはじめた新しいプロジェクト「ウォーター・ファウンデーション」は、水問題を抱える地域に、クリーンな水を供給することを目的としたチャリティ活動だ。今回、PAPERSKYは世界各地で活動をするBNEに、自身の旅のエピソードや、彼の新しいプロジェクトについて話を聞いた<span id="more-11277"></span>。</p>
<p><strong>— BNEウォーター・ファウンデーションはどのように始まったのでしょうか？なにか具体的なエピソードなどはあるのでしょうか？</strong></p>
<p>「ひとつの出来事というのではなく、幾つかが組み合わさったもので、僕の中で育っていった、というところでしょうか。今日の社会が面している貧困、戦争、自然破壊、といったメジャーな問題の根っこには人類の欲があるわけです。欲に対しての嫌悪が育っていくのと同時に、私たちの社会への失望が私を行動へと駆り立てたんですね。世界的に積み上げてきた私の名声と認知、私のアートを使うことが必要だとは判っていましたが、何をするのかが最も効果的か決めるためにずいぶんと時間とリサーチにかけました。沢山の読書とリサーチで、私はクリーンな水道水を後進国の人々に与えることが貧困に最も大きなインパクトを与えることだと学んだんですね。</p>
<p><strong>— 他のアクティヴィストや彼らの活動があなたに影響を与えたでしょうか？</strong></p>
<p>「大勢の人権的な活動をしている人々がいるのを知ってはいますが、その誰もが特に影響を与えたわけではありませんね。アート・アクティヴィストについては、社会的な問題に関して彼らの活動のなかで批判をしているのですが、誰も解決策を与えてないですね。私は解決をしたいのであって、変化のアイデアを売ろうというのではないのです。多くの人々が彼らのプロダクトを売るためやブランディングのためにBNEの名前を使おうと私に近づいてきました。彼らの目を見て、彼らの行動をじっくりと観察すると見えるのは欲だけでした。真実のことを言うなら、彼らは私のライフ・ワークや私が属しているカルチャーを使って彼らのくだらないプロダクトを売りたいだけだっていうのは、私を激怒させました。そういうことを経験して、また極度の貧困、それによってこうむっている人々を間近で見たことが私にこれをやらせました。自分がやりたかったこと、というのではなく、私がやらねばならなかったことという方があたってますね。</p>
<p><strong>— このウォーター・ファウンデーションというのは、あなたが若いころには気がつかなかったグラフィティの可能性を示唆しているのでしょうか？今と昔ではグラフィティに対する考え方は変わりましたか？</strong></p>
<p>もちろん、若い頃にはグラフィティをまったく違うように捉えていました。名前を描いて有名になるためにグラフィティを始める人もいます。私は名声とか認知を重要視したことは今まで一度もありませんが、やらなくてはいけないことで、若い頃にひきつけられたことで、それを楽しんだということです。政治的なステートメントとして捉えたことはありませんし、コミュニケーションの方法とも捉えたこともありません。反抗の手段と捉えたこともなくて、ただやらねばいけないことで、それをやることで、私が生きる実感を得られたというだけです。今は大人としてグラフィティの背後にある心理学を深く理解しています。私は今でも昔と同じようにグラフィティを愛していますが、以前とはまったく違ったように見ています。ある時点で、私が声を持っているということ、そして、私のやっていることは基本的にはアドヴァタイジングだと判ったのです。それまでは、自分のエゴを宣伝していたのですが、『俺はここにいた』ということ以上のことを使えるのだ、と理解したわけです。別に『俺はここにいた』とだけ言うのが悪いというわけじゃありません。タグはグラフィティのエッセンスで、私は愛し続けますが、数千時間をストリートで過ごし、旅行し、世界中で何が起こっているかを見てきたあと、グラフィティを何か深い、意義深い目的に使う、というのは自然なことなのです。</p>
<p><strong>— どうやって始めたのですか？「財団の始め方」とグーグルしたのでしょうか？何を知る必要があって、どのようにそれを学びましたか？</strong></p>
<p>「財団の始め方」をグーグルしていませんが、実在する多くの財団やNGOについて、誰が前面にいるか、どのように運営されているか、どのような戦略を使っているか、をリサーチしました。私たちの財団はインドネシアに登録されているので、現地の法律や正式な財団として必要な法的手続きについて学びました。</p>
<p><strong>— 財団を始めるにあたって何か障害はあったでしょうか？「１年間に渡るリサーチ」というか「多くの思い」というか、教えてもらいたいです。</strong></p>
<p>インドネシアでは物事がひどくゆっくり進みます。私は都市での暮らし方、素早く能率的にものごとを済ませる方法に慣れています。書類、お役人仕事、そうした一切のことがともかくひどくゆっくりインドネシアでは進むので、そのスピードに自分を合わせるのが、ともかく一番のハードルでした。リサーチの間は貧困について調べ、何をするのが対処としての効果的かを調べました。水はすべての生命にとって生きるために必要なものです。すべての生命にとっての根源的なもので、それなしでは死んでしまいます。水に関係した病気で１日で６０００人も死んでしまうので、マイクロ・ファイナンスも、教育プログラムも、他の活動や仕事も、子供が下痢で翌年に死んでしまうと意味がなくなるわけです。水が自分たちのプライオリティだと決めてから、私は水の専門家になり、サステイナブルで清潔な水を供給する解決を考えてきました。ずいぶんとリサーチと時間がかかりました。</p>
<p><strong>— この財団のキイはアーティスト・ドネーションですね。アーティストの参加について教えてください。どの国、どの都市で、どのような動きかあるでしょうか？もうアート・ワークは受け取りましたか？</strong></p>
<p>いつでももし世界中のアーティストがひとつの目的のために団結すれば素晴らしいと考えてきました。これはとても楽観的な考え方ですが、この運動の一部はこれが実際に起こるためのプラットフォームなわけです。アーティストに連絡をとりはじめたばかりですが、反応は素晴らしい。有名なアーティストから無名なアーティストまでのアート・ワークのドネーションを受け取っていますが、これはまさに思っていたことでした。たぶん、影響力や名声を持っているアーティストがいるでしょうが、どのアーティストでも彼らが作品をドネーションしてくれる度にどきどきします。これはとても前進的で、今までのやられてこなかったことです。しばらくの間はアート・コミュニティがこうしたプロジェクトの可能性や重要性を測りかねるとは思います。オンラインのギャラリーもオープンする予定ですし、世界中からこのプロジェクトに関連して、最終的には数千ものアーティストと仕事をしたいと思っています。アーティストとして私たちは常にクリエイティヴィティの先頭に立つべきだし、前進的な考え方をするべきです。私はすべてのアーティストが自身の才能を使う責任があると思いますし、よりよい社会へと影響するべきだと感じているんです。</p>
<p><strong>— BNEプロダクツとアクティヴィズム・スルー・コマースについて教えてください。これはどういう仕組みになっているのでしょうか？</strong></p>
<p>私たちの活動をファンドするもうひとつのやり方は、BNEブランドのプロダクツのラインをデザインして売ることです。このプロダクツは他の市場にあるプロダクツ、人々が毎日買う靴やバッグ、服とかになるわけです。ただ、BNEプロダクツを選ぶと決めただけで、人々はこの運動の一部となることができるのです。利益の１００％が清潔な水と衛生プロジェクトのために使われます。このプロダクツは外に出て、世界中を渡り、私たちの目的ややっていることを知らせてくれ、またそれ以上の助けとなるでしょう。何を買っているかについて人々の意識を変えたいのです。何にお金を使っているのか、どこの誰のために使っているのか、ということです。個人的にはロールス・ロイスとダイアモンドの歯に利益を使うことしか興味のないオウナーの率いるブランドをサポートしている人々は嫌気がさします。BNEプロダクツは、普段から買っているもので、それをただ選ぶだけで、世界を変える可能性を持った何かの一部になれる機会を消費者に与えるのです。</p>
<p><strong>— 若い世代の日本人、２０代や３０代のチャリティに関しての意識とかについてはどう思いますか？</strong></p>
<p>若い世代の日本人の意識がどうなっているかについて知っているとは思いません。でも、もし極度の貧困にしいたげられている人々に実際にあったら、私たちの多くはそれをなんとかしたいと思う筈だと信じています。一般的には日本人は毎日の暮らしのなかで世界で起こっているひどい不正行為、権利の侵害といったものを目にしないで暮らしているでしょう。しかしながら、最近の地震で日本人は、リアルで、シリアスな悲劇に直面したと思います。こうしたこと考えると、若い日本人はもっとチャリティをするようになるし、自分たちより恵まれてない人々について考えるようになるだろうし、深いレベルでよりよい世界のために自分たち人間が何をするべきなのかを考えるようになると思います。</p>
<p><strong>— さて、実際にきれいな水を供給するためにアクションがこのウォーター・ファウンデーションを通じて講じられているのでしょうか？もし、実際にドネーションがどこのコミュニティや子供たちに使われているのかが可視化されれば素晴らしいでしょうね。</strong></p>
<p>具体的にはどの事例も異なるのですが、次のプロジェクトでは、初期費用以外はかからない、メインテナンスもほぼいらない、バイオサンド・ウォーター・フィルターをインドネシアの干ばつと飢饉のひどい地域で完全に地元で生産して、供給するものです。雨水を既に集めている住民のために貯水池を作ったり、既にあるものを改良することもしていきます。衛生訓練も現地の女性たちと行ないます。あなたの言う通り、ドネーションが最初から最後まで見ることができれば素晴らしいと私も考えました。トランスペアレンシーは重視され、写真、ヴィデオ、それにGPSのトラッキングなどで私たちのサポーターはどこにお金がいったのか、何か達成されたのか、誰の人生に影響されたのか、を見るようになることができるでしょう。</p>
