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	<title>papersky &#187; craft</title>
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		<title>白だるまの気持ち</title>
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		<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 00:00:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>大熊健郎</dc:creator>
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		<description><![CDATA[あんなに暑かった夏が嘘のように終わり、外はすっかり寒くなった。気がつけば今年も残りわずか。年始になにを祈願したかも忘れてしまっている。いや、そもそも祈願なんてしたかな。来年こそはきちんと目標をもって過ごさないと。 「祈願」で思い浮かんだのは「だるま」。日本人なら誰もが知っている縁起物の代表選手。選挙があると選挙事務所に鎮座した大きなだるまに墨を入れる映像が繰り返しテレビで流れるのは、日本ではおなじみの光景だ。だるまのモデルである達磨大師は、インドで生まれ中国で禅宗を開祖したといわれるお坊さん。後世の日本人が自分の人形に墨で目を入れて喜んでいると知ったら達磨大師もきっとびっくりするだろう。 その縁起だるまが日本で生まれた地とされているのが、群馬県は高崎市にある少林山達磨寺である。禅宗の一派である黄檗宗のお寺であるから、禅宗の開祖である達磨大師と縁があっても不思議ではない。現在も日本の全国生産の八割のだるまがこの高崎でつくられているそうだ。少林山達磨寺では毎年1月、日本最大のだるま市「高崎だるま市」が開催されている。余談だが、あの桂離宮を有名にしたドイツ人建築家ブルーノ・タウトが、高崎の工業試験場の指導者として招かれた約2年間、この達磨寺に滞在したそうである。 だるまといえばやっぱり「赤」。紙製の素地に白塗りされた本体の上に、赤で彩色をほどこす。でもCLASKA / DOでは、白で下塗りだけした状態、言ってみればスッピンのだるまを「白だるま」として販売している。着色される前のだるまを初めて見たとき、あの荒々しく男らしいだるまとは打って変わって、静かで抽象的なその表情とたたずまいに新しい魅力を感じてしまったからである。いまではその白だるまに画家やイラストレーターの方に絵つけをお願いし、フクロウやサンタクロースを描いてもらって楽しんでいる。だるまだってたまには違うメイクをしたいときもあるよね、きっと。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>あんなに暑かった夏が嘘のように終わり、外はすっかり寒くなった。気がつけば今年も残りわずか。年始になにを祈願したかも忘れてしまっている。いや、そもそも祈願なんてしたかな。来年こそはきちんと目標をもって過ごさないと。<br />
「祈願」で思い浮かんだのは「だるま」。日本人なら誰もが知っている縁起物の代表選手。選挙があると選挙事務所に鎮座した大きなだるまに墨を入れる映像が繰り返しテレビで流れるのは、日本ではおなじみの光景だ<span id="more-10742"></span>。だるまのモデルである達磨大師は、インドで生まれ中国で禅宗を開祖したといわれるお坊さん。後世の日本人が自分の人形に墨で目を入れて喜んでいると知ったら達磨大師もきっとびっくりするだろう。</p>
<p>その縁起だるまが日本で生まれた地とされているのが、群馬県は高崎市にある少林山達磨寺である。禅宗の一派である黄檗宗のお寺であるから、禅宗の開祖である達磨大師と縁があっても不思議ではない。現在も日本の全国生産の八割のだるまがこの高崎でつくられているそうだ。少林山達磨寺では毎年1月、日本最大のだるま市「高崎だるま市」が開催されている。余談だが、あの桂離宮を有名にしたドイツ人建築家ブルーノ・タウトが、高崎の工業試験場の指導者として招かれた約2年間、この達磨寺に滞在したそうである。</p>
<p>だるまといえばやっぱり「赤」。紙製の素地に白塗りされた本体の上に、赤で彩色をほどこす。でもCLASKA / DOでは、白で下塗りだけした状態、言ってみればスッピンのだるまを「白だるま」として販売している。着色される前のだるまを初めて見たとき、あの荒々しく男らしいだるまとは打って変わって、静かで抽象的なその表情とたたずまいに新しい魅力を感じてしまったからである。いまではその白だるまに画家やイラストレーターの方に絵つけをお願いし、フクロウやサンタクロースを描いてもらって楽しんでいる。だるまだってたまには違うメイクをしたいときもあるよね、きっと。</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/11/club_37_jp.jpg" alt="" title="club_37_jp" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10745" /></p>
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		<title>文化庁「工芸技術記録映画」の特集｜東京国立近代美術館 フィルムセンター</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 04:22:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<description><![CDATA[加賀蒔絵の松田権六を始め、日本の伝統工芸の優れたわざを記録した「伝統工芸記録映画」（文化庁）のこれまでの作品を、東京国立近代美術館 フィルムセンターにて見ることができます。「伝統工芸記録映画」は、重要無形文化財に指定された伝統工芸のわざを映像で記録することを目的とし、文化庁が1971年より製作に着手。以来、ほぼ1年に1本のペースで継続的に製作が行われ、これまでに42本の映画が発表されています。本特集では、第1作の『蒔絵 －松田権六のわざ－』から、計5作品が作られた昨年度の最新作――『釉裏金彩 －吉田美統のわざ－』『鉄釉陶器 －原清のわざ－』『鋳金 －大澤光民のわざ－』『彫金 －桂盛仁のわざ－』『鍛金 －田口壽恒のわざ－』――まで、全作を美しいオリジナルの35mmフィルムで鑑賞できる機会となります。 また、同時期に東京国立近代美術館工芸館（北の丸公園）で開催される「所蔵作品展 人間国宝と近代工芸の名品」（11月22日－2012年1月29日）では、上記の映画シリーズと関係する主要な工芸作品約60点を特集します。『蒔絵 －松田権六のわざ－』で記録された後、工芸館へ移管された《蒔絵槇に四十雀模様二段卓》や、『髹漆 －増村益城のわざ－』に登場する《乾漆朱輪花盤》（当館寄託作品）のほか、京都国立近代美術館が所蔵する北村昭斎の螺鈿、文化庁が所蔵する田口壽恒の鍛金や中川清司の木工芸などの作品を陳列します。作品（展示）とその制作工程（映画）を比較しながら鑑賞できます。 日本の文化・記録映画選　文化庁「工芸技術記録映画」の特集 会期：2011年11月25日（金）- 2012年1月15日（日） ※金曜日・土曜日・日曜日のみの上映。