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		<title>Natural Digital Sound｜ノルウェーの風土が生んだ音楽家｜ゲイル・イェンセン</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 23:57:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ゲイル・イェンセンは、34日目に登頂に成功した。彼の登山隊で山頂を制覇したのは、彼と、同行したシェルパだけだった。早朝、朝日が東の空を照らしはじめたころ、ゲイルは、世界で6番目に高い標高（8,201m）を誇るチョ・オユーの頂きからはるか彼方のエベレスト山を見つめていた。腰を下ろすと、バックパックを開けてMDとマイクを取り出し、空気の薄い山頂で、風の音、氷雪が砕ける音、そして、自分自身の声を録音した。 5年後の2006年、ゲイル・イェンセン（アーティスト名は「バイオスフィア」）は、『チョ・オユー』と題したアルバムをリリースした。このアルバムには、チョ・オユーの登山中にサンプル音源としてレコーディングしたものと、登山中に彼が書いた日記をもとにしてつくられた12曲が収められている。 「自分の思いどおりに録音ができるようになるまでは時間がかかったね。コンセプトやアイデアに沿って作品をつくりたいから、自分のルールをつくって、音を落としこむ作業が必要なんだ」。 イェンセンは、80年代半ばから音楽活動をしてきた。トリオ編成のユニット、ベル・カントのメンバーであった彼は、自分のスタイルを追求するために、セカンドアルバムをリリース後にユニットを脱退。1991年、バイオスフィア名義での最初のアルバム『Microgravity』を、1994年には『Patashnik』をリリース。3年後にリリースした『Substrata』は、アンビエント・テクノ・ミュージックの傑作アルバムと絶賛された。内面の奥深くに浸透していくような曲調で、メランコリックなサウンドスケープが、リスナーをサウンドの渦に巻きこんでいく。ゲイルはノルウェー北部のトロムソの出身で、彼の音楽は北極圏的な音楽、ミニマル・ミュージック、また、北欧系音楽など、さまざまなジャンル分けがされているが、彼自身は自分の音楽をカテゴライズすることには無理があると感じているようだ。 「同じタイプの音楽を繰り返し発表するのは退屈だから、毎回違った音楽をつくるようにしている。アーティスト名は、アメリカのSF雑誌に載っていたアリゾナのバイオスフィアの記事から拝借したんだけど、バイオスフィアとは、すべての生命体を含む大気圏の一部という意味。それで、この名前をつけたんだ。数年前、ある男が僕のスタジオを訪ねてきて、スタジオにいっさい窓がないことを指摘したんだ。すばらしい景色が見渡せるスタジオだと思ったんだろうけど。で、彼がこう尋ねたんだ、「あなたには外向きの窓は必要なく、内面を見る窓が必要なんですね」って。ある意味、彼の分析は正しいと思った。僕はいつも頭のなかにあるイメージをもとに創作しているし、それこそが僕自身の内なる窓から見えるものなんだ」。 イェンセンの最新アルバムは今年2月半ばに完成、『N-Plants』というタイトルがつけられていた。インスピレーションとなったのは、日本の原子力発電所だった。アルバム完成から数週後の3月11日、東日本大震災が日本列島を襲い、津波と福島第一原子力発電所のメルトダウンが発生。イェンセンは言葉を失ってしまうほどの衝撃を受けた。 「気味の悪い偶然だった。アルバムは3月に発売予定だったけど、どう考えてもこの時期にリリースするべきではないと思った。それで発売日を延期したんだ。この作品は、原子力ではなく、建築にインスパイアされてつくったもの。70年代初頭に起こった刺激的な事象をモチーフにしたアルバムを制作したかったんだけど、ちょうどその時期に日本の原子力発電所のことを知ったんだ。写真を何枚も見ているうちに、この建物にとても興味を惹かれた。美しいブルーの海、白い砂浜、そして椰子の木が立ち並ぶ場所にある発電所が印象的だったんだ」。 イェンセン自身は、80年代にベル・カントのツアーで日本を訪れて以来、来日はしていない。だが、旅とハイキングは彼の生活のなかで大きな比重を占めているようだ。 「ハイキングを始めたのは14歳のころ。標高8,000m以上の山に登ることを夢見ていたんだ。最近、トロムソ島から30分ほどの場所にある山を散策したけど、そこは人がいなくて、前人未到の山の頂まで登ることもできる。だけどこのエリアに発電所を建てようと電力会社が押し寄せているから、将来的にはこのエリアも破壊されてしまうだろうね。渓谷に道路が敷設され、パイプがあちこちに散らばっている状態…。悲しくなるね」。 　 ゲイル・イェンセン　Geir Jenssen 1962年ノルウェー生まれ。北極圏のサウンドスケープを表現するアーティストとして知られるアンビエント・エレクトロニカの音楽家。1994年に『Patashnik』、1997年に『Substrata』をリリースし賞賛された。最新作は2011年に発表した『N-Plants』。現在、ポーランドのクラコフを拠点に活動している。http://www.biosphere.no/ Biosphere: Genkai-1 (official video by Egbert Mittelstädt) from Geir Jenssen / Biosphere on Vimeo. ※この記事は『PAPERSKY No.37』に掲載されています。 Text: Max Alexander Berg]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ゲイル・イェンセンは、34日目に登頂に成功した。彼の登山隊で山頂を制覇したのは、彼と、同行したシェルパだけだった。早朝、朝日が東の空を照らしはじめたころ、ゲイルは、世界で6番目に高い標高（8,201m）を誇るチョ・オユーの頂きからはるか彼方のエベレスト山を見つめていた。腰を下ろすと、バックパックを開けてMDとマイクを取り出し、空気の薄い山頂で、風の音、氷雪が砕ける音、そして、自分自身の声を録音した<span id="more-10762"></span>。</p>
<p>5年後の2006年、ゲイル・イェンセン（アーティスト名は「バイオスフィア」）は、『チョ・オユー』と題したアルバムをリリースした。このアルバムには、チョ・オユーの登山中にサンプル音源としてレコーディングしたものと、登山中に彼が書いた日記をもとにしてつくられた12曲が収められている。</p>
<p>「自分の思いどおりに録音ができるようになるまでは時間がかかったね。コンセプトやアイデアに沿って作品をつくりたいから、自分のルールをつくって、音を落としこむ作業が必要なんだ」。</p>
<p>イェンセンは、80年代半ばから音楽活動をしてきた。トリオ編成のユニット、ベル・カントのメンバーであった彼は、自分のスタイルを追求するために、セカンドアルバムをリリース後にユニットを脱退。1991年、バイオスフィア名義での最初のアルバム『Microgravity』を、1994年には『Patashnik』をリリース。3年後にリリースした『Substrata』は、アンビエント・テクノ・ミュージックの傑作アルバムと絶賛された。内面の奥深くに浸透していくような曲調で、メランコリックなサウンドスケープが、リスナーをサウンドの渦に巻きこんでいく。ゲイルはノルウェー北部のトロムソの出身で、彼の音楽は北極圏的な音楽、ミニマル・ミュージック、また、北欧系音楽など、さまざまなジャンル分けがされているが、彼自身は自分の音楽をカテゴライズすることには無理があると感じているようだ。</p>
<p>「同じタイプの音楽を繰り返し発表するのは退屈だから、毎回違った音楽をつくるようにしている。アーティスト名は、アメリカのSF雑誌に載っていたアリゾナのバイオスフィアの記事から拝借したんだけど、バイオスフィアとは、すべての生命体を含む大気圏の一部という意味。それで、この名前をつけたんだ。数年前、ある男が僕のスタジオを訪ねてきて、スタジオにいっさい窓がないことを指摘したんだ。すばらしい景色が見渡せるスタジオだと思ったんだろうけど。で、彼がこう尋ねたんだ、「あなたには外向きの窓は必要なく、内面を見る窓が必要なんですね」って。ある意味、彼の分析は正しいと思った。僕はいつも頭のなかにあるイメージをもとに創作しているし、それこそが僕自身の内なる窓から見えるものなんだ」。</p>
<p>イェンセンの最新アルバムは今年2月半ばに完成、『N-Plants』というタイトルがつけられていた。インスピレーションとなったのは、日本の原子力発電所だった。アルバム完成から数週後の3月11日、東日本大震災が日本列島を襲い、津波と福島第一原子力発電所のメルトダウンが発生。イェンセンは言葉を失ってしまうほどの衝撃を受けた。</p>
<p>「気味の悪い偶然だった。アルバムは3月に発売予定だったけど、どう考えてもこの時期にリリースするべきではないと思った。それで発売日を延期したんだ。この作品は、原子力ではなく、建築にインスパイアされてつくったもの。70年代初頭に起こった刺激的な事象をモチーフにしたアルバムを制作したかったんだけど、ちょうどその時期に日本の原子力発電所のことを知ったんだ。写真を何枚も見ているうちに、この建物にとても興味を惹かれた。美しいブルーの海、白い砂浜、そして椰子の木が立ち並ぶ場所にある発電所が印象的だったんだ」。</p>
<p>イェンセン自身は、80年代にベル・カントのツアーで日本を訪れて以来、来日はしていない。だが、旅とハイキングは彼の生活のなかで大きな比重を占めているようだ。</p>
<p>「ハイキングを始めたのは14歳のころ。標高8,000m以上の山に登ることを夢見ていたんだ。最近、トロムソ島から30分ほどの場所にある山を散策したけど、そこは人がいなくて、前人未到の山の頂まで登ることもできる。だけどこのエリアに発電所を建てようと電力会社が押し寄せているから、将来的にはこのエリアも破壊されてしまうだろうね。渓谷に道路が敷設され、パイプがあちこちに散らばっている状態…。悲しくなるね」。</p>
<p>　<br />
ゲイル・イェンセン　Geir Jenssen<br />
1962年ノルウェー生まれ。北極圏のサウンドスケープを表現するアーティストとして知られるアンビエント・エレクトロニカの音楽家。1994年に『Patashnik』、1997年に『Substrata』をリリースし賞賛された。最新作は2011年に発表した『N-Plants』。現在、ポーランドのクラコフを拠点に活動している。<a href="http://www.biosphere.no/" target="_blank">http://www.biosphere.no/</a></p>
<p><iframe src="http://player.vimeo.com/video/29667272?title=0&amp;byline=0&amp;portrait=0" width="400" height="225" frameborder="0" webkitAllowFullScreen mozallowfullscreen allowFullScreen></iframe>
<p><a href="http://vimeo.com/29667272">Biosphere: Genkai-1 (official video by Egbert Mittelstädt)</a> from <a href="http://vimeo.com/user2700700">Geir Jenssen / Biosphere</a> on <a href="http://vimeo.com">Vimeo</a>.</p>
<p><em>※この記事は『<a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/719542/ap-kneehighmedia" target="_blank">PAPERSKY No.37</a>』に掲載されています。</em><br />
Text: Max Alexander Berg</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/11/interview_02.jpg" alt="" title="interview_02" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10763" /></p>