<p><strong>— ジャカルタで会った素晴らしい人々について教えてください。ミスター・パク・ナーとは誰ですか？TWITTERで彼のこと賛美していましたが、彼は誰のことですか？</strong></p>
<p>パク・ナーは５０代のホームレスの男性で、ジャカルタの橋の下に６年間住んでいた人です。彼は街角で絵を描いているのですが、そのほとんどは政治的か、もしくは彼の頭に浮かんできたことで、彼は心で話す人です。誰も彼のことを聞いたことがないし、もしくはこれからもないでしょうが、私のブログでの通り、彼は真のストリート・アーティストです。彼の意図はまったく純粋で、美術館やギャラリーに認められたいとか、アートで金を儲けようなどとは思っていません。実際のところ、彼はインターネットが何か、ということも知りません。説明してみましたが、彼が判ったとは思いません。社会のほとんど、もしくは警察官は彼のことを迷惑だと思うか、頭がおかしいと思うでしょうが、私は今まで出会ったなかで一番好きなアーティストです。旅ではほんとうに素晴らしい人に出会いました。特別な人物２人がこの世を去りました。去年はニューヨークはクイーンズのPOKEが亡くなりましたし、今年は東京の林文浩が世を去りました。一緒に過ごすのが大好きだった人々です。２人を思います。ほんとうに楽しかった時間をありがとう、と言いたいです。</p>
<p><strong>— “ The Crib” ブログ・ポストですが、この経験について話してください。これは一体どこでしょうか？この経験はウォーター・ファウンデーションとつながっているのでしょうか？リサーチの一環でしょうか？</strong></p>
<p>いいえ、これはリサーチではないのです。私と友達でジャカルタの中心地の学校／コミュニティをファンドしているのですが、小学校の通う年齢の多くの子供たちは極端な貧困に陥っており、家族まるごとが一部屋に住んでいるという有様なのです。私はこうした子供たちの家を訪れ、写真を撮影したのです。つい最近になって政府がジャカルタの教育に金を費やしはじめたので、今では私たちの生徒は少なくなっています。</p>
<p><strong>— 好きな場所、今まで訪れた場所で好きな場所とその理由を教えてください。また、どこか行ってみたい場所はありますか？</strong></p>
<p>日本は私が若い頃に訪れた場所で、素晴らしい経験をした場所です。私たちは日本に友人がいたわけでもなく、日本語が話せたわけでもありません。私とニューヨークの友人はただチケットを買って行ってみたんです。ここで言っておきたいのは、他の多くの外国のアーティストと違って、私たちは日本人に何かを売ろうとしたり、日本でお金を儲けようとして日本にいったのでhないということです。ライヴ・ペインティング、アート・ショウ、スポンサー、そういうものは一切関係がありませんでした。誰もチケット代を払ってくれたわけではなく、宿泊するホテルを手配してくれたわけではありません。とてもリアルで、年上の世代の日本のグラフィティ・ライター全員はこのことを歴史の一部として覚えているはずです。日本の社会が私をいらつかせたこともありましたが、同時に私が尊敬し、感嘆する多くの事柄がそこにあります。日本は私の好きな場所の一つだと言えるでしょう。そこで良き友人たちと多くの楽しい時間を共有しました。スペイン、フランス、そしてEUを楽しんだ、と言えるでしょう。スイス、アルプス山脈はとても美しかったですね。世界の反対側では、私は最もひどく貧乏な人々がそのつらい暮らしのなかで、強さと思いやりを忘れないで暮らしているのを見ることが出来ました。私の経験では、貧しい人々は私が会ったなかでは、もっとも強く、もっとも寛大な人々だったと思います。私は地球のけっこうな地域を訪れたと思いますが、死ぬまでにはすべての国を訪れたいです。初めて訪れた国の街を歩いてまわるのは大好きです。最初はすべての街に私のタグを残したいという意図からだったのですが、世界を回り、ひどいことが蔓延しているということを知ったので、今ではそれをなんとかしたいと思っているのです。旅は、今では知識を増やし、人々と時間を過ごすという手段になって、そういう意味ではグラフィティ以上になっています。でも、自分のマークは残します。それは私の血ですから。</p>
<p><strong>— そうした旅と遊牧的な生活を経て、家と呼べるような場所はありますか？</strong></p>
<p>そうですね、このような遊牧民的なライフスタイルが長いので、家がどのようなものか忘れてしまいました。でも、いい人と時間を過ごすと家にいるような気がします。</p>
<p><strong>— BNEという名前を使うどこが重要だったのでしょうか？本名と違った名前を使うまでのなにか経緯みたいなものはあるのでしょうか？</strong></p>
<p>ウォーターファウンデーションのアイデアにいたるまでにBNEという名前と私のアートを何か深い、社会の肯定的な変革に使いたいと思ったのです。ブランド認知とそれを保ち続けるために企業はもの凄い額のお金を使います。BNEが世界中で知られているというのは、その分野で私たちはさい先がいい。別の名前を使うともっと時間がかかることになるかも知れないし、すべて最初からやらなければならない。BNEという名前やグラフィティを使うのは、普段はそういうことを考えない若い人たちに社会的問題を考えてもらうきっかけになります。街でグラフィティをやっている１５歳の少年にユニセフのコマーシャルはあまり意味はないかも知れませんが、彼らが知っていて見上げるようなヴィジュアル・ランゲージで問題な扱われれば、インスパイアされるかも知れません。</p>
<p><strong>— BNEの名前はグラフィティと密接なため、多くの人々にとっては「よく判らないもの」かも知れません。でも、公衆衛生とかチャリティということになると、そうした一般的なオーディエンスが必要とされるでしょう。ウォーター・ファウンデーションと普通に評判の悪いグラフィティという組み合わせで、あなたはどのようにバランスをとるつもりでしょうか？</strong></p>
<p>いい質問です。多くの、一般の人々というのは、ある問題は彼らにとって理解しやすいようにして提示してあげないと判ってくれないものです。いい、悪い、とふたつに分ける必要はないと思います。つまり、いいグラフィティもあれば、悪いチャリティもあるのです。もちろん、BNEのチャリティの側面はすべての人に判りやすい、善い面でしょうが、街にあるBNEもこの目的のためにあるのであり、悪いわけではありません。今では先進的なチャリティはすべてブランドにならなければならないのを知っており、刷新的で、世界的に知られているブランドが使っているマーケティングや広告のテクニックを使っています。BNEが他のブランドと違うのは100％それが人々によるものであり、人々のためであり、そのすべてが社会のために使われるからです。あるブランドの目的がよりよい社会だとして、その広告のために金を払わなくてはいけない理由が判りません。私にはBNEのタグやステッカーが「私たちは存在しているんだ、私たちは君たちと同じように健康や幸せに値する」と貧しい人々が言っている声のように見えるのです。ほとんどの人はグラフィティは理解できませんし、理解できないものを嫌ったり畏れたりするのは人情の自然でしょう。でも、時間が経つにつれ、賢い人々が時間をかけてじっくりBNEが何をやっているのかを見れば、こう言うしかないでしょう。「これは全部理にかなってるよ。これはほんとうに凄いことなんだよ」って。</p>
<p><strong>— あなたの７月２２日のTWITTERが気にいってます。「社会的な問題について人々に知らせるための何百万倍もの額のお金とクリエイティヴィティが私たちの子供に不健康な飲料を飲ませるために使われている」これについてもう少し詳しく説明してもらえますか？</strong></p>
<p>街を歩き回ったり、電車に乗ったり、ハイウェイを車で走ったり、TVを見たりすると、サービスやプロダクトの宣伝と１日に何千回も出会うことになります。何十億という金がこうしたものを人々に買わせるために使われており、でも、私たちはこうした洒落た宣伝が自分たち人類をケアするためには使われているのを見たことはないし、また莫大な金額が戦争はクールじゃないことだというキャンペーンに使われているのを見たこともありません。もし、同じ額の金とクリエイティヴィティがNGOを宣伝したり、社会を前進させたりすることに使われたら、今より世界はもっといい場所になるでしょう。広告の力は絶大です。ルイ・ヴィトンは日本ではもはや宗教的にあがめられていますが、もしLVが彼らの利益を少しでもチャリティに回して、彼らをグラマラスに仕立てあげている広告でもう少し貧しい人々について考えたら、どうなるか想像してみてください。すごいことになるでしょうね。ロゴが大きな意味を持つことになるでしょう。本当の変化、本当に宗教的にあがめる意義あるものになるでしょう。</p>
<p><strong>— みなに愛されるような運動にあなたのタグは変身したのでしょうか？</strong></p>
<p>みなに愛されるような運動を私たちは今作ろうとしている、その過程にいるのですね。それがBNEに何を意味するのか？それはBNEがもう私ではなく、また私自身に属しているのでもない、ということを意味します。今は人々に属しているのです。</p>
<p><strong>— グラフィティが達成してきたこと、というのがありますね。ヴァンダリズムとしてブランディングされてしまい、アート・フォームとしては尊敬されないという地点からギャラリーへ、映画へ、マーケティング・キャンペーンで使われ、LA美術館で大きな回顧展があり、それに「政治的な」役割さえあり、今や人権運動にも使われている。グラフィティ、ストリート・アートの未来について聞きたいです。</strong></p>