※12月30日（金）-1月1日（日）は休映。 会場：東京国立近代美術館フィルムセンター 小ホール　東京都中央区京橋3-7-6 料金：一般500円／高校・大学生・シニア300円／小・中学生100円／ 障害者（付添者は原則1名まで) キャンパスメンバーズは無料 上映スケジュールはこちら お問い合わせ： 東京国立近代美術館フィルムセンター http://www.momat.go.jp/FC/fc.html 【関連企画】 所蔵作品展 人間国宝と近代工芸の名品 会期：2011年11月22日（火）－ 2012年1月29日（日）　 ＊休館日：月曜日（ただし1/2、1/9は開館）、12/28-1/1、1/10 会場：東京国立近代美術館工芸館 　 　 ※本誌PAPERSKYの連載では、美濃和紙、備前焼、雨畑硯など、日本を再発見するコラムを掲載しています。 最新コラム &#187; Bonsai / 大宮盆栽 &#8230; <a href="http://www.papersky.jp/2011/12/06/japanese-craft-techniques-on-screen/"><br />続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>加賀蒔絵の松田権六を始め、日本の伝統工芸の優れたわざを記録した「伝統工芸記録映画」（文化庁）のこれまでの作品を、東京国立近代美術館 フィルムセンターにて見ることができます。「伝統工芸記録映画」は、重要無形文化財に指定された伝統工芸のわざを映像で記録することを目的とし、文化庁が1971年より製作に着手。以来、ほぼ1年に1本のペースで継続的に製作が行われ、これまでに42本の映画が発表されています<span id="more-10938"></span>。本特集では、第1作の『蒔絵 －松田権六のわざ－』から、計5作品が作られた昨年度の最新作――『釉裏金彩 －吉田美統のわざ－』『鉄釉陶器 －原清のわざ－』『鋳金 －大澤光民のわざ－』『彫金 －桂盛仁のわざ－』『鍛金 －田口壽恒のわざ－』――まで、全作を美しいオリジナルの35mmフィルムで鑑賞できる機会となります。</p>
<p>また、同時期に東京国立近代美術館工芸館（北の丸公園）で開催される「所蔵作品展 人間国宝と近代工芸の名品」（11月22日－2012年1月29日）では、上記の映画シリーズと関係する主要な工芸作品約60点を特集します。『蒔絵 －松田権六のわざ－』で記録された後、工芸館へ移管された《蒔絵槇に四十雀模様二段卓》や、『髹漆 －増村益城のわざ－』に登場する《乾漆朱輪花盤》（当館寄託作品）のほか、京都国立近代美術館が所蔵する北村昭斎の螺鈿、文化庁が所蔵する田口壽恒の鍛金や中川清司の木工芸などの作品を陳列します。作品（展示）とその制作工程（映画）を比較しながら鑑賞できます。</p>
<p>日本の文化・記録映画選　文化庁「工芸技術記録映画」の特集<br />
会期：2011年11月25日（金）- 2012年1月15日（日）<br />
※金曜日・土曜日・日曜日のみの上映。※12月30日（金）-1月1日（日）は休映。<br />
会場：東京国立近代美術館フィルムセンター 小ホール　東京都中央区京橋3-7-6<br />
料金：一般500円／高校・大学生・シニア300円／小・中学生100円／<br />
     障害者（付添者は原則1名まで) キャンパスメンバーズは無料<br />
上映スケジュールは<a href="http://www.momat.go.jp/FC/Cinema2-kogei/nittei.html" target="_blank">こちら</a></p>
<p>お問い合わせ：<br />
東京国立近代美術館フィルムセンター<br />
<a href="http://www.momat.go.jp/FC/fc.html" target="_blank">http://www.momat.go.jp/FC/fc.html</a></p>
<p>【関連企画】<br />
所蔵作品展 人間国宝と近代工芸の名品<br />
会期：2011年11月22日（火）－ 2012年1月29日（日）　<br />
＊休館日：月曜日（ただし1/2、1/9は開館）、12/28-1/1、1/10<br />
会場：東京国立近代美術館工芸館<br />
　<br />
　<br />
※本誌PAPERSKYの連載では、美濃和紙、備前焼、雨畑硯など、日本を再発見するコラムを掲載しています。<br />
最新コラム &#187; <a href="http://www.papersky.jp/?p=10767">Bonsai / 大宮盆栽</a><br />
記事一覧はこちら &#187; <a href="http://www.papersky.jp/tag/japan/">http://www.papersky.jp/tag/japan/</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/12/matsuda.jpg" alt="" title="matsuda" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-10939" /></p>
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		<title>日本の出番</title>
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		<pubDate>Mon, 13 Jun 2011 00:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>大熊健郎</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「英語で陶磁器は“china”、漆器は“japan”」と聞いたのは中学生のころ。なんだか嬉しかったことを憶えている。辞書を引くとたしかに“japan”は漆・漆器とある。でも悲しいかな、漆器を“japan”と言って海外で通用することはまずないそうだ。 日本の漆器産業を取り巻く環境は厳しい。ライフスタイルの変化にともなう漆器離れ、安価な海外生産品の流入。近年、漆器産業に従事する人の数はますます減少する一方だという。私自身も小さいころはあまり漆器が好きではなかった。艶やかに加飾された朱の器や、黒光りしたお椀を、怖いと感じていたこともある。漆器は現代の生活シーンになじまないものだという偏見もあった。いま思えば「いい漆器」というものに出会っていなかっただけなのかもしれない。 漆器の印象が変わったのは谷崎潤一郎の『陰影礼賛』を読んだとき。漆の艶というのは闇のなか、行灯やろうそくの光でぼんやりと照らされた空間でその本領を発揮するものだというようなことが書いてあった。昼間でも薄暗い日本家屋のなかでなら、あの艶感もほどよい演出となって独特の存在感を発しながら空間に調和していたのだろう、そんなふうに思えたのである。現代のように明るく陰のないような食卓で違和感があるのも無理はないのかもしれない。 最近、魅力的な漆の器に出会った。岡山県で工房を構える仁城義勝さんの碗だ。存在感のある美しいフォルム、力強さと上品さが絶妙に溶けあっている。仁城さんは、漆の世界では基本的に分業化されている複数の工程をすべてひとりでおこなうそうだ。益子で活動する若手木漆工芸家、松崎修さんのお盆にも惹かれた。刳ものといって木材から彫刻のように彫りだして形をつくる。素朴で味わい深い魅力がある。焼きものだけでは食卓の風景はもの足りない。“japan”の出番はまだまだあるようだ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「英語で陶磁器は“china”、漆器は“japan”」と聞いたのは中学生のころ。なんだか嬉しかったことを憶えている。辞書を引くとたしかに“japan”は漆・漆器とある。でも悲しいかな、漆器を“japan”と言って海外で通用することはまずないそうだ。</p>