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		<title>黄金の道 SOUNDTRACKS｜CARAVAN NEW ALBUM</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/12/13/caravan-new-album/</link>
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		<pubDate>Tue, 13 Dec 2011 00:26:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<description><![CDATA[PAPERSKYがミュージシャン・Caravanとともに旅したのは、スペインのバスク地方。旅のナビゲーターとして迎え、バスクのシンプルなライフスタイルを探る旅に出た。2011年3月11日、日本で大きな地震が起こったのは、ちょうどその旅の最中だった。 「その時 スペインのバスクに居た僕は、ニュースを聞き放心した。多くの命が失われ、大切な場所や故郷を失った人達の事を知り、胸の奥の方に今まで感じた事のない痛みを覚えた。町行く人達は、外国人である僕に励ましの言葉をくれた。『日本の為に祈るから、みんな一人じゃないと伝えてくれ』　国境や人種や距離を越え、同じ星に暮らすイキモノとしてのシンプルな愛情に涙が溢れた。」（『黄金の道 soundtracks』収録「Song for predawn」より） 旅を続けるたびに生まれてくるCaravanの音楽は、私たちを新たな旅へと誘ってくれる。11月9日に発売されたNew Album『黄金の道 soundtracks』は、Caravanが旅した世界を、音と言葉と、自らの写真で描いた意欲作。架空の映画のサウンドトラックをイメージして作られたというアルバムには、トレイラー映像とともに、映画のストーリーも用意されている。 Caravan 「 黄金の道 soundtracks」 Trailer Caravan New Album 『黄金の道 soundtracks』 2011.11.9 ON SALE 　 キャラバン　Caravan ミュージシャン。幼少時代をベネズエラの首都カラカスで過ごし、帰国後も旅を重ねる。日本全国をキャラバンしながらライブを重ね、そこで販売された自主制作CDが話題となり、世に出るきっかけとなる。05年メジャーデビュー以降、フォーキーで情熱的な音楽に支持が集まる。これまでDonavon Fra n ken reiter、Calexico、Tommy Guerreroなど、数多くの来日アーティストのオープニングアクトや共演を果たし、YUKI「 ハミングバード」、SMAP「 モアイ」を始め、楽曲提供もしている。www.caravan-music.com 【関連記事】 &#187; バスクの旅のパートナー、ミュージシャン Caravan &#187; PAPERSKY No.35 バスク特集号 &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2011/12/13/caravan-new-album/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>PAPERSKYがミュージシャン・Caravanとともに旅したのは、スペインのバスク地方。<a href="http://www.papersky.jp/2011/05/03/caravan-2/" target="_blank">旅のナビゲーター</a>として迎え、バスクのシンプルなライフスタイルを探る旅に出た。2011年3月11日、日本で大きな地震が起こったのは、ちょうどその旅の最中だった。</p>
<p>「その時 スペインのバスクに居た僕は、ニュースを聞き放心した。多くの命が失われ、大切な場所や故郷を失った人達の事を知り、胸の奥の方に今まで感じた事のない痛みを覚えた。町行く人達は、外国人である僕に励ましの言葉をくれた<span id="more-10965"></span>。『日本の為に祈るから、みんな一人じゃないと伝えてくれ』　国境や人種や距離を越え、同じ星に暮らすイキモノとしてのシンプルな愛情に涙が溢れた。」（『黄金の道 soundtracks』収録「Song for predawn」より）</p>
<p>旅を続けるたびに生まれてくるCaravanの音楽は、私たちを新たな旅へと誘ってくれる。11月9日に発売されたNew Album『黄金の道 soundtracks』は、Caravanが旅した世界を、音と言葉と、自らの写真で描いた意欲作。架空の映画のサウンドトラックをイメージして作られたというアルバムには、<a href="http://youtu.be/5G0fvh6YdFk" target="_blank">トレイラー映像</a>とともに、映画の<a href="http://blog.livedoor.jp/caravan_music/archives/52228735.html" target="_blank">ストーリー</a>も用意されている。</p>
<p>Caravan 「 黄金の道 soundtracks」 Trailer<br />
<iframe width="500" height="284" src="http://www.youtube.com/embed/5G0fvh6YdFk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>
<p>Caravan New Album<br />
『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B005KWCUTC/ref=as_li_ss_til?tag=kneehighmedia-22&#038;camp=1027&#038;creative=7407&#038;linkCode=as4&#038;creativeASIN=B005KWCUTC&#038;adid=049DZ2HCBBVY4RXAPC64&#038;" target="_blank">黄金の道 soundtracks</a>』<br />
2011.11.9 ON SALE<br />
　<br />
キャラバン　Caravan<br />
ミュージシャン。幼少時代をベネズエラの首都カラカスで過ごし、帰国後も旅を重ねる。日本全国をキャラバンしながらライブを重ね、そこで販売された自主制作CDが話題となり、世に出るきっかけとなる。05年メジャーデビュー以降、フォーキーで情熱的な音楽に支持が集まる。これまでDonavon Fra n ken reiter、Calexico、Tommy Guerreroなど、数多くの来日アーティストのオープニングアクトや共演を果たし、YUKI「 ハミングバード」、SMAP「 モアイ」を始め、楽曲提供もしている。<a href="http://www.caravan-music.com" target="_blank">www.caravan-music.com</a></p>
<p>【関連記事】<br />
&#187; <a href="http://www.papersky.jp/2011/05/03/caravan-2/" target="_blank">バスクの旅のパートナー、ミュージシャン Caravan</a><br />
&#187; <a href="http://www.papersky.jp/2011/04/28/papersky-no-35/" target="_blank">PAPERSKY No.35 バスク特集号</a></p>
<p>PAPERSKY No.35 バスク特集号<br />
&#187; <a href="http://www.fujisan.co.jp/product/1281680322/b/427878/ap-kneehighmedia" target="_blank">紙版</a> &#187;<a href="http://www.fujisan.co.jp/magazine/1281680322/b/427878/ap-kneehighmedia" target="_blank">デジタル版</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/12/caravan_01.jpg" alt="" title="caravan_01" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10966" /></p>
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		<title>齊藤ジョニー・メジャーデビュー</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/26/saitojohnny/</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Oct 2011 00:25:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
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		<category><![CDATA[東北]]></category>
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		<category><![CDATA[音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[テイラー・スウィフトのアジア・ツアーで、オープニングアクトに抜擢され、今年の夏には、サマソニ、ARABAKIなど大型フェスにも出演した注目のアーティストがいよいよデビュー。齊藤ジョニーは、まだ若干２３歳にも関わらず、ルーツミュージックをよく知っている。ロック、ポップスはもちろん、カントリーやブルーグラスまで幅広く昇華していて、ギターテクニックも抜群である。スウィートな歌声も相まって、すっかり聞き入ってしまう。デビュー・アルバムは、アコギ、マンドリン、ウッドベース、フィドルを基本としたバンド編成で、旅を感じさせるサウンド”音旅”をテーマにしたアルバムになっている。まさにジャンルを横断したといえる新鮮な作品に仕上がっており聞いていて飽きがこない。それどころか聞けば聞くほど深みを増していく。彼が本物の音楽好きで、音楽を心底から楽しんでいることが良く分かる。この秋の旅行や旅にもってこいの１枚だ。是非、みなさんにもこのアーティストを知ってほしい。 齊藤ジョニー Debut Album『I am Johnny』 UICV-1017　&#165;2,000（tax in） Delicious Deli Records. http://www.universal-music.co.jp/ddr/ 【齊藤ジョニー　プロフィール】 新潟生まれ。仙台で独自な音楽感を磨き、ロック・レジェンドをルーツに、カントリー、ブルーグラスまで幅広い音楽に影響を受けた凄腕ギターとスイートな歌声で魅了する。強烈なバンジョープレイにマンドリン、ときにはエレキギターもこなし、多彩な才能を併せ持つ。学生時代に出演した、NHK仙台放送主催の東北地方バンドコンテストにて優勝！箱根ブルーグラスフェスティバルにも出演し、ブルーグラス人気バンド投票１位に選ばれる！仙台で精力的にライヴ活動を行い、仙台でのワンマンライヴを超満員で成功させ、大学卒業とともに2010年に上京。2011年には、デビュー前としては異例の全国放送NHK“MUSIC JAPAN”に出演し堂々たるステージを披露。2月には、「TAYLOR SWIFT SPEAK NOW TOUR」でテイラー自らが選んだオープニングアクトとして、大阪城ホール、日本武道館2days、香港Asia World Arenaの４公演を務め、アコギ１本の弾き語りで見事会場を沸かせた！その時のパフォーマンスが話題となり、SUMMER SONIC 2011、ARABAKIなどの夏フェスに出演。注目が高まる中、ジョニー・バンドを従えJOHNNY SOUNDがいよいよ本格始動する！ 齊藤ジョニー オフィシャル・サイト　http://saitojohnny.com/ 齊藤ジョニー youtube]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>テイラー・スウィフトのアジア・ツアーで、オープニングアクトに抜擢され、今年の夏には、サマソニ、ARABAKIなど大型フェスにも出演した注目のアーティストがいよいよデビュー。齊藤ジョニーは、まだ若干２３歳にも関わらず、ルーツミュージックをよく知っている。ロック、ポップスはもちろん、カントリーやブルーグラスまで幅広く昇華していて、ギターテクニックも抜群である<span id="more-10083"></span>。スウィートな歌声も相まって、すっかり聞き入ってしまう。デビュー・アルバムは、アコギ、マンドリン、ウッドベース、フィドルを基本としたバンド編成で、旅を感じさせるサウンド”音旅”をテーマにしたアルバムになっている。まさにジャンルを横断したといえる新鮮な作品に仕上がっており聞いていて飽きがこない。それどころか聞けば聞くほど深みを増していく。彼が本物の音楽好きで、音楽を心底から楽しんでいることが良く分かる。この秋の旅行や旅にもってこいの１枚だ。是非、みなさんにもこのアーティストを知ってほしい。</p>