<p>グラフィティは長い道のりを経て来たのですが、それを普通の人が見るのと、文化への深い理解がある人とでは見えるものが違います。あなたが言ったなかの事例では、人権的な運動を例外として、すべて外部の人間が金儲けのためにグラフィティを利用した事例です。ある人はこうした事柄すべてをシステムへの反抗からカルチャーが薄まってしまった、と考えるでしょう。グラフィティの未来？グラフィティが未来にも存在し続けてほしいとは思います。グラフィティは都市に命が存在する証です。それは「やあ、俺たちはここにいるよ、俺たちただののらくらモノじゃないよ」と言っている躍動のしるしですからね。グラフィティを生かし続ける人々が未来にもいるのは知っています。</p>
<p><strong>— それではインタヴィューを終わりにしましょう。もし、この運動を助けたいと思っても、アーティストでもなんでもない、普通の人間は何をすることができるでしょうか？</strong></p>
<p>誰もが参加できる運動です。まずは、私たちのサイト、<a href="http://bnewater.org" target="_blank">bnewater.org</a>をチェックしてみてください。私たちが何をしているか、もう少し見ることができるでしょう。運動をいろいろな方法でサポートできます。可能なら、献金したりBNEプロダクツを買うことによってドネーションできますが、金がすべてではありません。あなたの力を使ってこの運動を広めてください。ブログやTWITTERを使って、もしくはどのような方法を使ってもいいですが、広めてもらえると大変助かります。時にあなたはあなた自身の力に気がついていない時があります。ブランドやセレブリティを見ていると、彼らが私たち消費者なしでは存在できないのだ、ということを忘れがちになります。力があるのはあなたなのですが、それを理解してないだけなのです。このプロジェクトを成功させるのは、有名なアーティストやコーポレーション、もしくはセレブリティではありません。それは人々にかかっています。私はプラトフォームは作りましたが、この夢が実現するかは人々によっているのです。１人の人間では世界は変わりませんが、大勢の人間が、自分たちを変えようとしたとき、既に世界は変わっているのです。</p>
<p>BNE  　<br />
アメリカを拠点に活動するグラフィティアーティスト。1970年代後半〜80年代前半生まれで、過去15年間に世界各地に自身のマーク「BNE」を残し、世界中で知られるストリートアーティストとなった。2011年、「BNE Water Faundation」を立ち上げ、水問題で苦しむ地域に清潔な水を供給する活動をはじめ、話題となっている。<a href="http://bnewater.org" target="_blank">bnewater.org</a></p>
<p>This interview originally appeared in <a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/719542/ap-kneehighmedia" target="_blank">Papersky No. 37</a> Norway (November, 2011).<br />
Text: Vicente Gutierrez　Translation: Hiroshi Egaitsu</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2012/01/BNE-Papersky-1.jpeg" alt="" title="BNE-Papersky-1" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-11286" /></p>
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		<title>ドーの クラフト／アート／プロダクト 展</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/28/do-craft-art-product/</link>
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		<pubDate>Fri, 28 Oct 2011 05:41:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>大熊健郎</dc:creator>
				<category><![CDATA[japan]]></category>
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		<category><![CDATA[claska]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>

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		<description><![CDATA[クラフト＝手工芸という狭義の意味を越えて、クラフトという言葉がもっている「気分」が、デザインや私たちの暮らしに少なからず影響力をもっている時代だと感じています。このたびドーが「クラフトな気分」でこれまで作ってきたもの、またそんな気分を感じさせるアイテムや作品をご紹介する展示会を行います。ドーに縁のあるデザイナーや作家の方々のものを中心に集めました。生活雑貨からプロダクト、アートまで、ドーが今感じている「クラフトな気分」をぜひ確かめにきてください。 ◆ドーの クラフト／アート／プロダクト 展 ［会場］CLASKA Gallery &#038; Shop &#8220;DO&#8221; 本店 ［会期］2011年10月28日（金）～11月13日（日）11:00～19:00　 　※10月28日（金）のみ～22:00 ［出品作家］ 古賀充、ポスタルコ、レアジェム、エゴン・アイアーマン、盛永省治、フィリップ・ワイズベッカー、藤城成貴、ルイジ・ギッリ、La＋h 大谷敬司、エリック・ホグラン　ほか http://www.claska.com/gallery/ ― 同時期に開催する催し interior &#038; furniture CLASKA CLASKA オリジナルインテリアシリーズ、Hotel CLASKA 新客室「D.I.Y. Room 706」発表 ［会場］CLASKA 7F D.I.Y. Room 706 / SHOWROOM ［内覧会］2011年10月29日（土）～11月3日（木祝） 11:00～18:00　※アポイント制 　プレス関係者様向けに内覧会を行います。ご予約の上、ぜひお越しください。 ［ご予約・お問い合わせ先］CLASKA 岡嶌 &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2011/10/28/do-craft-art-product/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>クラフト＝手工芸という狭義の意味を越えて、クラフトという言葉がもっている「気分」が、デザインや私たちの暮らしに少なからず影響力をもっている時代だと感じています。このたびドーが「クラフトな気分」でこれまで作ってきたもの、またそんな気分を感じさせるアイテムや作品をご紹介する展示会を行います。ドーに縁のあるデザイナーや作家の方々のものを中心に集めました。生活雑貨からプロダクト、アートまで、ドーが今感じている「クラフトな気分」をぜひ確かめにきてください<span id="more-10436"></span>。</p>
<p>◆ドーの クラフト／アート／プロダクト 展<br />
［会場］CLASKA Gallery &#038; Shop &#8220;DO&#8221; 本店<br />
［会期］2011年10月28日（金）～11月13日（日）11:00～19:00　<br />
　※10月28日（金）のみ～22:00<br />
［出品作家］<br />
古賀充、ポスタルコ、レアジェム、エゴン・アイアーマン、盛永省治、フィリップ・ワイズベッカー、藤城成貴、ルイジ・ギッリ、La＋h 大谷敬司、エリック・ホグラン　ほか<br />
<a href="http://www.claska.com/gallery/" target="_blank">http://www.claska.com/gallery/</a></p>
<p>―<br />
同時期に開催する催し</p>
<p>interior &#038; furniture CLASKA<br />
CLASKA オリジナルインテリアシリーズ、Hotel CLASKA 新客室「D.I.Y. Room 706」発表<br />
［会場］CLASKA 7F D.I.Y. Room 706 / SHOWROOM<br />
［内覧会］2011年10月29日（土）～11月3日（木祝） 11:00～18:00　※アポイント制<br />
　プレス関係者様向けに内覧会を行います。ご予約の上、ぜひお越しください。<br />
［ご予約・お問い合わせ先］CLASKA 岡嶌 要　Tel：03-3719-8126　E-mail：<a href="mailto:shop@claska.com" target="_blank">shop@claska.com</a></p>
<p>novelax PREVIEW 2011 &#038; STORE<br />
9組のデザイナーによる新作展示会 in CLASKA<br />
［会場］CLASKA 8F &#8220;The 8th Gallery&#8221;<br />
［会期］2011年10月29日（土）～11月3日（木祝）11:00～20:00　入場無料<br />
　　　　※オープニングパーティー：10月28日（金）19:00～22:00（どなたでもご参加いただけます）<br />
［主催］novelax　<a href="http://novelax.jp" target="_blank">http://novelax.jp</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/10/do.jpg" alt="" title="do" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10437" /></p>