<p>日本の漆器産業を取り巻く環境は厳しい。ライフスタイルの変化にともなう漆器離れ、安価な海外生産品の流入。近年、漆器産業に従事する人の数はますます減少する一方だという。私自身も小さいころはあまり漆器が好きではなかった。艶やかに加飾された朱の器や、黒光りしたお椀を、怖いと感じていたこともある。漆器は現代の生活シーンになじまないものだという偏見もあった。いま思えば「いい漆器」というものに出会っていなかっただけなのかもしれない<span id="more-8036"></span>。</p>
<p>漆器の印象が変わったのは谷崎潤一郎の『陰影礼賛』を読んだとき。漆の艶というのは闇のなか、行灯やろうそくの光でぼんやりと照らされた空間でその本領を発揮するものだというようなことが書いてあった。昼間でも薄暗い日本家屋のなかでなら、あの艶感もほどよい演出となって独特の存在感を発しながら空間に調和していたのだろう、そんなふうに思えたのである。現代のように明るく陰のないような食卓で違和感があるのも無理はないのかもしれない。</p>
<p>最近、魅力的な漆の器に出会った。岡山県で工房を構える仁城義勝さんの碗だ。存在感のある美しいフォルム、力強さと上品さが絶妙に溶けあっている。仁城さんは、漆の世界では基本的に分業化されている複数の工程をすべてひとりでおこなうそうだ。益子で活動する若手木漆工芸家、松崎修さんのお盆にも惹かれた。刳ものといって木材から彫刻のように彫りだして形をつくる。素朴で味わい深い魅力がある。焼きものだけでは食卓の風景はもの足りない。“japan”の出番はまだまだあるようだ。</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/04/35-japan.jpg" alt="" title="35-japan" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8109" /></p>
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		<title>光を写す唐紙の技｜京都・かみ添</title>
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		<pubDate>Sun, 22 May 2011 23:56:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<description><![CDATA[入り口から差し込む光が部屋の奥に届き、雲母によって摺られた唐紙に水玉文様を浮かび上がらせている。襖によって受け止められたやわらかな光は、日の傾きとともに時の流れを室内に映し込む。京都の西陣にある唐紙工房・かみ添は、唐紙職人の嘉戸浩が２年前に開いた店。唐紙とは和紙に絵柄を摺ったものであり、江戸時代より襖紙として広く使われていた。 「昔の人は電気のない時代、自然と入ってくる光の加減で、時間を感じていたんだろうと思うんです。朝の光、夕方の光、お月さんの出た夜の光。ふすまの表情がふんわり浮かんでくるような、そうした微妙な光の加減の中で話をしたり、お茶を飲んだりしてはったんやろうなぁと」 嘉戸はアメリカで デザインを学び、グラフィックデザイナーとしての仕事を経験した。「唐紙に興味を持ったのは、アメリカにいたときのことです。大学の講義で、資料として出されるのが日本の美術品だったんです。浮世絵、日本画、枯山水など、日本よりも海外での評価が高いことを知りました。そこで唐紙に出合ったんです。文様の配置や間のとり方などのレイアウトが絶妙で、そこにはグラフィックのすべてがつまっていると感じました」 帰国後、京都の唐紙職人のもとを訪ね、刷師として５年間唐紙の事を学んだ。型押しという古典印刷技術でさまざまな版木を使い、手摺りにより文様を紙に写す。嘉戸が使う版木のデザインは、唐紙古来の伝統柄だけでなく、海外を旅した彼自身の経験から生まれるものも多い。 「イスラムのモスクで見た装飾が素晴らしくて、たくさん写真を撮りました。それが日本に昔からある七宝文様に似ていて、面白いと思ったんです。そういったものから版木のデザインを考えたりもします」 店の座敷の襖を飾っているのは、骨董屋から譲り受けたという古いトルコの版木を使った唐紙。長い時を経て出自を失った版木を手にしたとき、嘉戸は職人としての想像力によって再び生命を吹き込む。 「いつの時代のものか、何のためのものか全くわからないんです。でも顔料をのせてみると、どのように使われていたかなんとなくわかります。この版木には欠けている部分があるんですけど、それはどこかにぶつけてかけたんやないと思うんです、たぶん何度も使っているうちに自然にかけてしまった。何回も使ったり、木が朽ちたりして、職人さんのかけた時間が積み重なってこうなっている。だからそれも含めて版木が持つデザインだと思っています。唐紙には珍しい絵柄ですけど、色合わせは昔からの配色が多い。金地に浅葱色押し、粉地に雲母など、自然といいなと思うのが古来からの色合わせになるのも、きっと頭の中にこびりついているものなんでしょうね」 店の名前の由来でもある&#8221;添える“という言葉について尋ねると、紙は主役ではないから、と嘉戸は答えた。 「襖も空間のためにあるものだし、便箋も手紙を書くためにある。紙は何かに添えられるものだと思うんです。でも、ちょっといい便箋を使ったりすると、そういう気持ちが相手に伝わる。主役にはならないけど、控えめな、そういう気持ちを添えられるものでもあると思います」 唐紙職人としての技と、グラフィックデザイナーの感性が結びついた独特の唐紙。それはまた、唐紙を手にする人の想像力によって、さまざまな光を写しだす。 かみ添　Kamisoe 京都市北区紫野東藤ノ森町11-1 http://kamisoe.com/ 　 展示会情報 2011年5月25日(水)〜31日(火)「和モダンを楽しむ暮らしのアート展」 阪急うめだ本店 12階 ＜参加作家＞ かみ添（唐紙）・浦辻靖弘（木工）・今宵堂（陶芸）・坂井直樹（金工） 奈良井志野（漆芸）・波多野光（絵画）・須賀凌子（和布） 　 Photo：[1] 石川奈都子　[2] 斎藤さだむ、尹煕倉 「四角の話」 [3-5] 河合智子 　 インタビュー＆構成：チームヤムヤム Interview &#038; text: Team YumYum]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>入り口から差し込む光が部屋の奥に届き、雲母によって摺られた唐紙に水玉文様を浮かび上がらせている。襖によって受け止められたやわらかな光は、日の傾きとともに時の流れを室内に映し込む。京都の西陣にある唐紙工房・かみ添は、唐紙職人の嘉戸浩が２年前に開いた店。唐紙とは和紙に絵柄を摺ったものであり、江戸時代より襖紙として広く使われていた。<br />
「昔の人は電気のない時代、自然と入ってくる光の加減で、時間を感じていたんだろうと思うんです。朝の光、夕方の光、お月さんの出た夜の光。ふすまの表情がふんわり浮かんでくるような、そうした微妙な光の加減の中で話をしたり、お茶を飲んだりしてはったんやろうなぁと」</p>