<p>齊藤ジョニー Debut Album『I am Johnny』<br />
UICV-1017　&yen;2,000（tax in）<br />
Delicious Deli Records.<br />
<a href="http://www.universal-music.co.jp/ddr/" target="_blank">http://www.universal-music.co.jp/ddr/</a></p>
<p> 【齊藤ジョニー　プロフィール】<br />
新潟生まれ。仙台で独自な音楽感を磨き、ロック・レジェンドをルーツに、カントリー、ブルーグラスまで幅広い音楽に影響を受けた凄腕ギターとスイートな歌声で魅了する。強烈なバンジョープレイにマンドリン、ときにはエレキギターもこなし、多彩な才能を併せ持つ。学生時代に出演した、NHK仙台放送主催の東北地方バンドコンテストにて優勝！箱根ブルーグラスフェスティバルにも出演し、ブルーグラス人気バンド投票１位に選ばれる！仙台で精力的にライヴ活動を行い、仙台でのワンマンライヴを超満員で成功させ、大学卒業とともに2010年に上京。2011年には、デビュー前としては異例の全国放送NHK“MUSIC JAPAN”に出演し堂々たるステージを披露。2月には、「TAYLOR SWIFT SPEAK NOW TOUR」でテイラー自らが選んだオープニングアクトとして、大阪城ホール、日本武道館2days、香港Asia World Arenaの４公演を務め、アコギ１本の弾き語りで見事会場を沸かせた！その時のパフォーマンスが話題となり、SUMMER SONIC 2011、ARABAKIなどの夏フェスに出演。注目が高まる中、ジョニー・バンドを従えJOHNNY SOUNDがいよいよ本格始動する！</p>
<p>齊藤ジョニー オフィシャル・サイト　<a href="http://saitojohnny.com/" target="_blank">http://saitojohnny.com/</a><br />
齊藤ジョニー <a href="http://www.youtube.com/user/saitojohnnymusic" target="_blank">youtube</a> </p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/10/saitojonny.jpg" alt="" title="saitojonny" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10084" /></p>
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		<title>ブルー・キング・ブラウン「社会の問題に対して音楽の力で立ち向かいたい」</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/24/blue-king-brown/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/10/24/blue-king-brown/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 23 Oct 2011 23:51:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Piroshi Utsunomiya</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[oceania]]></category>
		<category><![CDATA[australia]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[オーストラリア]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[ウルルからアリススプリングスへの旅は、この大地が、人々とどうつながっているかを感じとる時間でもあった。そして、次に向かったのはオーストラリア第二の都市、メルボルン。この国の土や光や風、さらには先住民の大切にしてきたものが、近代都市のなかでどのように人々のハートに息づいているのかを感じとるために。そんなことを考えながら僕らが追ったのは、音楽。アートと同様、ミュージックシーンにはその国の「いま」が色濃く表れる。ミュージシャンたちはいま、なにを考え、どんな表現をしようとしているのか。 ブルー・キング・ブラウンは現在、この街でもっとも注目を集めるバンドのひとつ。日本のサマーソニックにも出演したこのバンドは、サモア人の母をもつナタリー・パーパーと、イタリア生まれのカルロ・サントーンを中心に2007年に結成。レゲエ、ダブ、アフロビートをサウンドクリエイションの核に据え、メッセージ性の強いリリックをそこにかぶせるのが彼らのスタイルだ。ヴォーカルとギターを担当するナタリーは言う。 「いま、生きている時代っていろいろな問題が噴出しているでしょう。でも、音楽があることによって自分はひとりじゃない、皆でがんばっていこうと思えたらいい。社会の問題に対してそれぞれが責任をもって反応し、立ち向かっていく。それには異なる民族同士で団結することが大切だと思う。そして楽しめたらいい」 じつは彼女、10年前に一度、GOMAさんと会っている。GOMAさんがバイロンベイで路上演奏していたときにたまたま出会い、即興セッションをした仲だ。そのころから、音楽に対してストイックで、社会に対しての問題意識は人一倍高かったという。 「いま、アンマトジェレという先住民のコミュニティで定期的に音楽を教えているの。この国に古くから住んでいた部族はそれぞれの言葉やアート、音楽をもっている。私たちはこのコミュニティでこうしたすばらしい文化に出会えるのを楽しんでいるわ」 シングルカットされた「WATER」では、白人の迫害を「火」に喩え、先住民は「水」となって立ちあがろうという強烈なリリックが支持された。その想いも大地と人を愛するがゆえ。太古から続くこの国のソングラインがまだ続いていることを、彼女はしっかり感じさせてくれた。 　 ブルー・キング・ブラウン アップテンポでラディカルなリズムセクション。そこにどちらかといえば抑え気味のナタリーのヴォーカルを合わせるという、絶妙のバランス感覚が魅力のバンド。 『STAND UP』BLUE KING BROWN This story originally appeared in Papersky No.29.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ウルルからアリススプリングスへの旅は、この大地が、人々とどうつながっているかを感じとる時間でもあった。そして、次に向かったのはオーストラリア第二の都市、メルボルン。この国の土や光や風、さらには先住民の大切にしてきたものが、近代都市のなかでどのように人々のハートに息づいているのかを感じとるために。そんなことを考えながら僕らが追ったのは、音楽。アートと同様、ミュージックシーンにはその国の「いま」が色濃く表れる。ミュージシャンたちはいま、なにを考え、どんな表現をしようとしているのか<span id="more-9771"></span>。<br />
ブルー・キング・ブラウンは現在、この街でもっとも注目を集めるバンドのひとつ。日本のサマーソニックにも出演したこのバンドは、サモア人の母をもつナタリー・パーパーと、イタリア生まれのカルロ・サントーンを中心に2007年に結成。レゲエ、ダブ、アフロビートをサウンドクリエイションの核に据え、メッセージ性の強いリリックをそこにかぶせるのが彼らのスタイルだ。ヴォーカルとギターを担当するナタリーは言う。<br />
「いま、生きている時代っていろいろな問題が噴出しているでしょう。でも、音楽があることによって自分はひとりじゃない、皆でがんばっていこうと思えたらいい。社会の問題に対してそれぞれが責任をもって反応し、立ち向かっていく。それには異なる民族同士で団結することが大切だと思う。そして楽しめたらいい」</p>
<p>じつは彼女、10年前に一度、GOMAさんと会っている。GOMAさんがバイロンベイで路上演奏していたときにたまたま出会い、即興セッションをした仲だ。そのころから、音楽に対してストイックで、社会に対しての問題意識は人一倍高かったという。<br />
「いま、アンマトジェレという先住民のコミュニティで定期的に音楽を教えているの。この国に古くから住んでいた部族はそれぞれの言葉やアート、音楽をもっている。私たちはこのコミュニティでこうしたすばらしい文化に出会えるのを楽しんでいるわ」</p>
<p>シングルカットされた「<a href="http://www.google.co.jp/url?sa=t&#038;rct=j&#038;q=blue-king-brown%20water&#038;source=web&#038;cd=1&#038;ved=0CCsQtwIwAA&#038;url=http%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DH11hii4za7g&#038;ei=DK2kTrX3NcfAmQWwnenNCQ&#038;usg=AFQjCNGoPPnvh7yKPuXBjFSAaskbmYwg-A&#038;sig2=6vQIjatqQjoSNMJd7uUyuw" target="_blank">WATER</a>」では、白人の迫害を「火」に喩え、先住民は「水」となって立ちあがろうという強烈なリリックが支持された。その想いも大地と人を愛するがゆえ。太古から続くこの国のソングラインがまだ続いていることを、彼女はしっかり感じさせてくれた。</p>
<p>　<br />
ブルー・キング・ブラウン<br />
アップテンポでラディカルなリズムセクション。そこにどちらかといえば抑え気味のナタリーのヴォーカルを合わせるという、絶妙のバランス感覚が魅力のバンド。<br />
『STAND UP』BLUE KING BROWN</p>
<p><em>This story originally appeared in<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/242463/ap-kneehighmedia" target="_blank"> Papersky No.29</a>.</em></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/09/melbourne_mix_1.jpg" alt="" title="melbourne_mix_1" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-9775" /></p>
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		<item>
		<title>ジェス・ハーレン「メルボルンはチャンスと創造性にあふれた街」</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/11/jess-harlen/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/10/11/jess-harlen/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 10 Oct 2011 23:08:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Piroshi Utsunomiya</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[oceania]]></category>