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		<title>明日から開催、DESIGNTIDE TOKYO 2011</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/28/designtide-tokyo-2011/</link>
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		<pubDate>Fri, 28 Oct 2011 00:24:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[design]]></category>
		<category><![CDATA[event]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>

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		<description><![CDATA[東京ミッドタウン・ホールをメイン会場に、都内各所で関連イベントが行われるデザインの祭典「DESIGNTIDE TOKYO 2011」が10月29日からスタートします。「思考をトレードする場」をテーマに、ジャンルを超えて様々な人の考えや会話が行き交う場として今年も多くの企画が用意されています。例年人気のエキシビションやマーケットに加えて、今年からはじまった、トークイベントを中心とする「TIDE TABLE」、招待作家による展示「TIDE FOCUS」という新しいコンテンツにも注目が集まります。 デザインタイド トーキョー 2011　概要 会期：2011年10月29日（土）～11月3日（木・祝）　 メイン会場：東京ミッドタウン・ホール 時間：10月29日（土）～11月2日（水）11:00～20:00／11月3日（木・祝）11:00～17:00 入場料： ￥1,500（学生 ￥1,000）/1日　￥3,000（学生 ￥2,000）/会期中３日　＊学生割引は学生証提示の場合のみ エクステンション会場：東京都内各所 TIDE FOCUS：招待作家による作品発表。独自の視点で選んだデザイナーの作品を通じて、その年ならではの意識を示し、気づきを喚起する。デザインタイド トーキョーからのメッセージのようなショウ。&#187; TIDE FOCUS 出展者 TIDE TABLE：大きなテーブルにのせられた様々な話題を、皆で話し、共有するトークイベント。デザインタイド トーキョーのすべ てのコンテンツを繋ぎ、ジャンルによらない様々な人が集い、デザインと社会を結ぶ。 Papersky クラブ活動でもおなじみの、江口宏志（ユトレヒト）、大熊健郎（CLASKA Gallery&#038;SHOP&#8221;DO&#8221;ディレクター）が参加するトークイベントも予定されています。 10月30日（日）13:00～14:00 「最近面白かったデザインの本について話そう」 中島佑介（リムアート）×江口宏志（ユトレヒト）×幅 允孝（バッハ） 10月31日（月）16:00～17:00 「バイヤーと店主」 小林和人（ROUNDABOUT/OUTBOUNDオーナー）×大熊健郎（CLASKA Gallery&#038;SHOP&#8221;DO&#8221;ディレクター）×山田遊（バイヤー） &#187; TIDE TABLE &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2011/10/28/designtide-tokyo-2011/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>東京ミッドタウン・ホールをメイン会場に、都内各所で関連イベントが行われるデザインの祭典「DESIGNTIDE TOKYO 2011」が10月29日からスタートします。「思考をトレードする場」をテーマに、ジャンルを超えて様々な人の考えや会話が行き交う場として今年も多くの企画が用意されています。例年人気のエキシビションやマーケットに加えて、今年からはじまった、トークイベントを中心とする「TIDE TABLE」、招待作家による展示「TIDE FOCUS」という新しいコンテンツにも注目が集まります<span id="more-10425"></span>。</p>
<p><a href="https://designtide.jp/" target="_blank">デザインタイド トーキョー 2011</a>　概要<br />
会期：2011年10月29日（土）～11月3日（木・祝）　<br />
メイン会場：東京ミッドタウン・ホール<br />
時間：10月29日（土）～11月2日（水）11:00～20:00／11月3日（木・祝）11:00～17:00<br />
入場料： ￥1,500（学生 ￥1,000）/1日　￥3,000（学生 ￥2,000）/会期中３日　＊学生割引は学生証提示の場合のみ<br />
エクステンション会場：東京都内各所</p>
<p><strong>TIDE FOCUS</strong>：招待作家による作品発表。独自の視点で選んだデザイナーの作品を通じて、その年ならではの意識を示し、気づきを喚起する。デザインタイド トーキョーからのメッセージのようなショウ。&#187; <a href="https://designtide.jp/focus-tide2011/" target="_blank">TIDE FOCUS 出展者</a></p>
<p><strong>TIDE TABLE</strong>：大きなテーブルにのせられた様々な話題を、皆で話し、共有するトークイベント。デザインタイド トーキョーのすべ てのコンテンツを繋ぎ、ジャンルによらない様々な人が集い、デザインと社会を結ぶ。</p>
<p>Papersky クラブ活動でもおなじみの、江口宏志（ユトレヒト）、大熊健郎（CLASKA Gallery&#038;SHOP&#8221;DO&#8221;ディレクター）が参加するトークイベントも予定されています。</p>
<p>10月30日（日）13:00～14:00<br />
「最近面白かったデザインの本について話そう」<br />
中島佑介（リムアート）×江口宏志（ユトレヒト）×幅 允孝（バッハ）</p>
<p>10月31日（月）16:00～17:00<br />
「バイヤーと店主」<br />
小林和人（ROUNDABOUT/OUTBOUNDオーナー）×大熊健郎（CLASKA Gallery&#038;SHOP&#8221;DO&#8221;ディレクター）×山田遊（バイヤー）</p>
<p>&#187; <a href="https://designtide.jp/table-tide2011/" target="_blank">TIDE TABLE プログラム一覧</a></p>
<p>詳細は、DESIGNTIDE TOKYO 2011公式ページにてご確認下さい。</p>
<p><a href="https://designtide.jp/" target="_blank">DESIGNTIDE TOKYO 2011</a><br />
<a href="https://designtide.jp/" target="_blank">https://designtide.jp/</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/10/designtide.jpg" alt="" title="designtide" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10426" /></p>
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		<title>アジア初のフライターグ・ストアが銀座にオープン</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/14/freitag-store-ginza/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/10/14/freitag-store-ginza/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 01:07:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<description><![CDATA[トラックの幌を使ったカラフルなメッセンジャーバッグで知られる「FREITAG（フライターグ）」のフラッグシップストアが10月7日、東京・銀座にオープンした。アジア初の出店となる同ストアは築50年のビルの一、二階部分を改装し、フライターグのルーツでもある高架橋やコンテナを連想させるインダストリアルな空間となっている。 -「東京に行けば、何でも揃う」だなんて、いつ誰が言いましたっけ？日本でフライターグの販売が開始されてから早、15年。通りで目にすることはあっても、どこで手に入れられるのかは、イマイチよく分からないという方も。 ― そうなんです、アジアで初、そして世界で9 つ目のフライターグ・ストアがグリッド状に道路が走る街、銀座にお目見え致します。 　柔道、武士道、華道に茶道。日本のあちらこちらに「道」という「道」があります。フライターグを名乗るものにとって「道」は常に目指すべき場所なのです。ありとあらゆる「道」との遭遇の中で、日本国道路元標から程近くに1961年から銀座の柳を見守ってきた「銀座の友だち」と言う名の50歳の古ビルに出会いました。どんなに薄汚れていても、どんなに階段が傾いていようとも、どんなに床穴があいていても、スイスの友だちを魅了したのは事実です。スイスデザイン賞を受賞した「V30 FREITAG Skid」という名の店舗専用什器のモジュールシステムで埋めつくした壁面がワビサビ空間をいっそう引き立ててくれます。そうそう、ここは銀座。お直しカウンターも併設いたします。-（FREITAG STORE TOKYO プレスリリースより） FREITAG Store Tokyo 〒104-0061 東京都中央区銀座 1-13-12 Opening Hours：Mo-Fr 11am-9pm, Sa-Su 10am-8pm 　 なお、本誌『PAPERSKY』スイス特集号（No.33）では、創業者であるフライターグ兄弟の兄・マーカスにチューリヒの街を自転車で案内してもらった。フライターグの工場をスタートに、自転車ショップやカフェ、本屋など、いずれも高架橋周辺のエリアに凝縮されたお気に入りのスポットをめぐっている。 &#187; 高架橋のある風景 フライターグ｜Papersky]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>トラックの幌を使ったカラフルなメッセンジャーバッグで知られる「<a href="http://www.freitag.ch/" target="_blank">FREITAG（フライターグ）</a>」のフラッグシップストアが10月7日、東京・銀座にオープンした。アジア初の出店となる同ストアは築50年のビルの一、二階部分を改装し、フライターグのルーツでもある高架橋やコンテナを連想させるインダストリアルな空間となっている<span id="more-9989"></span>。</p>