<p>嘉戸はアメリカで デザインを学び、グラフィックデザイナーとしての仕事を経験した。「唐紙に興味を持ったのは、アメリカにいたときのことです<span id="more-8559"></span>。大学の講義で、資料として出されるのが日本の美術品だったんです。浮世絵、日本画、枯山水など、日本よりも海外での評価が高いことを知りました。そこで唐紙に出合ったんです。文様の配置や間のとり方などのレイアウトが絶妙で、そこにはグラフィックのすべてがつまっていると感じました」</p>
<p>帰国後、京都の唐紙職人のもとを訪ね、刷師として５年間唐紙の事を学んだ。型押しという古典印刷技術でさまざまな版木を使い、手摺りにより文様を紙に写す。嘉戸が使う版木のデザインは、唐紙古来の伝統柄だけでなく、海外を旅した彼自身の経験から生まれるものも多い。<br />
「イスラムのモスクで見た装飾が素晴らしくて、たくさん写真を撮りました。それが日本に昔からある七宝文様に似ていて、面白いと思ったんです。そういったものから版木のデザインを考えたりもします」</p>
<p>店の座敷の襖を飾っているのは、骨董屋から譲り受けたという古いトルコの版木を使った唐紙。長い時を経て出自を失った版木を手にしたとき、嘉戸は職人としての想像力によって再び生命を吹き込む。<br />
「いつの時代のものか、何のためのものか全くわからないんです。でも顔料をのせてみると、どのように使われていたかなんとなくわかります。この版木には欠けている部分があるんですけど、それはどこかにぶつけてかけたんやないと思うんです、たぶん何度も使っているうちに自然にかけてしまった。何回も使ったり、木が朽ちたりして、職人さんのかけた時間が積み重なってこうなっている。だからそれも含めて版木が持つデザインだと思っています。唐紙には珍しい絵柄ですけど、色合わせは昔からの配色が多い。金地に浅葱色押し、粉地に雲母など、自然といいなと思うのが古来からの色合わせになるのも、きっと頭の中にこびりついているものなんでしょうね」 </p>
<p>店の名前の由来でもある&#8221;添える“という言葉について尋ねると、紙は主役ではないから、と嘉戸は答えた。<br />
「襖も空間のためにあるものだし、便箋も手紙を書くためにある。紙は何かに添えられるものだと思うんです。でも、ちょっといい便箋を使ったりすると、そういう気持ちが相手に伝わる。主役にはならないけど、控えめな、そういう気持ちを添えられるものでもあると思います」</p>
<p>唐紙職人としての技と、グラフィックデザイナーの感性が結びついた独特の唐紙。それはまた、唐紙を手にする人の想像力によって、さまざまな光を写しだす。</p>
<p>かみ添　Kamisoe<br />
京都市北区紫野東藤ノ森町11-1<br />
<a href="http://kamisoe.com/" target="_blank">http://kamisoe.com/</a></p>
<p>　<br />
展示会情報<br />
2011年5月25日(水)〜31日(火)「和モダンを楽しむ暮らしのアート展」<br />
<a href="http://www.hankyu-dept.co.jp/honten/" target="_blank">阪急うめだ本店</a> 12階<br />
＜参加作家＞<br />
かみ添（唐紙）・浦辻靖弘（木工）・今宵堂（陶芸）・坂井直樹（金工）<br />
奈良井志野（漆芸）・波多野光（絵画）・須賀凌子（和布）</p>
<p>　<br />
Photo：[1] <a href="http://www.ishikawanatsuko.com/" target="_blank">石川奈都子</a>　[2] <a href="http://www.ishikawanatsuko.com/" target="_blank">斎藤さだむ</a>、尹煕倉 「四角の話」  [3-5] <a href="http://www.ishikawanatsuko.com/" target="_blank">河合智子</a> </p>
<p>　<br />
インタビュー＆構成：チームヤムヤム<br />
Interview &#038; text: Team YumYum</p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2011/05/kamisoe-01-natsuko-ishikawa.jpg" alt="" title="kamisoe-01-natsuko ishikawa" width="528" height="350" class="alignnone size-full wp-image-8560" /></p>
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		<title>伝統は木から生まれる &#124; 美濃和紙 3</title>
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		<pubDate>Mon, 04 Apr 2011 00:00:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Cameron Allan McKean</dc:creator>
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		<guid isPermaLink="false">http://www.papersky.jp/?p=5672</guid>
		<description><![CDATA[伝統はこだまのようなもの。世代が変わるたびに聞こえかたが違ってくる。伝統とは、年長者から若者へと受け継がれる知識のパターンである。こうしたこだまが生き残るには、時代に適応するしかない。適応するか、滅びるか。あらゆる自然体系に共通する原理である。中国の紙漉きの技術が日本に初めて入ってきたのは610年のこと。高句麗の僧、曇徴（どんちょう）が伝えたといわれる。それから現在まで受け継がれてきた和紙は、まさに適応に成功したこだまのひとつである。最初に伝わった紙漉きのやりかたでは弱い紙しかつくれず、日本での使用には向いていなかったため、強く、繊維に富んだ楮が紙の原料として使われるようになった。ひとつ適応が起きたのである。そして、若手の美濃和紙職人である保木成敏の工房を見て、和紙が現代社会に適応しはじめていると感じた。 「昔の日本画や書物の修復だけではなく、いまの世の中で広く使われるような、新しいタイプの和紙をつくりたいんです」と保木は言う。まずはパルプ液に植物性の染料を混ぜることから始めた。さほど大きな変化には見えないかもしれないが、美濃和紙の売り物は昔から美しい白色だから、それに色をつけるのは大きな冒険である。彼は難しい透かしの技術も会得し、一枚の紙に色の濃さを変えながら模様をつけられるようになった。その結果、保木工房の和紙は高級な傘やランプシェードなど、さまざまな商品に使われるようになっている。彼の試みは、長らく苦境にあえいでいる美濃和紙の伝統に希望を与えるものだ。「90年代のバブル期には、手漉き和紙の職人になりたがる人間なんかひとりもいませんでした。もっとお金になる仕事がほかにいくらでもありましたから」。皮肉なことに現在、美濃和紙職人たちの最大の関心事は、彼らの伝統産業をどうやって商売として成り立たせていくかである。 