		<category><![CDATA[australia]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>
		<category><![CDATA[オーストラリア]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>

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		<description><![CDATA[ニュージーランドの先住民、マオリの血を引くジェス。小さいころにブリスベンへ移住し、4年前、このメルボルンにギター一本抱えてやってきた。「片道切符でね。真剣に音楽をやりたかったからこの街に来たの。世界中の音楽がいつでも聞ける街だし、創造性を刺激される空気がある。私にとって、チャンスとなる機会も多いし。ここに来るという決心は正しかったわ」 そのエモーショナルな歌声を聞いてソウルやブルースの影響が強いのかと聞くと、モータウンサウンドやローリン・ヒルを信奉していると答えた彼女。この街に来てからは、ブルー・キング・ブラウンのバッキングヴォーカルや、ヒップホップバンドの活動に参加し、メキメキと頭角を現しはじめた。間もなくそのギターとハスキーヴォイスがたっぷり聞けるソロアルバムをリリースする予定だという。「優れたアーティストとのセッションも好きだし、ソロでの活動も好き。いまはいろいろなものに影響を受けているの。でも、リリックの中心にあるのはやっぱり、ラブ。ポジティブに愛を歌っていきたいと思っている」 隣国、ニュージーランドから来て、ディジュリドゥにも大きな刺激を受けたとジェスは言う。「この楽器の音を聞いていると古代の不思議なオーストラリアを感じる。カーヴィングとか、いろんなカルチャーに共感できるからかもしれない。心にストレートに響いてくるし、どんな音楽にも合うおもしろい楽器ね」 屈託なく笑う顔は、まったくふつうの24歳。でも、音楽をとおして伝えたいメッセージにはきわめて骨太な彼女のスタイルが感じられる。「いまレコーディングしているのが“NEW DAY”という歌。これはオーストラリアの現首相、ケヴィン・ラッドにインスパイアされてできた曲なの。彼は就任してすぐ、公の場で国民に謝罪した。今日までの先住民に対する政府の不当な扱いについて認めて、謝ったの。これはとても大切なことだと私は感じた。そこから新しい時代が始まるって。だから、一日の始まりを告げる朝をイメージしてこの曲をつくった。なんでもスタートは大事。希望に満ちたメッセージを込めて、ね」 　 ジェス・ハーレン ニュージーランド生まれの24歳。 2歳のころにオーストラリア、ブリスベンに移住。ソウルフルな声とグルーヴ感あふれるギターでシンプルながら力強く訴える曲調が魅力。待望のファーストアルバムも控え、今後の動向に注目が集まる。 www.myspace.com/soundslikesoul This story originally appeared in Papersky No.29.]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ニュージーランドの先住民、マオリの血を引くジェス。小さいころにブリスベンへ移住し、4年前、このメルボルンにギター一本抱えてやってきた。「片道切符でね。真剣に音楽をやりたかったからこの街に来たの。世界中の音楽がいつでも聞ける街だし、創造性を刺激される空気がある。私にとって、チャンスとなる機会も多いし。ここに来るという決心は正しかったわ」<span id="more-9773"></span></p>
<p>そのエモーショナルな歌声を聞いてソウルやブルースの影響が強いのかと聞くと、モータウンサウンドやローリン・ヒルを信奉していると答えた彼女。この街に来てからは、ブルー・キング・ブラウンのバッキングヴォーカルや、ヒップホップバンドの活動に参加し、メキメキと頭角を現しはじめた。間もなくそのギターとハスキーヴォイスがたっぷり聞けるソロアルバムをリリースする予定だという。「優れたアーティストとのセッションも好きだし、ソロでの活動も好き。いまはいろいろなものに影響を受けているの。でも、リリックの中心にあるのはやっぱり、ラブ。ポジティブに愛を歌っていきたいと思っている」</p>
<p>隣国、ニュージーランドから来て、ディジュリドゥにも大きな刺激を受けたとジェスは言う。「この楽器の音を聞いていると古代の不思議なオーストラリアを感じる。カーヴィングとか、いろんなカルチャーに共感できるからかもしれない。心にストレートに響いてくるし、どんな音楽にも合うおもしろい楽器ね」</p>
<p>屈託なく笑う顔は、まったくふつうの24歳。でも、音楽をとおして伝えたいメッセージにはきわめて骨太な彼女のスタイルが感じられる。「いまレコーディングしているのが“NEW DAY”という歌。これはオーストラリアの現首相、ケヴィン・ラッドにインスパイアされてできた曲なの。彼は就任してすぐ、公の場で国民に謝罪した。今日までの先住民に対する政府の不当な扱いについて認めて、謝ったの。これはとても大切なことだと私は感じた。そこから新しい時代が始まるって。だから、一日の始まりを告げる朝をイメージしてこの曲をつくった。なんでもスタートは大事。希望に満ちたメッセージを込めて、ね」</p>
<p>　<br />
ジェス・ハーレン<br />
ニュージーランド生まれの24歳。 2歳のころにオーストラリア、ブリスベンに移住。ソウルフルな声とグルーヴ感あふれるギターでシンプルながら力強く訴える曲調が魅力。待望のファーストアルバムも控え、今後の動向に注目が集まる。<br />
<a href="http://www.myspace.com/soundslikesoul" target="_blank">www.myspace.com/soundslikesoul</a></p>
<p><em>This story originally appeared in<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/242463/ap-kneehighmedia" target="_blank"> Papersky No.29</a>.</em></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/09/melbourne_mix_3.jpg" alt="" title="melbourne_mix_3" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-9779" /></p>
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		<title>グリラ・ステップ「異なる文化がひとつになって、その瞬間のパワーを生むんだ」</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/10/10/grrilla-step/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/10/10/grrilla-step/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 09 Oct 2011 23:49:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Piroshi Utsunomiya</dc:creator>
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		<category><![CDATA[oceania]]></category>
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		<category><![CDATA[オーストラリア]]></category>
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		<description><![CDATA[かつてアーネムランドである種の自信を得て、ディジュリドゥアーティストの道を歩みはじめたGOMAさん。このとき経験した北部のダーウィンからシドニーまでの旅で、数多くの仲間と出会い、彼らに勇気づけられたそう。ディジュリドゥを抱えて、方々の街での路上演奏。ありとあらゆる民族が同じような路上演奏を繰り広げるのを見て、刺激も受け、ときにはセッションに興ずることも多かった。バイロンベイで15歳のナタリーに出会う直前、ダーウィンでは強烈なインパクトをもつダンスチームに出会っていた。そのなかのひとりがアイリ・イングラムだ。パプア・ニューギニア出身のアイリはいま、メルボルンを拠点にグリラ・ステップというダンスユニットを率いて、シーンのど真ん中で活躍している。 「メンバーはだいたい15人くらいかな。旅するときは10人くらい、マキシマムで20人を超えることもあるよ（笑）」 ロサンゼルスで生まれたクランプと呼ばれるダンスの影響を受けたこのユニット。強烈で高速のリズムはアフリカの民族舞踊を受け継いだ流れ。身体が張り裂けそうになるまで激しく動くそのステージは、圧倒的なパワーに満ちている。バックグラウンドはヒップホップを中心にドラムンベース、ジャングル、ガバなど多くの高速リズム系音楽と、アフリカやポリネシアなど世界各地のトラッドサウンドが渾然一体に。 「だいたい4人のドラマーと、DJ。あとは皆ダンサーなんだ。僕はパプアからで、あとはポリネシアとかアフリカとかいろんな国の人間。ダンサーにはアボリジニの人間もいるよ。それぞれのバックボーンを大切にしながら身体を揺らす音楽をやろうってメルボルンに集まった。完全に理解しあうことはできないけど、地理的にも近い。皆アイランダーだからどこか通じあうものがあるんだ。クランプは攻撃的なヒップホップとでもいうかな。僕らはこれをもう少しアーティスティックなスタイルでやりたいと思ってるんだ」 そんなアイリに音楽へかける気持ちを聞いた。 「皆の教科書にはなれないけど、いろんなカルチャーがひとつになれるということを見せたい。ひとつになる瞬間がエナジーを生む。言葉や文字とは違うパワーをもった、音楽の存在感を示したいね」 グリラ・ステップ LAサウスコンプトン生まれのダンススタイル「 KRUMP」を核とした激しいパフォーマンスが人気。サーフやアフロなど海や島を感じさせるテイストも心地いい。サウンドクリエイションを取り仕切るアイリ（右）と、ドラマーのヴァディム（左）。 www.myspace.com/grrillastep This story originally appeared in Papersky No.29. &#187; GOMAさんの奏でるディジュリドゥともに｜Papersky]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>かつてアーネムランドである種の自信を得て、ディジュリドゥアーティストの道を歩みはじめた<a href="http://www.papersky.jp/2009/12/10/goma%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e5%a5%8f%e3%81%a7%e3%82%8b%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%b8%e3%83%a5%e3%83%aa%e3%83%89%e3%82%a5%e3%81%a8%e3%82%82%e3%81%ab/" target="_blank">GOMA</a>さん。このとき経験した北部のダーウィンからシドニーまでの旅で、数多くの仲間と出会い、彼らに勇気づけられたそう。ディジュリドゥを抱えて、方々の街での路上演奏。ありとあらゆる民族が同じような路上演奏を繰り広げるのを見て、刺激も受け、ときにはセッションに興ずることも多かった<span id="more-9772"></span>。バイロンベイで15歳のナタリーに出会う直前、ダーウィンでは強烈なインパクトをもつダンスチームに出会っていた。そのなかのひとりがアイリ・イングラムだ。パプア・ニューギニア出身のアイリはいま、メルボルンを拠点にグリラ・ステップというダンスユニットを率いて、シーンのど真ん中で活躍している。<br />
「メンバーはだいたい15人くらいかな。旅するときは10人くらい、マキシマムで20人を超えることもあるよ（笑）」</p>