<p>-「東京に行けば、何でも揃う」だなんて、いつ誰が言いましたっけ？日本でフライターグの販売が開始されてから早、15年。通りで目にすることはあっても、どこで手に入れられるのかは、イマイチよく分からないという方も。 ― そうなんです、アジアで初、そして世界で9 つ目のフライターグ・ストアがグリッド状に道路が走る街、銀座にお目見え致します。<br />
　柔道、武士道、華道に茶道。日本のあちらこちらに「道」という「道」があります。フライターグを名乗るものにとって「道」は常に目指すべき場所なのです。ありとあらゆる「道」との遭遇の中で、日本国道路元標から程近くに1961年から銀座の柳を見守ってきた「銀座の友だち」と言う名の50歳の古ビルに出会いました。どんなに薄汚れていても、どんなに階段が傾いていようとも、どんなに床穴があいていても、スイスの友だちを魅了したのは事実です。スイスデザイン賞を受賞した「V30 FREITAG Skid」という名の店舗専用什器のモジュールシステムで埋めつくした壁面がワビサビ空間をいっそう引き立ててくれます。そうそう、ここは銀座。お直しカウンターも併設いたします。-（FREITAG STORE TOKYO プレスリリースより）</p>
<p>FREITAG Store Tokyo<br />
〒104-0061 東京都中央区銀座 1-13-12<br />
Opening Hours：Mo-Fr 11am-9pm, Sa-Su 10am-8pm</p>
<p>　<br />
なお、本誌『PAPERSKY』<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/ap-kneehighmedia" target="_blank">スイス特集号（No.33）</a>では、創業者であるフライターグ兄弟の兄・マーカスにチューリヒの街を自転車で案内してもらった。フライターグの工場をスタートに、自転車ショップやカフェ、本屋など、いずれも高架橋周辺のエリアに凝縮されたお気に入りのスポットをめぐっている。<br />
&#187; <a href="http://www.papersky.jp/2010/08/06/freitag/">高架橋のある風景 フライターグ｜Papersky</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/10/F-Store-Tokyo_01.jpg" alt="" title="F-Store-Tokyo_01" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-9991" /> </p>
]]></content:encoded>
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		<title>フィリップ・ワイズベッカー展「LINE WORK」9/22-10/23  CLASKA ギャラリー＆ショップ ドー</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/09/28/line-work/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/09/28/line-work/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 28 Sep 2011 08:14:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>大熊健郎</dc:creator>
				<category><![CDATA[japan]]></category>
		<category><![CDATA[jp]]></category>
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		<category><![CDATA[claska]]></category>
		<category><![CDATA[papersky club]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>

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		<description><![CDATA[ノコギリ、かんな、はさみ、金づちなど見たことのある日本の道具たちが緻密に、それでいてどこかユーモアを感じさせるタッチ描かれている。今から10年程前に手にした一冊の作品集「HAND TOOLS」。それがフィリップ・ワイズベッカー作品との最初の出会いだった。以来ワイズベッカーさんの作品に魅了され続けている。2009年に銀座のクリエイションギャラリーG8で開催された個展ではあまりに夢中になってしまい会場に5回も足を運んだ。そしてついに念願の作品を手に入れたのだが、そのときの興奮は今でも忘れられない思い出である。こんなに楽しめた展覧会ははじめてだった。 フィリップ・ワイズベッカーさんは1942年生まれ。現在はパリを拠点にニューヨークとバルセロナにアトリエをもちイラストレーションの仕事と個人的な作品の仕事を平行して行っている。ワイズベッカーさんは日本とゆかりの深いアーティストでもある。初来日は2000年、東京で初の個展を開催した。2003年には京都にある日仏交流会館・九条ヴィラに４ヶ月滞在し、作品制作を行っていた経験もある。その後も展覧会や広告の仕事で何度も日本を訪れ、本人も大の日本好きだそうである。今回展示されている作品の中に「NIKKO」シリーズというのがある。一昨年の来日の際に日光を訪れ、メインストリート沿いに建っていた建物を描いたものだが、それがまた実にワイズベッカーさんらしいタッチで表現されていておもしろい。 一度見たら忘れられないその絵は、対象を独特のデフォルメによって描くことによって生まれるその作風による。生真面目さとユーモアが絶妙のバランスでミックスされたような作品に多くのデザイナーやイラストレーターなど同じクリエイターにファンが多いのも特徴のひとつ。先に紹介した作品集「HAND TOOLS」の装丁を手がけたアートディレクターの葛西薫さんもそのひとりである。 そんな我が憧れのワイズベッカーさんの展覧会を自分のお店で開催できることになるとは感無量、何事も強く願ってみるものである。今回はこれまでの独特のパース感覚で描かれたワイズベッカーさんらしい作品だけでなく、「LINE WORK」と題したよりシンプルに対象の本質に迫ったよりアート性の高い新作のシリーズなど、幅広い作品を楽しむことができる。 展示会は来月２３日まで。作品はもちろん、今回の展示作品をまとめたカタログも販売している。ぜひ一人でも多くの方にご覧頂きたい。 フィリップ・ワイズベッカー展　「Line Work」 9月22日から10月23日 ＠CLASKA　ギャラリー＆ショップ　ドー http://www.claska.com/news/2011/09/_line_work.html]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ノコギリ、かんな、はさみ、金づちなど見たことのある日本の道具たちが緻密に、それでいてどこかユーモアを感じさせるタッチ描かれている。今から10年程前に手にした一冊の作品集「HAND TOOLS」。それがフィリップ・ワイズベッカー作品との最初の出会いだった。以来ワイズベッカーさんの作品に魅了され続けている。2009年に銀座のクリエイションギャラリーG8で開催された個展ではあまりに夢中になってしまい会場に5回も足を運んだ。そしてついに念願の作品を手に入れたのだが、そのときの興奮は今でも忘れられない思い出である。こんなに楽しめた展覧会ははじめてだった<span id="more-9738"></span>。</p>
<p>フィリップ・ワイズベッカーさんは1942年生まれ。現在はパリを拠点にニューヨークとバルセロナにアトリエをもちイラストレーションの仕事と個人的な作品の仕事を平行して行っている。ワイズベッカーさんは日本とゆかりの深いアーティストでもある。初来日は2000年、東京で初の個展を開催した。2003年には京都にある日仏交流会館・九条ヴィラに４ヶ月滞在し、作品制作を行っていた経験もある。その後も展覧会や広告の仕事で何度も日本を訪れ、本人も大の日本好きだそうである。今回展示されている作品の中に「NIKKO」シリーズというのがある。一昨年の来日の際に日光を訪れ、メインストリート沿いに建っていた建物を描いたものだが、それがまた実にワイズベッカーさんらしいタッチで表現されていておもしろい。</p>
<p>一度見たら忘れられないその絵は、対象を独特のデフォルメによって描くことによって生まれるその作風による。生真面目さとユーモアが絶妙のバランスでミックスされたような作品に多くのデザイナーやイラストレーターなど同じクリエイターにファンが多いのも特徴のひとつ。先に紹介した作品集「HAND TOOLS」の装丁を手がけたアートディレクターの葛西薫さんもそのひとりである。</p>