保木が私たちを美濃に初めて植えられた楮の木のある谷に案内してくれた。美濃の人々はずっと楮を茨城から仕入れていたが、和紙の原料の調達から商品化まですべて地元でまかなえるように、自給自足の体制を整えることに決めた。しかし自給自足を実現するのは容易ではなく、個人の努力ではどうにもならない。「私も楮を育てようとしましたが、紙漉きが忙しすぎて木の手入れができず、虫に食われてしまいました。自分ひとりで全部やることは不可能です。和紙づくりはみんなでやるものです」。地元の人々が力を合わせ、自分たちの手で紙を漉く。長い時間がかかったが、美濃和紙の伝統はふたたび原点に戻ったようである。 保木工房　Hoki Kobo 岐阜県美濃市蕨生1957-1　 TEL: 0575-37-5239 hokikobo.biz 掲載記事：Papersky No.33 より Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow English &#187; Knowledge into tools: Shouji Kazunari]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>伝統はこだまのようなもの。世代が変わるたびに聞こえかたが違ってくる。伝統とは、年長者から若者へと受け継がれる知識のパターンである。こうしたこだまが生き残るには、時代に適応するしかない。適応するか、滅びるか。あらゆる自然体系に共通する原理である。中国の紙漉きの技術が日本に初めて入ってきたのは610年のこと。高句麗の僧、曇徴（どんちょう）が伝えたといわれる。それから現在まで受け継がれてきた和紙は、まさに適応に成功したこだまのひとつである。最初に伝わった紙漉きのやりかたでは弱い紙しかつくれず、日本での使用には向いていなかったため、強く、繊維に富んだ楮が紙の原料として使われるようになった。ひとつ適応が起きたのである。そして、若手の美濃和紙職人である保木成敏の工房を見て、和紙が現代社会に適応しはじめていると感じた<span id="more-5672"></span>。</p>
<p>「昔の日本画や書物の修復だけではなく、いまの世の中で広く使われるような、新しいタイプの和紙をつくりたいんです」と保木は言う。まずはパルプ液に植物性の染料を混ぜることから始めた。さほど大きな変化には見えないかもしれないが、美濃和紙の売り物は昔から美しい白色だから、それに色をつけるのは大きな冒険である。彼は難しい透かしの技術も会得し、一枚の紙に色の濃さを変えながら模様をつけられるようになった。その結果、保木工房の和紙は高級な傘やランプシェードなど、さまざまな商品に使われるようになっている。彼の試みは、長らく苦境にあえいでいる美濃和紙の伝統に希望を与えるものだ。「90年代のバブル期には、手漉き和紙の職人になりたがる人間なんかひとりもいませんでした。もっとお金になる仕事がほかにいくらでもありましたから」。皮肉なことに現在、美濃和紙職人たちの最大の関心事は、彼らの伝統産業をどうやって商売として成り立たせていくかである。</p>
<p>保木が私たちを美濃に初めて植えられた楮の木のある谷に案内してくれた。美濃の人々はずっと楮を茨城から仕入れていたが、和紙の原料の調達から商品化まですべて地元でまかなえるように、自給自足の体制を整えることに決めた。しかし自給自足を実現するのは容易ではなく、個人の努力ではどうにもならない。「私も楮を育てようとしましたが、紙漉きが忙しすぎて木の手入れができず、虫に食われてしまいました。自分ひとりで全部やることは不可能です。和紙づくりはみんなでやるものです」。地元の人々が力を合わせ、自分たちの手で紙を漉く。長い時間がかかったが、美濃和紙の伝統はふたたび原点に戻ったようである。</p>
<p>保木工房　Hoki Kobo<br />
岐阜県美濃市蕨生1957-1　<br />
TEL: 0575-37-5239<br />
<a href="http://hokikobo.biz/">hokikobo.biz</a></p>
<p><em>掲載記事：<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4620793582?tag=kneehighmedia-22&#038;camp=1027&#038;creative=7407&#038;linkCode=as4&#038;creativeASIN=4620793582&#038;adid=0FCHNXBDB7WF497K0KQR&#038;" target="blank">Papersky No.33</a> より<br />
Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow</em></p>
<p>English &#187; <a href="http://www.papersky.jp/2010/08/20/washi-knowledge-into-tools-shouji-kazunari/">Knowledge into tools: Shouji Kazunari</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2010/10/Traditiongrownfromtrees-1.png" alt="" title="Traditiongrownfromtrees-1" width="527" height="350" class="alignleft size-full wp-image-5690" /></p>
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		<title>道具に組みこまれた知恵 &#124; 美濃和紙 2</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2011/02/15/minowashi-2/</link>
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		<pubDate>Tue, 15 Feb 2011 00:00:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Cameron Allan McKean</dc:creator>
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		<category><![CDATA[中部]]></category>