<p>ロサンゼルスで生まれたクランプと呼ばれるダンスの影響を受けたこのユニット。強烈で高速のリズムはアフリカの民族舞踊を受け継いだ流れ。身体が張り裂けそうになるまで激しく動くそのステージは、圧倒的なパワーに満ちている。バックグラウンドはヒップホップを中心にドラムンベース、ジャングル、ガバなど多くの高速リズム系音楽と、アフリカやポリネシアなど世界各地のトラッドサウンドが渾然一体に。<br />
「だいたい4人のドラマーと、DJ。あとは皆ダンサーなんだ。僕はパプアからで、あとはポリネシアとかアフリカとかいろんな国の人間。ダンサーにはアボリジニの人間もいるよ。それぞれのバックボーンを大切にしながら身体を揺らす音楽をやろうってメルボルンに集まった。完全に理解しあうことはできないけど、地理的にも近い。皆アイランダーだからどこか通じあうものがあるんだ。クランプは攻撃的なヒップホップとでもいうかな。僕らはこれをもう少しアーティスティックなスタイルでやりたいと思ってるんだ」</p>
<p>そんなアイリに音楽へかける気持ちを聞いた。<br />
「皆の教科書にはなれないけど、いろんなカルチャーがひとつになれるということを見せたい。ひとつになる瞬間がエナジーを生む。言葉や文字とは違うパワーをもった、音楽の存在感を示したいね」</p>
<p>グリラ・ステップ<br />
LAサウスコンプトン生まれのダンススタイル「 KRUMP」を核とした激しいパフォーマンスが人気。サーフやアフロなど海や島を感じさせるテイストも心地いい。サウンドクリエイションを取り仕切るアイリ（右）と、ドラマーのヴァディム（左）。<br />
<a href="http://www.myspace.com/grrillastep" target="_blank">www.myspace.com/grrillastep</a></p>
<p><em>This story originally appeared in<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/242463/ap-kneehighmedia" target="_blank"> Papersky No.29</a>.</em></p>
<p>&#187; <a href="http://www.papersky.jp/2009/12/10/goma%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%ae%e5%a5%8f%e3%81%a7%e3%82%8b%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%b8%e3%83%a5%e3%83%aa%e3%83%89%e3%82%a5%e3%81%a8%e3%82%82%e3%81%ab/" target="_blank">GOMAさんの奏でるディジュリドゥともに｜Papersky</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/09/melbourne_mix_2.jpg" alt="" title="melbourne_mix_2" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-9777" /></p>
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		<title>Yae ｜旅から始まる音楽</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/07/22/yae/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2011/07/22/yae/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 22 Jul 2011 00:00:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
				<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[関東]]></category>
		<category><![CDATA[interview]]></category>
		<category><![CDATA[music]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.papersky.jp/?p=5094</guid>
		<description><![CDATA[歌手・加藤登紀子と、農事組合法人「鴨川自然王国」の創立者・故藤本敏夫という両親の元に育ち、つねに“音楽&#8221;と“旅&#8221;がそばにあったというYaeさん。そのせいなのか、自分の直感や好奇心に、羨ましいほど自然体で身をまかすことができる人だ。行きたいところに行き、会いたい人に会う、という旅のスタイルは、彼女のライフスタイルそのものでもある。さらに、「旅をする時は、なるべくなにも決めないようにしている」と言う。まるで、みずからの歌がどこまで国境を越えていけるのか見届けるかのような旅だ。海外アーテイス卜とのコラボレーションをはじめ、キューパやサンフランシスコ、タスマニアなど海外の音楽祭へも意欲的に参加するなど、現在も自由に伸び伸びと活動の場を広げている真っ最中である。さまざまな国で得た音楽、匂い、空気がいかに彼女の中で醸造し、やがて透明な歌声へと昇華していくのか、その道筋がとても知りたくなった。 ポーランドへの旅で音楽観がー変 ——お母さんが歌手ということで、小さい頃から音楽は身近なものだったんですか？ Yae：そうですね。やっぱり、育った環境はちょっと特殊だったと思います。母親のコンサートには3歳くらいの時からよく行っていて、つねにミュージシャンたちの生の音が聞けるような環境にあったし。家でも、いつもいろんな民族音楽が流れていましたね。 ——音楽好きなご一家だったんですね。当時の、音楽にまつわる印象的な思い出ってありますか？ Yae：昔、テレヒ、番組で家族対向歌合戦ってあったじゃないですか。ああいうの、何回も出ましたよ (笑)。だから逆に身近すぎて、あらためで「音楽を仕事にしたい」とは思わなかった。むしろ、歌手だけにはならないだろうなと思っていたくらいで (笑)。 ——それが、高校時代の舞台の経験で一変、音楽にのめり込むようになったんですよね。 Yae：もともと人前で表現したいという思いが強かったので、最初はダンスやお芝居をやっていました。それで、『コルチャック先生』という、ポーランドのホロコーストを描いた音楽劇で歌手の役を頂いたので、実際にポーランドに行ったんです。とくに、ワルシャワのゲッ卜ーの中にあるレストランで毎晩行われていたライブは衝撃的でした。バイオリン一本だけのものすごーく暗い歌なんだけど、「カッコいい !」ってガーンときちゃって。当時、自分のまわりではR&#038;8やヒップホップが全盛で、よけいにポーランドの暗い音楽が新鮮に聞こえたのかもしれないですね。それ以来、ユダヤとかイスラエルとか、ちょっとコアな音楽を探してきて、言葉がわからないので耳で聴いてコピーして。とにかく歌ってみるという感じでした。 ——なんでもデビュー以前は、レストランや居酒屋で一人で歌っていたとか？ Yae：はい。覚えた曲を一人で歌っていても楽しくないから、まず祖父母が経営していた新宿のロシア料理店で、アカペラで歌わせてもらっていたんです。はじめは「なんか突然歌ってる子がいる」みたいな感じだったのが (笑)、私が歌う日に聴きに来て下さるお客さんがだんだん出てきて。そのうち「今度ライブをやるからゲストで歌ってくれない？」とか、そういう縁がどんどん広がって、自分の音楽活動につながっていったんです。 歌は旅の最強のコミュニケーションツール ——Yaeさんの場合、まさに旅から音楽が始まったとも言えますね。これまでも、かなりいろんな国を旅されてきたんですか？ Yae：“旅好き&#8221;というのも、うちの家族の特質らしくて。ヨーロッパ方面は結構多いですね。でも、自分の中で特別な旅っていうのはまだ少ないかな。 ——特別な旅、というのは？ Yae：いわゆる観光旅行じゃなくて、現地の人のリアルな暮らしの中まで入り込めるような旅のことです。以前、母のレコーディングにつきあって南アフリカに行った時は、現地で友達ができて、ソエットという黒人居住区に入ることができたんですよ。観光だと普通は、危険だから行ってはダメと言われるようなところなんですけど。でも、実際中に入ってみるとみんなブラザー！って感じで、「お茶飲みに来い」って言われたりして。たまたまそのソエッ卜で小学校の開校式があって、式典に出席して歌ってきました。 ——すごい (笑)。日本の歌を歌ったんですか？ Yae :いえ、全然関係ないブルガリアの歌を (笑)。みんな「変わってる歌だ」とか言って一緒に歌いだしたりして、面白かったですね。去年の冬には、森林伐採の写真を撮り続けている平野正樹さんと一緒にタスマニアを訪れたんですが、その時もたまたまシクネットという小さい村の音楽祭に参加させてもらったんです。「ジャパニーズ・ポップスターがタスマニアの森のために歌いにきた！」って村中が大騒ぎになって (笑)。私のステージも涙して聴いてもらえたり。見知らぬ国へ行っても、「アイム・シンガー」って言うと、一瞬にして壁がなくなるというか。みんな笑顔で大歓迎してくれるんですよ。それは本当に恵まれているなぁって思いますね。 ——旅先では、必ず歌うんですか？ Yae：絶対歌うんだって決めているわけではないんですけど、言葉があまりわからないぶん、歌でコミュ二ケーションをとることが多いんです。キューパに行っ た時も、浜辺でちょっと自分の歌を歌っていたりすると、みんな寄ってきて「お前は歌うのか」とか、「じゃあウチの店で今晩歌え」みたいな話になったり。 ——音楽は旅先での強力なコミュニケーションツールになるんですね。 Yae：言葉や文化を超えられるというのは、音楽の大きな魅力のひとつですよね。いろんな国に行って感じたことは、どんな辺境の地、たとえば電波も届かないような中国の山奥とかでも、音楽とお酒だけは存在するということ。コミュニケーションの手段だったり、唯一の娯楽であったり、あるいは農作業とか、辛い時期を乗り越えるためのものだったり。音楽って、ある意味とてもプリミティブな文化ですよね。海外に行くと、自分がそういうものを持ってるんだということを、より強く実感します。 ——キューパは、お母さんとこ二人だけで行かれたそうですね。 Yae：突然決まった旅だったんですよ。母がボレロ音楽祭に参加するというので。ボレロって、いわゆる日本の演歌みたいな、おじいさんたちがのど自慢で歌うような音楽なんですけどね。それも、かなり面白かった！　日本のコンサートって機材がすごく充実しているじゃないですか。でも向こうはそういうの、あまり気にしなくて、マイクなんかコードか取れてなくなっていたりするんだけど (笑)、みんなフルボリュームでうわーって歌っていて、とにかく楽しそうで。ああいうシーンを見ると、日本はなんでも恵まれているけど神経質になりすぎているなとか、いろいろ思うところがありましたね。 “旅&#8221;という栄養が、やがて音楽へ ——旅が音楽に与える影響というのは、やっぱり大きいですか？ Yae：そうですね。最近、ファンクラブの会報に旅行記を書いているんですが、それまでは旅の記憶って頭の中にとどめてあったんですね。で、いざ自分の家で曲を作ろうとピアノに向かった時に、過去の旅の風景がわーっと出てくる。だから、旅では本当に栄養をもらうというか。もらったものが体の中にちゃんと蓄積されていて、それが楽曲作りに反映されている。とくに二枚目のアルバム「Blue Line」には、ポーランドの後に行ったアイルランドでの一人旅がすごく反映されているなと思います。 ——アイルランドを選んだ理由は？ Yae：ポーランドの旅でワールドミュージックにハマっていたこともあったし、とにかくアイルランドの音楽が聴きたくて仕方なかったんです。ガイドブック一冊だけを頼りに空港に降り立って、道行く人に「どこに行ったら音楽か聴けるのか」って聞きまくったんですよ。そうしたら、「音楽だったら西へ行け」とか言われて、ゴールウェイという、いろんなミュージシャンを輩出 している古い街を教えてもらって。BB &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2011/07/22/yae/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>歌手・加藤登紀子と、農事組合法人「鴨川自然王国」の創立者・故藤本敏夫という両親の元に育ち、つねに“音楽&#8221;と“旅&#8221;がそばにあったというYaeさん。そのせいなのか、自分の直感や好奇心に、羨ましいほど自然体で身をまかすことができる人だ。行きたいところに行き、会いたい人に会う、という旅のスタイルは、彼女のライフスタイルそのものでもある。さらに、「旅をする時は、なるべくなにも決めないようにしている」と言う。まるで、みずからの歌がどこまで国境を越えていけるのか見届けるかのような旅だ。海外アーテイス卜とのコラボレーションをはじめ、キューパやサンフランシスコ、タスマニアなど海外の音楽祭へも意欲的に参加するなど、現在も自由に伸び伸びと活動の場を広げている真っ最中である。さまざまな国で得た音楽、匂い、空気がいかに彼女の中で醸造し、やがて透明な歌声へと昇華していくのか、その道筋がとても知りたくなった<span id="more-5094"></span>。</p>