<p>そんな我が憧れのワイズベッカーさんの展覧会を自分のお店で開催できることになるとは感無量、何事も強く願ってみるものである。今回はこれまでの独特のパース感覚で描かれたワイズベッカーさんらしい作品だけでなく、「LINE WORK」と題したよりシンプルに対象の本質に迫ったよりアート性の高い新作のシリーズなど、幅広い作品を楽しむことができる。</p>
<p>展示会は来月２３日まで。作品はもちろん、今回の展示作品をまとめたカタログも販売している。ぜひ一人でも多くの方にご覧頂きたい。</p>
<p>フィリップ・ワイズベッカー展　「Line Work」<br />
9月22日から10月23日 ＠CLASKA　ギャラリー＆ショップ　ドー<br />
<a href="http://www.claska.com/news/2011/09/_line_work.html" target="_blank">http://www.claska.com/news/2011/09/_line_work.html</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/09/wp1.jpg" alt="" title="wp1" width="528" height="351" class="alignnone size-full wp-image-9804" /></p>
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		<item>
		<title>［ジージージージー］グルーヴィジョンズ展</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/08/13/gggg/</link>
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		<pubDate>Sat, 13 Aug 2011 00:13:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[art]]></category>
		<category><![CDATA[event]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>

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		<description><![CDATA[伊藤弘さんが代表を務めるデザインスタジオ・グルーヴィジョンズの［ジージージージー］展がギンザ・グラフィック・ギャラリー（ggg）で行われています。伊藤さんは5月に行われたPAPERSKY Bicycle club 「Tour de Kyoto」のオリジナルchappie をデザインしていただいたほか、ルーカス編集長と一緒に京都をめぐるサイクリングツアーにも参加していただきました。 今回の展覧会では、国内外の現代美術の展覧会などに出品されてきたオリジナルキャラクターのchappie をはじめ、数多くの音楽のためのグラフィックワーク、パッケージデザイン、雑誌のアートディレクションやエディトリアルデザイン、モーショングラフィック、様々なブランドのVI、CI など多岐にわたる代表的なデザインワーク約200点と、本展のために企画された実験的なオリジナル作品のインスタレーションをあわせて紹介しています。 ギンザ・グラフィック・ギャラリー第301回企画展 ［ジージージージー］グルーヴィジョンズ展 2011年8月4日(木) &#8211; 8月27日(土) 11:00 &#8211; 19:00 ※土曜日は11:00 &#8211; 18:00 ※日曜日休館 会場：ギンザ・グラフィック・ギャラリー（ggg） 東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F 入場無料 http://www.groovisions.com/ http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>伊藤弘さんが代表を務めるデザインスタジオ・グルーヴィジョンズの［ジージージージー］展がギンザ・グラフィック・ギャラリー（ggg）で行われています。伊藤さんは5月に行われたPAPERSKY Bicycle club 「Tour de Kyoto」の<a href="http://www.papersky.jp/2011/04/13/tourdekyoto2011/">オリジナルchappie </a>をデザインしていただいたほか、ルーカス編集長と一緒に京都をめぐるサイクリングツアーにも参加していただきました。<br />
今回の展覧会では、国内外の現代美術の展覧会などに出品されてきたオリジナルキャラクターのchappie をはじめ、数多くの音楽のためのグラフィックワーク<span id="more-9347"></span>、パッケージデザイン、雑誌のアートディレクションやエディトリアルデザイン、モーショングラフィック、様々なブランドのVI、CI など多岐にわたる代表的なデザインワーク約200点と、本展のために企画された実験的なオリジナル作品のインスタレーションをあわせて紹介しています。</p>
<p>ギンザ・グラフィック・ギャラリー第301回企画展<br />
［ジージージージー］グルーヴィジョンズ展<br />
2011年8月4日(木) &#8211; 8月27日(土) 11:00 &#8211; 19:00<br />
※土曜日は11:00 &#8211; 18:00 ※日曜日休館<br />
会場：ギンザ・グラフィック・ギャラリー（ggg）<br />
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F<br />
入場無料<br />
<a href="http://www.groovisions.com/" target="_blank">http://www.groovisions.com/</a><br />
<a href="http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/" target="_blank">http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/08/ggg.jpg" alt="" title="ggg" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-9348" /></p>
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		<title>小笠原の塩</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/07/08/memories-of-island-life-2/</link>
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		<pubDate>Fri, 08 Jul 2011 00:00:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
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		<category><![CDATA[関東]]></category>
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		<category><![CDATA[小笠原]]></category>

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		<description><![CDATA[大木洋さんの父、真さんが事故で亡くなって１年と数カ月が立つ（取材当時）。真さんは６年前から手探りで製塩を始め、「小笠原の塩」を作り出した。自作の工房の２台の平窯で20時間かけて炊き上げる、甘みがあって、舌触りの良い「料理人のための塩」。試行錯誤を重ねて完成させた味だ。亡父の跡を継いで、洋さんは１年前からこの工房に入り、塩作りに取り組むようになった。 大木家が本土から父島に移住したのは18年前。当時サラリーマンだった父が「小笠原に家族で住もう」と言い出した時、洋さんは中学校に上がる頃だった。もともとミュージシャンでもあり「本当に自由人だった」という父は、自らヨットを手作りし、小笠原に何度か訪れていたという。「ずっと茅ヶ崎に住んでいて『海家族』だったから、嬉しかった」 最初は小さな島の暮らしに馴染めなかったという洋さんも、ウィンドサーフィンを始めるうちに、徐々に島の生活に慣れ親しんでいく。やがて大人になった洋さんは「もっと色々な世界を見てみたくて」島を出て、海外を転々とし、サーフィンをしながら旅暮しを経験した。そして「25歳を過ぎて、やっと島の本当の良さが判った」 バリ島で知り合ったという奥さんの緑さんやお母さん、亡父の相棒だったMeeさんたちと塩作りを始めて１年。「ジジイみたいな仕事だからね（笑）。俺は日本で一番若い『塩屋』なんじゃないの。でも、自分では信じられないような、東京のいい料亭なんかでも使ってもらってる。やっと自分が一生かけて打ち込めるものを見つけた、って感じかな」 洋さんは笑う。ほぼ毎日、午前中は工房で作業するが、波がある日は午後からサーフィンに出かけたり。「島のリズムだよね。この島では他人も自分の人生の一部になっちゃうようなところがある。先のことは今はわかんないけど、周りのみんなと一緒に、これからじっくり島に住んで行ければいいな」 小笠原の塩 http://www.ogasawaranoshio.com/ この記事は、『Papersky』No.8 小笠原特集号（2004/1/25） に掲載されています。 文：井出幸亮　写真：渋谷ゆり &#187; Papersky No.8, Tokyo Islands Life]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大木洋さんの父、真さんが事故で亡くなって１年と数カ月が立つ（取材当時）。真さんは６年前から手探りで製塩を始め、「小笠原の塩」を作り出した。自作の工房の２台の平窯で20時間かけて炊き上げる、甘みがあって、舌触りの良い「料理人のための塩」。試行錯誤を重ねて完成させた味だ。亡父の跡を継いで、洋さんは１年前からこの工房に入り、塩作りに取り組むようになった。</p>