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		<description><![CDATA[人間は道具がなくても多くのことができるが、道具があれば神のようになれる。手漉き和紙を魔法のようにつくりだす技を支えるのは、桁と簀（細い竹ひごを絹糸で編んでつくったスクリーン）というふたつの道具のみ。基本的に、桁は幅1m ほどの大きな長方形の枠で、下の部分には簀を支える銅線を固定する薄板が、上の部分には簀をしっかり固定する金属製の蝶番がついている。このふたつの道具がなければ、またこれらの道具をつくる職人がいなければ、手漉き和紙はできない。庄司和成は美濃にひとりしかいない桁づくりの職人だ。桁をつくっている人は、いまや全国でも3人しか残っていない。 午後遅くに工房を訪ね、「世界一高価な木のうちのひとつ」から出た白っぽい削り屑のなかにあぐらをかいて座っている庄司に話を聞いた。よく日焼けした顔にきらきら輝く目。抜けた歯を気にもせず、大口をあけて豪快に笑いながら、桁づくりについて話してくれた。「40年くらい前に地元の建具屋に勤めていたとき、木の引き戸をつくりはじめたんだ。建具屋の親方の親方が桁づくりの名人でね。それなのに、なぜかその人は桁づくりの秘訣を教えてくれなかった。だから自分で桁をいくつか分解して、しくみを勉強しなきゃならなかった」。桁のしくみを微細な部分まで身体で学び、やがて薄板や溝の配置にはそれぞれ理由があることを知り、水が和紙に与えるダメージがもっとも小さくなるような、正しい部品のつなぎかたを覚えていった。「蝶番以外の部品は、みんな自分でつくってるんだよ」庄司はそう言って、部品を継ぐために竹を削ってつくった釘を見せてくれた。ひとつつくるのに1カ月もかかる桁だが、いつも水のなかで使われるため痛みやすく、3～4年ほどしかもたないという。 後継者のいない桁づくりの未来はどうなるのだろうか？　私たちが尋ねると、庄司は笑って答えた。「未来だって？　私は60歳ですよ。政府の援助がなければ弟子はとれないし、息子もいない。桁づくりが今後どうなるかはわからないねぇ。ただわかっているのは、10年後に私は引退して、釣り三昧の毎日を送るってことだけだよ」 庄和木工　Showa-Mokko 岐阜県美濃市乙狩993　 TEL: 0575-37-2905 掲載記事：Papersky No.33 より Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow English &#187; Paper Out of Liquid: Masashi Sawamura]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>人間は道具がなくても多くのことができるが、道具があれば神のようになれる。手漉き和紙を魔法のようにつくりだす技を支えるのは、桁と簀（細い竹ひごを絹糸で編んでつくったスクリーン）というふたつの道具のみ。基本的に、桁は幅1m ほどの大きな長方形の枠で、下の部分には簀を支える銅線を固定する薄板が、上の部分には簀をしっかり固定する金属製の蝶番がついている。このふたつの道具がなければ、またこれらの道具をつくる職人がいなければ、手漉き和紙はできない。庄司和成は美濃にひとりしかいない桁づくりの職人だ。桁をつくっている人は、いまや全国でも3人しか残っていない<span id="more-5661"></span>。</p>
<p>午後遅くに工房を訪ね、「世界一高価な木のうちのひとつ」から出た白っぽい削り屑のなかにあぐらをかいて座っている庄司に話を聞いた。よく日焼けした顔にきらきら輝く目。抜けた歯を気にもせず、大口をあけて豪快に笑いながら、桁づくりについて話してくれた。「40年くらい前に地元の建具屋に勤めていたとき、木の引き戸をつくりはじめたんだ。建具屋の親方の親方が桁づくりの名人でね。それなのに、なぜかその人は桁づくりの秘訣を教えてくれなかった。だから自分で桁をいくつか分解して、しくみを勉強しなきゃならなかった」。桁のしくみを微細な部分まで身体で学び、やがて薄板や溝の配置にはそれぞれ理由があることを知り、水が和紙に与えるダメージがもっとも小さくなるような、正しい部品のつなぎかたを覚えていった。「蝶番以外の部品は、みんな自分でつくってるんだよ」庄司はそう言って、部品を継ぐために竹を削ってつくった釘を見せてくれた。ひとつつくるのに1カ月もかかる桁だが、いつも水のなかで使われるため痛みやすく、3～4年ほどしかもたないという。</p>
<p>後継者のいない桁づくりの未来はどうなるのだろうか？　私たちが尋ねると、庄司は笑って答えた。「未来だって？　私は60歳ですよ。政府の援助がなければ弟子はとれないし、息子もいない。桁づくりが今後どうなるかはわからないねぇ。ただわかっているのは、10年後に私は引退して、釣り三昧の毎日を送るってことだけだよ」</p>
<p>庄和木工　Showa-Mokko<br />
岐阜県美濃市乙狩993　<br />
TEL: 0575-37-2905</p>
<p><em>掲載記事：<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4620793582?tag=kneehighmedia-22&#038;camp=1027&#038;creative=7407&#038;linkCode=as4&#038;creativeASIN=4620793582&#038;adid=0FCHNXBDB7WF497K0KQR&#038;" target="blank">Papersky No.33</a> より<br />
Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow</em></p>
<p>English &#187; <a href="http://www.papersky.jp/2010/08/14/mino-washi-japanese-paper-out-of-liquid/">Paper Out of Liquid: Masashi Sawamura</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2010/10/minowashi_2_shouji_a.jpg" alt="" title="minowashi_2_shouji_a" width="528" height="350" class="alignleft size-full wp-image-5662" /></p>
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		<title>水のなかでつくる紙 &#124; 美濃和紙 1</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2010/11/15/minowashi-1/</link>
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		<pubDate>Sun, 14 Nov 2010 23:50:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Cameron Allan McKean</dc:creator>
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		<category><![CDATA[中部]]></category>
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		<category><![CDATA[美濃和紙]]></category>