<p><strong>ポーランドへの旅で音楽観がー変</strong></p>
<p>——お母さんが歌手ということで、小さい頃から音楽は身近なものだったんですか？<br />
Yae：そうですね。やっぱり、育った環境はちょっと特殊だったと思います。母親のコンサートには3歳くらいの時からよく行っていて、つねにミュージシャンたちの生の音が聞けるような環境にあったし。家でも、いつもいろんな民族音楽が流れていましたね。</p>
<p>——音楽好きなご一家だったんですね。当時の、音楽にまつわる印象的な思い出ってありますか？<br />
Yae：昔、テレヒ、番組で家族対向歌合戦ってあったじゃないですか。ああいうの、何回も出ましたよ (笑)。だから逆に身近すぎて、あらためで「音楽を仕事にしたい」とは思わなかった。むしろ、歌手だけにはならないだろうなと思っていたくらいで (笑)。</p>
<p>——それが、高校時代の舞台の経験で一変、音楽にのめり込むようになったんですよね。<br />
Yae：もともと人前で表現したいという思いが強かったので、最初はダンスやお芝居をやっていました。それで、『コルチャック先生』という、ポーランドのホロコーストを描いた音楽劇で歌手の役を頂いたので、実際にポーランドに行ったんです。とくに、ワルシャワのゲッ卜ーの中にあるレストランで毎晩行われていたライブは衝撃的でした。バイオリン一本だけのものすごーく暗い歌なんだけど、「カッコいい !」ってガーンときちゃって。当時、自分のまわりではR&#038;8やヒップホップが全盛で、よけいにポーランドの暗い音楽が新鮮に聞こえたのかもしれないですね。それ以来、ユダヤとかイスラエルとか、ちょっとコアな音楽を探してきて、言葉がわからないので耳で聴いてコピーして。とにかく歌ってみるという感じでした。</p>
<p>——なんでもデビュー以前は、レストランや居酒屋で一人で歌っていたとか？<br />
Yae：はい。覚えた曲を一人で歌っていても楽しくないから、まず祖父母が経営していた新宿のロシア料理店で、アカペラで歌わせてもらっていたんです。はじめは「なんか突然歌ってる子がいる」みたいな感じだったのが (笑)、私が歌う日に聴きに来て下さるお客さんがだんだん出てきて。そのうち「今度ライブをやるからゲストで歌ってくれない？」とか、そういう縁がどんどん広がって、自分の音楽活動につながっていったんです。</p>
<p><strong>歌は旅の最強のコミュニケーションツール</strong></p>
<p>——Yaeさんの場合、まさに旅から音楽が始まったとも言えますね。これまでも、かなりいろんな国を旅されてきたんですか？<br />
Yae：“旅好き&#8221;というのも、うちの家族の特質らしくて。ヨーロッパ方面は結構多いですね。でも、自分の中で特別な旅っていうのはまだ少ないかな。</p>
<p>——特別な旅、というのは？<br />
Yae：いわゆる観光旅行じゃなくて、現地の人のリアルな暮らしの中まで入り込めるような旅のことです。以前、母のレコーディングにつきあって南アフリカに行った時は、現地で友達ができて、ソエットという黒人居住区に入ることができたんですよ。観光だと普通は、危険だから行ってはダメと言われるようなところなんですけど。でも、実際中に入ってみるとみんなブラザー！って感じで、「お茶飲みに来い」って言われたりして。たまたまそのソエッ卜で小学校の開校式があって、式典に出席して歌ってきました。</p>
<p>——すごい (笑)。日本の歌を歌ったんですか？<br />
Yae :いえ、全然関係ないブルガリアの歌を (笑)。みんな「変わってる歌だ」とか言って一緒に歌いだしたりして、面白かったですね。去年の冬には、森林伐採の写真を撮り続けている平野正樹さんと一緒にタスマニアを訪れたんですが、その時もたまたまシクネットという小さい村の音楽祭に参加させてもらったんです。「ジャパニーズ・ポップスターがタスマニアの森のために歌いにきた！」って村中が大騒ぎになって (笑)。私のステージも涙して聴いてもらえたり。見知らぬ国へ行っても、「アイム・シンガー」って言うと、一瞬にして壁がなくなるというか。みんな笑顔で大歓迎してくれるんですよ。それは本当に恵まれているなぁって思いますね。</p>
<p>——旅先では、必ず歌うんですか？<br />
Yae：絶対歌うんだって決めているわけではないんですけど、言葉があまりわからないぶん、歌でコミュ二ケーションをとることが多いんです。キューパに行っ<br />
た時も、浜辺でちょっと自分の歌を歌っていたりすると、みんな寄ってきて「お前は歌うのか」とか、「じゃあウチの店で今晩歌え」みたいな話になったり。</p>
<p>——音楽は旅先での強力なコミュニケーションツールになるんですね。<br />
Yae：言葉や文化を超えられるというのは、音楽の大きな魅力のひとつですよね。いろんな国に行って感じたことは、どんな辺境の地、たとえば電波も届かないような中国の山奥とかでも、音楽とお酒だけは存在するということ。コミュニケーションの手段だったり、唯一の娯楽であったり、あるいは農作業とか、辛い時期を乗り越えるためのものだったり。音楽って、ある意味とてもプリミティブな文化ですよね。海外に行くと、自分がそういうものを持ってるんだということを、より強く実感します。</p>
<p>——キューパは、お母さんとこ二人だけで行かれたそうですね。<br />
Yae：突然決まった旅だったんですよ。母がボレロ音楽祭に参加するというので。ボレロって、いわゆる日本の演歌みたいな、おじいさんたちがのど自慢で歌うような音楽なんですけどね。それも、かなり面白かった！　日本のコンサートって機材がすごく充実しているじゃないですか。でも向こうはそういうの、あまり気にしなくて、マイクなんかコードか取れてなくなっていたりするんだけど (笑)、みんなフルボリュームでうわーって歌っていて、とにかく楽しそうで。ああいうシーンを見ると、日本はなんでも恵まれているけど神経質になりすぎているなとか、いろいろ思うところがありましたね。</p>
<p><strong>“旅&#8221;という栄養が、やがて音楽へ</strong></p>
<p>——旅が音楽に与える影響というのは、やっぱり大きいですか？<br />
Yae：そうですね。最近、ファンクラブの会報に旅行記を書いているんですが、それまでは旅の記憶って頭の中にとどめてあったんですね。で、いざ自分の家で曲を作ろうとピアノに向かった時に、過去の旅の風景がわーっと出てくる。だから、旅では本当に栄養をもらうというか。もらったものが体の中にちゃんと蓄積されていて、それが楽曲作りに反映されている。とくに二枚目のアルバム「Blue Line」には、ポーランドの後に行ったアイルランドでの一人旅がすごく反映されているなと思います。</p>
<p>——アイルランドを選んだ理由は？<br />
Yae：ポーランドの旅でワールドミュージックにハマっていたこともあったし、とにかくアイルランドの音楽が聴きたくて仕方なかったんです。ガイドブック一冊だけを頼りに空港に降り立って、道行く人に「どこに行ったら音楽か聴けるのか」って聞きまくったんですよ。そうしたら、「音楽だったら西へ行け」とか言われて、ゴールウェイという、いろんなミュージシャンを輩出<br />
している古い街を教えてもらって。BB (Breakfast &#038;Bed )に泊まって、10日聞くらいブラブラしたかな。でも一人なので、否応なく自分と向き合ってしまうというか。「自分とはなんぞや？」みたいなことを、すごく再確認できた旅でもありましたね。もちろんその時は模索していた最中だから答えは出ていないんだけども、後で作品を振り返ると、そういう軌跡が見えていたりとか。</p>
<p>——曲作りを始めたのは、音楽の仕事を始めてからなんですか？<br />
Yae：「作ろう」とか、「作らなければ」と思ったわけではないんですが一。誰でも、十代の頃に書いた詩や日記とか、恥ずかしくて人に見せられないようなものってありますよね (笑)？　ついろんなものがたまたま引き出しの中から出てきて、見ているうちにメロディが浮かんできたんです。でも、どこまでが作品なのかっていう基準もないから、Aメ口が七番まであったりとか、しかもそれで終わっちゃってたり、ホント自己流の曲作りでした。で、いざアルバムを作りましょうという話になった時にディレクターの人に見せたら、「これはちょっと…」なんて言われたりして(笑)。</p>
<p>——直感と好奇心の赴くままに、という感じですね。<br />
Yae：でもいろんな人と話をする中で、音楽家はただ自分の気持ちをぶつけるのではなくて、人と“共有”することがすごく大事なんだということを教わりました。それからは、なんとなく意識はするようになりましたけど。</p>
<p><strong>自然発生的に広がっていく“縁&#8221;</strong></p>
<p>——さっきのキューパの音楽祭の話じゃないですけども、今の日本の音楽業界はビジネス指向というのか、まず売れるためにはというところから入っている感じがします。そんな中で、Yaeさんのように自然な好奇心を守りながら音楽活動をされている方は貴重な存在だと思うんですが。<br />
Yae：アルバムを作る時っていうのは普通、どういう人たちに受けるのかをすごく考えるんですよね。何歳なのか、男なのか、女なのか、といったようなこと。でも私の中にはそういうビジネスフローみたいなものはまったくなくて。とにかく自分の興味のある音だけをどんどんレコーディングしていったら、すごく面白い音がたくさんできていた。今だけじゃなくてこの先何十年も、海外に持っていっても聞けるような音楽になっていたり。自分にとってはすごくいい形で曲作りができたのでよかったなと思っています。</p>
<p>——実際、昨年夏にはハワイのアーテイスト、テレサ・ ブライトプロデュースによる四枚目のアルバム『aloha nui』もリリースされましたよね。 Yae：実は、以前はハワイにそんなに興味がなかったんです。でもひょんなことから、友達にテレサ・ブライトさんのCDを勧められて。聴いてみたら、なんというか、ハワイのスピリチュアルな部分がとってもシンプルな言葉で表現されていて、本当によかったんですよ。まず、テレサさん自身がものすごく深ーい声の持ち主で。大きいとかパワフルっていうのともまた違うんですよね。こういう風に歌えたら&#8230;って大ファンになっちゃって。で、たまたまテレサさんが来日しているのを知ったので、自分のCDを持って会いにいきました。その数ヶ月後、一緒にアルバムを作りたくてハワイまで追いかけたんです。</p>
<p>——それで本当に実現しちゃうのがすごい。ところで、ライブする場所も、民家やお寺、レストランなど独特ですよね。あれもご自分で決めるんですか？<br />
Yae：私の場合、本当に縁に恵まれているというか。いろんな出会いで知り合った方が、ユニークなアイデイアを出して下さることが多いんです。でも、世の中<br />
まわりを見渡すと素敵な場所っていっぱいあるんですよ。ここに音楽が流れたらとてもいいなって思う場所が。コンサートホールやライブハウスはあらかじめ音楽を聴くために用意されている場所じゃないですか。もちろんそれはそれで集中できるし聴きやすいけど、音楽だけじゃない要素ももっと感じてもらいたいなあっていう思いがあって。空気とか風の匂いや温度とか、五感で感じるような空間を作ることがライブなんじゃないかなって私は思うんです。</p>
<p>——旅する場所を決めるようにライブの場所を決めるというスタイルが、きっとYaeさんの縁を広げていっているんでしょうね。<br />
Yae：そうですね。音楽の世界だけじゃなくて、洋服を作る人や料理を作る人、いろんなジャンルの方達との縁が広がっていって、その中に音楽を取り入れようというのが私のテーマでもあるんです。今千葉県で田舎暮らしをしていて、出産も控えているんですけど、そういう生活の中で最近はすごく“衣食住”ということを意識しはじめています。以前は、着るものなんてなんでもいいし、食事も空腹が満たされればそれでいいと思っていたけど、音楽を通じて、もっともっと自分らしく、ライフスタイルにこだわるようになってきたように思います。</p>
