ギリシアに魅了された作家たち
文学がもっとも影響力のあるメディアだった20世紀前半、ギリシアという国のイメージは、作家たちのペンによってヨーロッパ中に広まった。30年代に重要な役割を果たしたのは、コルフ島に一家で移り住んだロレンス・ダレルと、その誘いに乗ってギリシアを訪れたヘンリー・ミラーだった。ミラーは最初、ギリシア行きに乗り気ではなかった。が、いったん足を踏み入れるとその魅力にはまっていき、ついには情熱にあふれた旅行記『マルーシの巨像』を著すことになる。ミラーはこの本の中で書き綴る、いわく「ギリシアはおのれを見つけようと模索している人に欠かせない」「ギリシアはそこにある。誕生した時からそうであったように、裸で完全に自分をさらけだして」 …»
クレイジーで愛嬌のある国|GREECE|EDITOR’S NOTE -17
ギリシアについて、きみはなにを知ってる?–これは僕が旅に出る前、ありとあらゆる人たちに訊きまわった質問だ。答えはいつもたいがい、沈黙だった。ときにはこんなふうに答える人もいた、「猫」「廃墟」「村上春樹」…。でも沈黙の後にはたいてい、「いつか行ってみたい」という言葉が続いた。
そこで今号のPAPER SKYでは、「ギリシア」を定義することをミッションとした、真っ青な海と真っ白な建物といういかにもな特徴以外のイメージを、この国に与えるために。まずは、この場を借りて僕が大好きなことや僕が気づいたいくつかのことを、読者の皆さんと一緒に考えてみたい …»
ラフカディオ・ハーンが生まれた島・レフカダ島
イオニア海に浮かぶレフカダ島は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生誕の地。彼のラフカディオという名前は、この「レフカダ」という島名にちなんでつけられた。ハーンが生まれたのは、イオニア諸島がイギリスの支配下にあった1850年6月27日、父はアイルランド出身の軍医、母はキティラ島の名家の娘であった。ハーンは2歳でイギリスへ移り、19歳で単身アメリカへ渡った。1884年ニューオーリンズで開かれた万国博覧会の日本館で初めて日本と出会ったハーンは、以来英訳の『古事記』を読み、日本の神話や民話に強い関心を持った …»





