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		<description><![CDATA[静かに差しこむ自然光が一枚の紙をとおして、やわらかな光となって満ちている。世代を超えて受け継がれてきた技で、紙漉き職人はそれぞれの人生をかけ、丹念に一枚の紙をつくり上げていく。ここは岐阜県美濃市。1300 年代から続く伝統的な和紙産業の町だ。この町を象徴する素朴で美しい美濃和紙は、日本が世界に誇る手仕事のひとつである。 美濃のすべての紙を、美濃の人々が力を合わせ、手づくりしていた時代があった。楮（こうぞ）の木の皮を剥き、大きな釜に入れてやわらかくなるまで煮てから、冷たい川の水でていねいに洗い、その繊維を松の木でつくった叩き棒で叩いてほぐす。こうした和紙づくりのすべての工程を、子ども、お母さん、おばあちゃんを含め、美濃中の人々が一家総出で木を和紙に変えていた。しかし、楮の繊維と黄蜀葵（とろろあおい─日本の山芋の一種で楮をまとめる糊として使う）の根を混ぜた液を簀桁で漉きあげる「紙漉き」の作業をするのはひとりだけだ。美濃で現在、これらの工程をすべて手作業でやっている人はごくわずかしかいない。澤村正（80歳）は、重要無形文化財に指定されている本美濃紙保存会の職人のひとり。15代続く美濃和紙の職人である。 「とても難しい仕事です」大きな手で楮の皮の束を指しながら、澤村は言う。楮の皮はすでに干してある。あとは釜で煮て、洗いあげ、ふたたび釜に戻した後で叩き、どろどろの液にするだけだ。大変な仕事かもしれないが、熟練の技を使ってすべての作業をひとつひとつていねいに手でこなすことで「やさしい」紙ができると澤村は考えている。澤村の案内で薄暗い工房に入り、紙漉き用の水を張った「舟」と呼ばれる木製の水槽を見せてもらった。澤村は竹で編んだ網を木の枠で挟んだ道具「桁」（美濃では「けた」ではなく「こて」と呼ばれている）を手に取って水槽に入れ、濁った水を網の上にくりかえし広げる。右から左へ、上から下へ流れるように動かす。最後は素早く桁を振り、余分な液を取り除く。 「今日は重さ30g の紙をつくりましょう。10g の紙をつくるのに、どれだけ多くの液が必要かわかるはずですよ」。長年の勘で紙の重さがわかるという。彼の神がかった手漉きの技はこれだけではなかった。後ろのほうに漉いたばかりの和紙を重ねて置いてあるのを見つけ、「くっつかないんですか？」と尋ねると、澤村さんは和紙のほうを見やってこう言った。「和紙は生きていますからね。自分たちのやるべきことがわかっています。だから大丈夫ですよ」。 澤村正工房　Sawamura Masashi Kobo 岐阜県美濃市蕨生752-3 TEL: 0575-34-0146 掲載記事：Papersky No.33 より Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow English &#187; Tradition grown from trees: Hoki Naritoshi]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>静かに差しこむ自然光が一枚の紙をとおして、やわらかな光となって満ちている。世代を超えて受け継がれてきた技で、紙漉き職人はそれぞれの人生をかけ、丹念に一枚の紙をつくり上げていく。ここは岐阜県美濃市。1300 年代から続く伝統的な和紙産業の町だ。この町を象徴する素朴で美しい美濃和紙は、日本が世界に誇る手仕事のひとつである。</p>
<p>美濃のすべての紙を、美濃の人々が力を合わせ、手づくりしていた時代があった。楮（こうぞ）の木の皮を剥き、大きな釜に入れてやわらかくなるまで煮てから、冷たい川の水でていねいに洗い、その繊維を松の木でつくった叩き棒で叩いてほぐす。こうした和紙づくりのすべての工程を、子ども、お母さん、おばあちゃんを含め、美濃中の人々が一家総出で木を和紙に変えていた<span id="more-5654"></span>。しかし、楮の繊維と黄蜀葵（とろろあおい─日本の山芋の一種で楮をまとめる糊として使う）の根を混ぜた液を簀桁で漉きあげる「紙漉き」の作業をするのはひとりだけだ。美濃で現在、これらの工程をすべて手作業でやっている人はごくわずかしかいない。澤村正（80歳）は、重要無形文化財に指定されている本美濃紙保存会の職人のひとり。15代続く美濃和紙の職人である。</p>
<p>「とても難しい仕事です」大きな手で楮の皮の束を指しながら、澤村は言う。楮の皮はすでに干してある。あとは釜で煮て、洗いあげ、ふたたび釜に戻した後で叩き、どろどろの液にするだけだ。大変な仕事かもしれないが、熟練の技を使ってすべての作業をひとつひとつていねいに手でこなすことで「やさしい」紙ができると澤村は考えている。澤村の案内で薄暗い工房に入り、紙漉き用の水を張った「舟」と呼ばれる木製の水槽を見せてもらった。澤村は竹で編んだ網を木の枠で挟んだ道具「桁」（美濃では「けた」ではなく「こて」と呼ばれている）を手に取って水槽に入れ、濁った水を網の上にくりかえし広げる。右から左へ、上から下へ流れるように動かす。最後は素早く桁を振り、余分な液を取り除く。</p>
<p>「今日は重さ30g の紙をつくりましょう。10g の紙をつくるのに、どれだけ多くの液が必要かわかるはずですよ」。長年の勘で紙の重さがわかるという。彼の神がかった手漉きの技はこれだけではなかった。後ろのほうに漉いたばかりの和紙を重ねて置いてあるのを見つけ、「くっつかないんですか？」と尋ねると、澤村さんは和紙のほうを見やってこう言った。「和紙は生きていますからね。自分たちのやるべきことがわかっています。だから大丈夫ですよ」。</p>
<p>澤村正工房　Sawamura Masashi Kobo<br />
岐阜県美濃市蕨生752-3<br />
TEL: 0575-34-0146</p>
<p><em>掲載記事：<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4620793582?tag=kneehighmedia-22&#038;camp=1027&#038;creative=7407&#038;linkCode=as4&#038;creativeASIN=4620793582&#038;adid=0FCHNXBDB7WF497K0KQR&#038;" target="blank">Papersky No.33</a> より<br />
Photography &#038; Text: Cameron Allan McKean, Coordination: Lucas Badtke-Berkow<br />
</em></p>
<p>English &#187; <a href="http://www.papersky.jp/2010/08/26/washi-tradition-grown-from-trees-hoki-naritoshi/">Tradition grown from trees: Hoki Naritoshi</a></p>
<p><img src="http://www.papersky.jp/wp-content/uploads/2010/10/minowashi_1_sawamura_a.jpg" alt="" title="minowashi_1_sawamura_a" width="528" height="350" class="alignleft size-full wp-image-5655" /></p>
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		<title>職人たちの立てる音が響く集合工房</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2010/10/07/tadert-titbirine/</link>
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		<pubDate>Wed, 06 Oct 2010 23:45:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
				<category><![CDATA[africa]]></category>