<p>——食といえば、ファンクラブの人たちと一緒に“田植えライブ&#8221;をやったんですよね？<br />
Yae：父親の影響も大きいんですが、最近本当に食べることって大切だなあと思って。それと、みんなを田舎に呼べるような企画を考えていたので、じゃあ、まず日本人の主食であるお米を一緒に作るのがいいんじゃないかと。</p>
<p>——ライブは？　田植えの最中に歌ったんですか？<br />
Yae：それは終わった後の宴会で (笑)。あぜ道で歌うのもいいかなーと思ったんですけどね。都会にいると、まず裸足で土を踏むってことがほとんどないでしょう。みんな、田んぼの泥の中に入ったとたん、喜びの叫びというか、なんともいえない声を出していたのが印象的でした。環境問題への取り組みはそういう体験から始まることだと思うし、ちっともむずかしいことじゃないんですよね。だから私も自分で体験しながら、少しでもそういうことを伝えていけるような活動をしたいと思ってるんです。</p>
<p>——次の旅の予定は？　といっても出産まではおとなしくしていないといけませんね。<br />
Yae：そう、今は海外の旅はするなって言われているんですけど。本当は、インドに行きたかったりするんですよね (笑)。私の場合いつもそうなんですが、「あ、行きたい」と思ったら、テレビでインドの番組をたまたま観たり、本屋に行ってもやたら“インド&#8221;の文字が自についたり。呼ばれているのかな？と思っちゃう。でもなんていうか、その時に行きたいところや会いたい人への自分の気持ちを自然にキャッチしていけば、いい巡り会いができると思うんですよね。だから、スリや事件にも巻き込まれない。私も実際、今のところは危ない目に遭ったことはないですし。</p>
<p>——やりたいようにやるという当たり前のことができにくくなっている気もしますね。<br />
Yae：仕事とかいろんなことにコントロールされると、だんだん心と頭の回路が鈍ってくるのかもしれない。食べ物に関しでも、体が求めているものがわからなかったり。本当はわかっているのに、自分自身で封じ込めているところもあるんじゃないかな。でも旅に出て、たとえばキューパの人のように自由に生きている姿を見ると、自分がなにに縛られているのかが見えたりもする。それもまた、すごく大きな旅の魅力ですよね。だから、しばらくはムリですけど、次は子供と一緒に、また旅ができたらいいなと思っています。</p>
<p>Yae  歌手<br />
東京生まれ。故藤本敏夫、歌手加藤登紀子の次女。1999年より本格的に歌手活動を始める。2001年6月アルバム『new Aeon』でデビュー。海外での活劃にも意欲的で、キューパでの音楽祭、サンフランシスコでの世界平和音楽賞などに参加。現在までに4枚のアルバム、3枚のシングルCDをリリース。現在、ラジオのパーソナリティーを務めながら、ライブを中心に全国で活動中。また、国内外を問わず、慈善事業としてチャリティーコンサートやそのための支援イベントでのパフォーマンスも積極的に行いたいと『Yae Suppormance (サポーマンス) 」をスタ一卜。<a href="http://www.yaenet.com" target="blank">www.yaenet.com</a><br />
<em><br />
※このインタビューは<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/90703/ap-kneehighmedia" target="blank">『ペーパースカイ』No.16</a>（2006年）に掲載されたものです。<br />
インタビュー＆構成：井尾淳子</em></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2010/08/1009_yae_b.jpg" alt="" title="1009_yae_b" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-5102" /></p>
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		<title>音楽から透けて見える、バスク人と政治との距離感</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/06/10/basque-music/</link>
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		<pubDate>Fri, 10 Jun 2011 00:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>宇都宮 浩</dc:creator>
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		<description><![CDATA[90年代、バスクのインディーズシーンから飛び出したオルタナティブバンド、レ・マンズは、この地の音楽好きなら誰もが知る存在。このバンドの中心的存在だったイボン・エラスキンに、バスクのミュージックシーンと政治との関係性について聞いた。 「バスクの音楽は非常に多様化しているので、シーンを一言で示すのは難しい。でも意外に、政治的なストーリーや過激な歌詞ばかりじゃないってことはあまり知られていないかもしれない」 バスク地方の分離独立を目指す過激な活動、思想を示唆するような音楽はもちろんある。でもそれだけでバスクの音楽は語れないし、政治的メッセージを含んだ音楽は減っているのかもしれないとイボンは言う。 「バスクの人はリアリストが多い。リアリスティックであるからこそ、自分の周りにある”生活”の全てを100%楽しもうという人が多い。だからそういう身近なことを歌うの。誰もがバスク人だということを日々、自覚しているので音楽に政治的メッセージをこめようという考えは減っているんじゃない？」 バスクに生まれ、10代の頃からフォーキーなラブソングを歌い続けている吟遊詩人、バスマッティも同様の意見だ。 「僕はバスク人であるけれど、歌うのは大きな社会問題ではない。今日、鳥を見たとか女の子にふられたとか日常の小さな出来事がテーマなんだ。外から見るとバスクは政治的に過激な活動がたくさん行われているというイメージも強いと思うけど、バスクの民族が独立を目指しているとか、政治的に抑圧された歴史があるということは、僕らには当たり前の事実で、生活の一部でもある。生きていれば難しいこともあるけど、それを分かったうえでやっぱり毎日楽しみたいよね」 サン・セバスティアンを拠点に活動を続ける世界的なミュージシャン、ハビ・ペスも、バスクであることを曲に乗せて声高に叫ぶ必要はないと話した。 「僕の音楽に国境は全くないよ。政治的なメッセージを歌にする気はないね。その時、自分に必要な音楽を自分で創っている。もちろんバスクは生まれた場所なんだけど、バスクの全てが僕の中に吸収されているからね」 バスクでは政治への意識が高いからといって、音楽の分野にも政治的メッセージばかりが氾濫している訳ではない。逆に、政治への意識が高いからこそ政治的メッセージを含んだ音楽が意外に少ないというのも、納得できる現象だ。 Text: 宇都宮浩]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>90年代、バスクのインディーズシーンから飛び出したオルタナティブバンド、レ・マンズは、この地の音楽好きなら誰もが知る存在。このバンドの中心的存在だったイボン・エラスキンに、バスクのミュージックシーンと政治との関係性について聞いた。<br />
「バスクの音楽は非常に多様化しているので、シーンを一言で示すのは難しい。でも意外に、政治的なストーリーや過激な歌詞ばかりじゃないってことはあまり知られていないかもしれない<span id="more-8295"></span>」</p>
<p>バスク地方の分離独立を目指す過激な活動、思想を示唆するような音楽はもちろんある。でもそれだけでバスクの音楽は語れないし、政治的メッセージを含んだ音楽は減っているのかもしれないとイボンは言う。<br />
「バスクの人はリアリストが多い。リアリスティックであるからこそ、自分の周りにある”生活”の全てを100%楽しもうという人が多い。だからそういう身近なことを歌うの。誰もがバスク人だということを日々、自覚しているので音楽に政治的メッセージをこめようという考えは減っているんじゃない？」</p>
<p>バスクに生まれ、10代の頃からフォーキーなラブソングを歌い続けている吟遊詩人、バスマッティも同様の意見だ。<br />
「僕はバスク人であるけれど、歌うのは大きな社会問題ではない。今日、鳥を見たとか女の子にふられたとか日常の小さな出来事がテーマなんだ。外から見るとバスクは政治的に過激な活動がたくさん行われているというイメージも強いと思うけど、バスクの民族が独立を目指しているとか、政治的に抑圧された歴史があるということは、僕らには当たり前の事実で、生活の一部でもある。生きていれば難しいこともあるけど、それを分かったうえでやっぱり毎日楽しみたいよね」</p>
<p>サン・セバスティアンを拠点に活動を続ける世界的なミュージシャン、ハビ・ペスも、バスクであることを曲に乗せて声高に叫ぶ必要はないと話した。<br />
「僕の音楽に国境は全くないよ。政治的なメッセージを歌にする気はないね。その時、自分に必要な音楽を自分で創っている。もちろんバスクは生まれた場所なんだけど、バスクの全てが僕の中に吸収されているからね」</p>
<p>バスクでは政治への意識が高いからといって、音楽の分野にも政治的メッセージばかりが氾濫している訳ではない。逆に、政治への意識が高いからこそ政治的メッセージを含んだ音楽が意外に少ないというのも、納得できる現象だ。</p>
<p>Text: 宇都宮浩</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/05/01-Single.jpg" alt="" title="01-Single" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8297" /></p>
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		<title>バスクの旅のパートナー、ミュージシャン Caravan</title>
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		<pubDate>Mon, 02 May 2011 23:48:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>宇都宮 浩</dc:creator>