<p>大木家が本土から父島に移住したのは18年前。当時サラリーマンだった父が「小笠原に家族で住もう」と言い出した時、洋さんは中学校に上がる頃だった。もともとミュージシャンでもあり「本当に自由人だった」という父は、自らヨットを手作りし、小笠原に何度か訪れていたという<span id="more-8830"></span>。「ずっと茅ヶ崎に住んでいて『海家族』だったから、嬉しかった」 最初は小さな島の暮らしに馴染めなかったという洋さんも、ウィンドサーフィンを始めるうちに、徐々に島の生活に慣れ親しんでいく。やがて大人になった洋さんは「もっと色々な世界を見てみたくて」島を出て、海外を転々とし、サーフィンをしながら旅暮しを経験した。そして「25歳を過ぎて、やっと島の本当の良さが判った」</p>
<p>バリ島で知り合ったという奥さんの緑さんやお母さん、亡父の相棒だったMeeさんたちと塩作りを始めて１年。「ジジイみたいな仕事だからね（笑）。俺は日本で一番若い『塩屋』なんじゃないの。でも、自分では信じられないような、東京のいい料亭なんかでも使ってもらってる。やっと自分が一生かけて打ち込めるものを見つけた、って感じかな」 洋さんは笑う。ほぼ毎日、午前中は工房で作業するが、波がある日は午後からサーフィンに出かけたり。「島のリズムだよね。この島では他人も自分の人生の一部になっちゃうようなところがある。先のことは今はわかんないけど、周りのみんなと一緒に、これからじっくり島に住んで行ければいいな」</p>
<p>小笠原の塩  <a href="http://www.ogasawaranoshio.com/" target="_blank">http://www.ogasawaranoshio.com/</a></p>
<p><em>この記事は、<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/14834/">『Papersky』No.8</a> 小笠原特集号（2004/1/25） に掲載されています。 文：井出幸亮　写真：渋谷ゆり</em><br />
&#187; <a href="http://www.papersky.jp/?p=70">Papersky No.8, Tokyo Islands Life</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/07/ogasawara-03.jpg" alt="" title="ogasawara-03" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8833" /></p>
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		<title>小笠原、島暮しの記憶 ｜５代目子孫、セーボレー孝さん</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/07/06/memories-of-island-life-1/</link>
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		<pubDate>Wed, 06 Jul 2011 00:00:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
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		<category><![CDATA[小笠原]]></category>

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		<description><![CDATA[1830年にアメリカ・ボストンから船出し、この小笠原に最初に上陸した欧米人のひとり、ナサニエル・セーボレーの５代目の子孫にあたるセーボレー孝さん。1957年、本土への強制疎開から戦後すぐに帰還を許された欧米系島民の子として米国統治下の父島で生まれた。「米国人の子供たちと一緒に小学校に通っていました。だから家では日本語・英語を混ぜて喋っていたね。当時の父島には映画館やテニス・コートなんかもあったし、クリスマスにはシアーズ（アメリカの大手通信販売会社）のカタログでジャケットを買ってもらったり」 そんな豊かな時代の欧米スタイルの生活を送っていた彼が、10才の頃（1968年）、島が日本に返還された。「本土からやって来る日本人の手ぬぐいを巻いた姿が珍しくてね、覚えているなぁ」 日本の学校も設立され、「小学校６年生になって初めて『あいうえお』の書き取りの練習をやった」 中学２年生になった時、彼はどうしても島から出てみたくて、母の出身地・新潟の中学へ通うことに。「最初、学生服のズボンがなかったから、当時は珍しかったブラック・ジーンズを履いて行ったら『すごい奴が来た』って話題になっちゃった（笑）」 その後、東京の大学を卒業した孝さんは1981年、父島役場の採用試験を受ける。「島を離れて暮して初めて、島の自然とか、良さが分かったんだね」 現在は村の地域福祉センターに勤務し、僻地医療で島に看護婦として訪れていた奥さんと知り合い４人の子供を持つ父となった。小笠原とセーボレー家をめぐる、深く運命的なルーツに興味がわき、自分なりに少しづつ家系の調査を続けている孝さんは1990年、ボストンにあるセーボレー家の故郷にも訪れている。「もうすごく寒い所でねえ、先祖がなぜこの島にやってきたのか、その謎が解けた気がしたよ（笑）」 &#187; Papersky No.8, Tokyo Islands Life 　 この記事は、『Papersky』No.8 小笠原特集号（2004/1/25） に掲載されています。 文：井出幸亮　写真：渋谷ゆり]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1830年にアメリカ・ボストンから船出し、この小笠原に最初に上陸した欧米人のひとり、ナサニエル・セーボレーの５代目の子孫にあたるセーボレー孝さん。1957年、本土への強制疎開から戦後すぐに帰還を許された欧米系島民の子として米国統治下の父島で生まれた。「米国人の子供たちと一緒に小学校に通っていました。だから家では日本語・英語を混ぜて喋っていたね。当時の父島には映画館やテニス・コートなんかもあったし、クリスマスにはシアーズ（アメリカの大手通信販売会社）のカタログでジャケットを買ってもらったり<span id="more-8825"></span>」</p>
<p>そんな豊かな時代の欧米スタイルの生活を送っていた彼が、10才の頃（1968年）、島が日本に返還された。「本土からやって来る日本人の手ぬぐいを巻いた姿が珍しくてね、覚えているなぁ」 日本の学校も設立され、「小学校６年生になって初めて『あいうえお』の書き取りの練習をやった」 中学２年生になった時、彼はどうしても島から出てみたくて、母の出身地・新潟の中学へ通うことに。「最初、学生服のズボンがなかったから、当時は珍しかったブラック・ジーンズを履いて行ったら『すごい奴が来た』って話題になっちゃった（笑）」</p>
<p>その後、東京の大学を卒業した孝さんは1981年、父島役場の採用試験を受ける。「島を離れて暮して初めて、島の自然とか、良さが分かったんだね」 現在は村の地域福祉センターに勤務し、僻地医療で島に看護婦として訪れていた奥さんと知り合い４人の子供を持つ父となった。小笠原とセーボレー家をめぐる、深く運命的なルーツに興味がわき、自分なりに少しづつ家系の調査を続けている孝さんは1990年、ボストンにあるセーボレー家の故郷にも訪れている。「もうすごく寒い所でねえ、先祖がなぜこの島にやってきたのか、その謎が解けた気がしたよ（笑）」</p>
<p>&#187; <a href="http://www.papersky.jp/?p=70">Papersky No.8, Tokyo Islands Life</a><br />
　<br />
<em>この記事は、<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/14834/">『Papersky』No.8</a> 小笠原特集号（2004/1/25） に掲載されています。 文：井出幸亮　写真：渋谷ゆり</em></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/07/ogasawara-02.jpg" alt="" title="ogasawara-02" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8826" /></p>
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		<title>小笠原、記憶の旅　TOKYO ISLANDS LIFE</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/07/05/ogasawara-tokyo-islands/</link>
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		<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 23:39:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
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		<category><![CDATA[ogasawara]]></category>
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		<category><![CDATA[小笠原]]></category>