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		<description><![CDATA[世界中にヒト、モノ、コトがあふれ、世の中はハッピーなことだけじゃなくなってきている。どうやって生きればいいのかに迷ってしまう日常のなかで、道標にすべきひとつのキーワードは“シンプルさ”なのではないか。そんな想いを胸に、PAPERSKY はバスクへの旅に出た。旅のパートナーはミュージシャンのCaravanさん。フォーキーなメロディにストレートなリリックを合わせた彼の曲からは、今回の旅のテーマとなった“Simplicity”というフレーズが香ってくるようだ。 Caravanさんは小学校にあがるころまで南米のベネズエラに住んでいた。まわりの人々はもちろんすべてがスペイン語を話す。そんななかで育ったこともあって、身体の奥底に南米風のリズムが染みついているという。「小さいころはスペイン語が話せたそうなんですが、残念ながらいまは覚えてない（笑）。でもバスクを旅してみて、どことなくなつかしい感じがするのは不思議。山の上に大きな銅像が建っていたり、何百年も経っていそうな古い建物の間で子どもたちが遊んでいたり。風景が似てるんですよね。言葉のリズムもなんとなく耳に優しい感じがあって、なぜかこの空気、知っているなあっていうデジャヴのような感覚を覚えた 海と山に挟まれた、美食とワインの宝庫。勤勉な人々が構成する豊かな社会。そして、言語をはじめとする独自の文化。たしかに、あらゆる環境に恵まれているように見えるが、彼らの多くは与えられたこととどう対峙するか、そのことでどう満足度を高められるかに視線を置く。けっして世の中のすべてを手中に収めようとは思っていないのだ。Caravanさんはそんなマインドにこそ、バスクの人々のシンプルな生きかたを感じ、共感できるという。 Caravanさんがもっとも印象的だったというバスク人は、デザイナーのブラーミ。彼はバスク人のスピリットや生きかたについてこう語った。 「生まれ育った場所に影響を受けて、そのことを表現するのは当然のこと。この土地に住む人の心はリッチだから、自分も自然とそうなっているかもしれない。デザインやアートにしても、メッセージや主張を込めてなにかの結果を求めているということじゃないんだ。たくさん売ろうとかいっぱい仕事をしようなんて全然考えてない。今日、僕にはなにができるか。そのことだけを考えて生きてきた結果が“いま”だね」 　 キャラバン　Caravan ミュージシャン。幼少時代をベネズエラの首都カラカスで過ごし、帰国後も旅を重ねる。日本全国をキャラバンしながらライブを重ね、そこで販売された自主制作CDが話題となり、世に出るきっかけとなる。05年メジャーデビュー以降、フォーキーで情熱的な音楽に支持が集まる。これまでDonavon Fra n ken reiter、Calexico、Tommy Guerreroなど、数多くの来日アーティストのオープニングアクトや共演を果たし、YUKI「 ハミングバード」、SMAP「 モアイ」を始め、楽曲提供もしている。www.caravan-music.com]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>世界中にヒト、モノ、コトがあふれ、世の中はハッピーなことだけじゃなくなってきている。どうやって生きればいいのかに迷ってしまう日常のなかで、道標にすべきひとつのキーワードは“シンプルさ”なのではないか。そんな想いを胸に、PAPERSKY はバスクへの旅に出た。旅のパートナーはミュージシャンのCaravanさん。フォーキーなメロディにストレートなリリックを合わせた彼の曲からは、今回の旅のテーマとなった“Simplicity”というフレーズが香ってくるようだ<span id="more-8025"></span>。</p>
<p>Caravanさんは小学校にあがるころまで南米のベネズエラに住んでいた。まわりの人々はもちろんすべてがスペイン語を話す。そんななかで育ったこともあって、身体の奥底に南米風のリズムが染みついているという。「小さいころはスペイン語が話せたそうなんですが、残念ながらいまは覚えてない（笑）。でもバスクを旅してみて、どことなくなつかしい感じがするのは不思議。山の上に大きな銅像が建っていたり、何百年も経っていそうな古い建物の間で子どもたちが遊んでいたり。風景が似てるんですよね。言葉のリズムもなんとなく耳に優しい感じがあって、なぜかこの空気、知っているなあっていうデジャヴのような感覚を覚えた</p>
<p>海と山に挟まれた、美食とワインの宝庫。勤勉な人々が構成する豊かな社会。そして、言語をはじめとする独自の文化。たしかに、あらゆる環境に恵まれているように見えるが、彼らの多くは与えられたこととどう対峙するか、そのことでどう満足度を高められるかに視線を置く。けっして世の中のすべてを手中に収めようとは思っていないのだ。Caravanさんはそんなマインドにこそ、バスクの人々のシンプルな生きかたを感じ、共感できるという。</p>
<p>Caravanさんがもっとも印象的だったというバスク人は、デザイナーのブラーミ。彼はバスク人のスピリットや生きかたについてこう語った。<br />
「生まれ育った場所に影響を受けて、そのことを表現するのは当然のこと。この土地に住む人の心はリッチだから、自分も自然とそうなっているかもしれない。デザインやアートにしても、メッセージや主張を込めてなにかの結果を求めているということじゃないんだ。たくさん売ろうとかいっぱい仕事をしようなんて全然考えてない。今日、僕にはなにができるか。そのことだけを考えて生きてきた結果が“いま”だね」</p>
<p>　<br />
キャラバン　Caravan<br />
ミュージシャン。幼少時代をベネズエラの首都カラカスで過ごし、帰国後も旅を重ねる。日本全国をキャラバンしながらライブを重ね、そこで販売された自主制作CDが話題となり、世に出るきっかけとなる。05年メジャーデビュー以降、フォーキーで情熱的な音楽に支持が集まる。これまでDonavon Fra n ken reiter、Calexico、Tommy Guerreroなど、数多くの来日アーティストのオープニングアクトや共演を果たし、YUKI「 ハミングバード」、SMAP「 モアイ」を始め、楽曲提供もしている。<a href="http://www.caravan-music.com">www.caravan-music.com</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/04/35-caravan.jpg" alt="" title="35-caravan" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8026" /></p>
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		<title>5月7日・8日開催 マンモスパウワウ参加受付中！</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/04/10/mammoth-pow-wow-2011/</link>
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		<pubDate>Sun, 10 Apr 2011 00:20:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<description><![CDATA[ライブやワークショップ、アウトドアプログラムなど、大人も子どもも楽しめる親子のための野外フェスティバル「mammoth pow-wow 2011」が、5月7日(土)、8日(日)に開催されます。会場は、富士山麓の緑豊かなキャンプ場PICA富士西湖。4年目を迎える今年のマンモスパウワウは、マンモススクールが主催する一年に一度のビックイベントとして、協賛企業によるワークショップ、アーティストによるステージライブ、楽しみながら学べるスクールプログラムなど、さまざまな企画を予定しています。昨年に引き続き、「えいごであそぼ」のエリックさんも登場！また、河口湖駅から会場までシャトルバスも運行するほか、参加者にはマンモスパウワウのオジリナルTシャツが付きます。ご家族＆お友だちをお誘い合わせの上、ぜひご参加ください。 ライブステージ参加アーティスト： エリック・ジェイコブセン、関口和之（サザンオールスターズ）&#038; 分山貴美子、おお雨（おおはた雄一＋坂本美雨）、ICHI＆レイチェル・ダッド、櫻井響　 音楽協力：マーティンクラブジャパン、333DISCS > 詳しくはこちら 協賛企業によるワークショップ： カリモク家具、キーン、コールマン、コンバース、ザ・ノース・フェイス、シップス、ポリウォークス、マーティンギター、レゴ ニンジャゴー > 詳しくはこちら このほか、マンモススクールプログラムや、スイッシーズ、ビクセン、ギボンによるワークショッププログラムも開かれます。 開催日：2011年5月7日(土) 12:00 OPEN 〜5月8日(日) 12:00 CLOSE 会場：PICA富士西湖 チケット：２日ファミリーチケット（子どもを含む3名）：12,000円 + 宿泊費 　　　　　日帰りファミリーチケット（子どもを含む3名）：11,000円 　　　　　追加チケット：ひとり5,000円（大人と子どもともに） ※いずれも子どものチケット料金には、Tシャツひとり１枚が含まれております。 ※振込後のチケット料金の払い戻しは行っておりませんので、ご注意下さい。 チケット＆宿泊予約：PICA予約センター　0555-30-4580（月〜土 9:00〜17:00） 　　　　　http://saiko.pica-village.jp/ 詳細は、マンモススクール www.mammothschool.comにて！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ライブやワークショップ、アウトドアプログラムなど、大人も子どもも楽しめる親子のための野外フェスティバル「mammoth pow-wow 2011」が、5月7日(土)、8日(日)に開催されます。会場は、富士山麓の緑豊かなキャンプ場PICA富士西湖。4年目を迎える今年のマンモスパウワウは、マンモススクールが主催する一年に一度のビックイベントとして、協賛企業によるワークショップ、アーティストによるステージライブ、楽しみながら学べるスクールプログラムなど、さまざまな企画を予定しています。昨年に引き続き、「えいごであそぼ」のエリックさんも登場！<span id="more-7703"></span>また、河口湖駅から会場までシャトルバスも運行するほか、参加者にはマンモスパウワウのオジリナルTシャツが付きます。ご家族＆お友だちをお誘い合わせの上、ぜひご参加ください。</p>
<p>ライブステージ参加アーティスト：<br />
エリック・ジェイコブセン、関口和之（サザンオールスターズ）&#038; 分山貴美子、おお雨（おおはた雄一＋坂本美雨）、ICHI＆レイチェル・ダッド、櫻井響　<br />
音楽協力：マーティンクラブジャパン、333DISCS<br />
> <a href="http://www.mammothschool.com/2011/04/pow-wow-great-musicians/">詳しくはこちら</a></p>
<p>協賛企業によるワークショップ：<br />
カリモク家具、キーン、コールマン、コンバース、ザ・ノース・フェイス、シップス、ポリウォークス、マーティンギター、レゴ ニンジャゴー<br />
> <a href="http://www.mammothschool.com/?p=2145">詳しくはこちら</a></p>
<p>このほか、マンモススクールプログラムや、スイッシーズ、ビクセン、ギボンによるワークショッププログラムも開かれます。</p>
<p>開催日：2011年5月7日(土) 12:00 OPEN 〜5月8日(日) 12:00 CLOSE<br />
会場：PICA富士西湖<br />
チケット：<a href="http://www.mammothschool.com/2011/04/one-day-ticket-and-bus/">２日ファミリーチケット</a>（子どもを含む3名）：12,000円 + 宿泊費<br />
 　　　　　<a href="http://www.mammothschool.com/2011/04/mammoth-pow-wow-ticket-2days/">日帰りファミリーチケット</a>（子どもを含む3名）：11,000円<br />
 　　　　　追加チケット：ひとり5,000円（大人と子どもともに）<br />
<small>※いずれも子どものチケット料金には、Tシャツひとり１枚が含まれております。<br />
※振込後のチケット料金の払い戻しは行っておりませんので、ご注意下さい。</small></p>
<p>チケット＆宿泊予約：PICA予約センター　0555-30-4580（月〜土 9:00〜17:00）<br />
　　　　　<a href="http://saiko.pica-village.jp/" target="_blank">http://saiko.pica-village.jp/</a></p>
<p>詳細は、マンモススクール <a href="http://www.mammothschool.com" target="_blank">www.mammothschool.com</a>にて！</p>
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<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/03/powwow-2011.jpg" alt="" title="powwow-2011" width="528" height="350" class="alignleft size-full wp-image-7845" /></p>
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