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		<description><![CDATA[今から7年前の2004年、PAPERSKYは小笠原を訪れている。東京から南南東へ約1000km、25時間の船旅で小笠原諸島を目指した。亜熱帯の気候の中で生物は独自の進化を遂げ、世界的にも貴重な動植物の楽園。何千年も無人島だったこの島に、小笠原に人が住み始めたのは、記録によれば1830年、わずか180年ほど前のこと。動植物の楽園であったこの島に、最初に定住したのは、アメリカやハワイなどから海を越えてやってきた欧米人たちだった。太平洋戦争、アメリカ統治、日本返還という歴史を経て、現在では大自然に心惹かれてやって来る、本土からの移住者も多くなった。流転の歴史を持つ小さな島々は、亜熱帯の悠然たる自然とともに、旅人を暖かく迎え入れてくれる。 「小笠原諸島での滞在中、僕たちの心のなかには、入り交じったような文化的ノスタルジアが芽生え続けていた。父島で、僕たち一行は、60年代にシアーズのカタログから通販で買物をしていたという男に出会った。母島のジャングルでは、戦時中の‘壕‘や大砲の残骸に出くわしたかと思えば、そのあとでビデオや本までレンタルできるという警察署を発見した。‘ダイビングっていう気分じゃないときのためにね‘ 警官が笑みを浮かべて言う。アイランド・ライフは、ある意味とても映画的な感じがした」（No.8 Editor&#8217;s Noteより） 特集誌面では、父島、母島をめぐって出会ったリアルな島の生活や、小笠原固有の美しい自然、そしてこの島で現在を生きる様々な人々の個人史などを紹介している。7月現在、バックナンバーとしてfujisan.co.jpより購入可能。 &#187; PAPERSKY No.8 「トーキョー・アイランド・ライフ 　小笠原、記憶の旅」（2004年1月25日発行）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今から7年前の2004年、PAPERSKYは小笠原を訪れている。東京から南南東へ約1000km、25時間の船旅で小笠原諸島を目指した。亜熱帯の気候の中で生物は独自の進化を遂げ、世界的にも貴重な動植物の楽園。何千年も無人島だったこの島に、小笠原に人が住み始めたのは、記録によれば1830年、わずか180年ほど前のこと。動植物の楽園であったこの島に、最初に定住したのは、アメリカやハワイなどから海を越えてやってきた欧米人たちだった。太平洋戦争、アメリカ統治、日本返還という歴史を経て、現在では大自然に心惹かれてやって来る、本土からの移住者も多くなった<span id="more-70"></span>。流転の歴史を持つ小さな島々は、亜熱帯の悠然たる自然とともに、旅人を暖かく迎え入れてくれる。</p>
<p>「小笠原諸島での滞在中、僕たちの心のなかには、入り交じったような文化的ノスタルジアが芽生え続けていた。父島で、僕たち一行は、60年代にシアーズのカタログから通販で買物をしていたという男に出会った。母島のジャングルでは、戦時中の‘壕‘や大砲の残骸に出くわしたかと思えば、そのあとでビデオや本までレンタルできるという警察署を発見した。‘ダイビングっていう気分じゃないときのためにね‘ 警官が笑みを浮かべて言う。アイランド・ライフは、ある意味とても映画的な感じがした」（<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/14834/" target="_blank">No.8</a> Editor&#8217;s Noteより）</p>
<p>特集誌面では、父島、母島をめぐって出会ったリアルな島の生活や、小笠原固有の美しい自然、そしてこの島で現在を生きる様々な人々の個人史などを紹介している。7月現在、バックナンバーとして<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/14834/" target="_blank">fujisan.co.jp</a>より購入可能。</p>
<p>&#187; <a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/14834/" target="_blank">PAPERSKY No.8</a><br />
「トーキョー・アイランド・ライフ 　小笠原、記憶の旅」（2004年1月25日発行）</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/07/ogasawara-coverphoto.jpg" alt="" title="ogasawara-coverphoto" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8815" /></p>
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		<item>
		<title>野川かさね「A SONG FOR MOUNTAINS」スライドショー＆写真展</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/06/03/a-song-for-mountains/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/06/03/a-song-for-mountains/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Jun 2011 00:32:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[patagonia]]></category>
		<category><![CDATA[photography]]></category>
		<category><![CDATA[tokyo]]></category>
		<category><![CDATA[野川かさね]]></category>

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		<description><![CDATA[写真家・野川かさねさんの写真展「a song for Mountains」が、Patagonia 東京・吉祥寺店にて6月24日(金)より開催されます。山の魅力に出会い、彼女が山を歩きながら撮りためた作品の数々が展示されるほか、7月16日(土)には、スライドショーとともに山の楽曲を楽しむスライドトークショーが行われます。演奏は、與田寛子さん、小木戸寛さん（tokyo blue weeps）。このイベントのために作られた山のうた、山へのうたが奏でられ、写真と音で「a song for Mountains」をつむぎます。 野川かさね「a song for Mountains」スライドショー＆写真展 [写真展]　6月24日(金)〜7月18日(月・祝) 　会場：Patagonia 東京・吉祥寺店 　東京都武蔵野市御殿山1-5-6　Tel： 0422-70-5613 [スライドショー]　7月16日(土) 18:30〜　定員40名（要予約） 予約はストアに直接お問い合わせください。 野川かさね（写真家） 1977年生。主に山や自然を被写体とした作品を発表しつづけ、作品集に「山と鹿」、「ポケットに山を」、「ABOVE BELLOW」などがある。www.kasanenogawa.net 各地で個展などを開催するほか、「アトリエkvina」への参加や、自然に関する編集、イベントユニット「noyama」としても活動しその活躍の場を拡げている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>写真家・野川かさねさんの写真展「a song for Mountains」が、Patagonia 東京・吉祥寺店にて6月24日(金)より開催されます。山の魅力に出会い、彼女が山を歩きながら撮りためた作品の数々が展示されるほか、7月16日(土)には、スライドショーとともに山の楽曲を楽しむスライドトークショーが行われます。演奏は、與田寛子さん、小木戸寛さん（tokyo blue weeps）。このイベントのために作られた山のうた、山へのうたが奏でられ、写真と音で「a song for Mountains」をつむぎます<span id="more-8710"></span>。</p>
<p>野川かさね「a song for Mountains」スライドショー＆写真展</p>
<p>[写真展]　6月24日(金)〜7月18日(月・祝)<br />
　会場：<a href="http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=61972" target="_blank">Patagonia 東京・吉祥寺店</a><br />
　東京都武蔵野市御殿山1-5-6　Tel： 0422-70-5613</p>
<p>[スライドショー]　7月16日(土) 18:30〜　定員40名（要予約）<br />
予約はストアに直接お問い合わせください。</p>
<p>野川かさね（写真家）<br />
1977年生。主に山や自然を被写体とした作品を発表しつづけ、作品集に「山と鹿」、「ポケットに山を」、「ABOVE BELLOW」などがある。<a href="http://www.kasanenogawa.net" target="_blank">www.kasanenogawa.net</a><br />
各地で個展などを開催するほか、「アトリエkvina」への参加や、自然に関する編集、イベントユニット「noyama」としても活動しその活躍の場を拡げている。</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/06/kasane-06.jpg" alt="" title="kasane-06" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8711" /></p>
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