		<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[craft]]></category>
		<category><![CDATA[morocco]]></category>
		<category><![CDATA[モロッコ]]></category>

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		<description><![CDATA[モロッコのメディナには、行商用の宿だった建物を複数の職人たちが仕事場として使っている共同工房がいくつもある。その中のひとつに、フランス人のブリジットさんが自らデザインするタオルとリネンの工房がある。12年前、仕事の関係でたまたまそのひとつに訪れた彼女は、そこから響いてくる金槌や鋸、機織などモノをつくりだす音に強く惹かれた。「職人たちの立てる音が私の心臓を打つように響いた。それがきっかけです」。同じフロアの織物職人たちに教えてもらいながら始めたタオルやリネンは、今ではその上品で美しいデザインと天然の素材や染料を使った品質の高さで、国内はもちろんヨーロッパでも高い評価を得るほどに。フェズ地方の刺繍などモロッコ各地の伝統的なパターンも取り入れながらデザインされているので、モロッコらしい魅力にもあふれている。 モロッコで「シルク」と呼ばれるのは、サボテンの樹液からつくった糸。本物のシルクがほとんどできないモロッコでは、古くからその代用品として珍重されてきたものだ。薄く肌触りのいいスカーフは、そうした糸や、希少なモロッコ産シルクで織られている。集合工房の一室にあるブリジットさんの仕事場は、ショップではないため訪れる場合には予約が必要だが、ストックがあるものは販売もしてもらえる。となりでは機織りの職人が黙々と作業していた。 タデル チュッブリーヌ Tadert Titbirine (024) 37 74 16 / pm (024) 48 38 30 編集元の記事：Papersky No.26 モロッコ特集 P.39]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>モロッコのメディナには、行商用の宿だった建物を複数の職人たちが仕事場として使っている共同工房がいくつもある。その中のひとつに、フランス人のブリジットさんが自らデザインするタオルとリネンの工房がある。12年前、仕事の関係でたまたまそのひとつに訪れた彼女は、そこから響いてくる金槌や鋸、機織などモノをつくりだす音に強く惹かれた。「職人たちの立てる音が私の心臓を打つように響いた。それがきっかけです」。同じフロアの織物職人たちに教えてもらいながら始めたタオルやリネンは<span id="more-4867"></span>、今ではその上品で美しいデザインと天然の素材や染料を使った品質の高さで、国内はもちろんヨーロッパでも高い評価を得るほどに。フェズ地方の刺繍などモロッコ各地の伝統的なパターンも取り入れながらデザインされているので、モロッコらしい魅力にもあふれている。</p>
<p>モロッコで「シルク」と呼ばれるのは、サボテンの樹液からつくった糸。本物のシルクがほとんどできないモロッコでは、古くからその代用品として珍重されてきたものだ。薄く肌触りのいいスカーフは、そうした糸や、希少なモロッコ産シルクで織られている。集合工房の一室にあるブリジットさんの仕事場は、ショップではないため訪れる場合には予約が必要だが、ストックがあるものは販売もしてもらえる。となりでは機織りの職人が黙々と作業していた。</p>
<p>タデル チュッブリーヌ Tadert Titbirine<br />
(024) 37 74 16 / pm (024) 48 38 30</p>
<p><em>編集元の記事：<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/204176/ap-kneehighmedia"; target="blank">Papersky No.26</a> モロッコ特集 P.39</em></p>
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		<title>バリのエッセンスをふだん使いに Ma:an マーン</title>
		<link>http://www.papersky.jp/2010/09/09/maan/</link>
		<comments>http://www.papersky.jp/2010/09/09/maan/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Sep 2010 00:00:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>PAPERSKY</dc:creator>
				<category><![CDATA[asia]]></category>
		<category><![CDATA[jp]]></category>
		<category><![CDATA[bali]]></category>
		<category><![CDATA[craft]]></category>
		<category><![CDATA[shop]]></category>
		<category><![CDATA[バリ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.papersky.jp/?p=5175</guid>
		<description><![CDATA[小さな店が軒を連ねる賑やかなウブドの街。みやげ物屋や飲食店などが立ち並ぶハノマン通りを歩いていくと、涼しげであか抜けた雰囲気が周囲とはちょっぴり違う外観の店が現れ、思わず足を止めてしまう。「ma:an」は、バリと東京を行き来してインドネシア雑貨の卸の仕事をしていた土屋由里さんが2005年にオープンした店。着心地のよさそうな服も、使い勝手のよさそうなバッグも、店に置いているほとんどのものは土屋さんが自らデザインし、バリでつくっている。スプーンやヘラなどのアイテムは、木彫り職人である土屋さんのご主人、ワヤンさんのハンドメイド。「インドネシアの人は刺繍など、すごく細かい手仕事をするんです。だからなるべくそれを活かしたものづくりを心がけています」。そしてそれらがおみやげで終わるのではなく、旅の大切な思い出とともに、日常に戻ってからもずっと使いつづけられるものであってほしい。それは、インドネシアに魅せられ、この地で仕事も旦那さんも見つけてしまった土屋さんの、店のコンセプトだけにとどまらない、大切な想いなのだろう。 写真1枚目はバリの旅のパートナー岸眞衣子さん。どちらのウサギを連れて帰ろうか、真剣に悩み中。手前にはルーカスがおみやげに買ったアルミ製の箱も。大小サイズ違いの箱は、細かい模様がデザインされていて、子どものころに大切にしていた宝箱を思いだした。 Ma:an Jl. Hanoman no.35 Ubud, Bali Tel: 0361 7429981 www.maanbali.com 編集元の記事：Papersky No.30 バリ特集 P.33 【関連記事】 岸眞衣子、ナチュラルリズムに身をゆだねる]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小さな店が軒を連ねる賑やかなウブドの街。みやげ物屋や飲食店などが立ち並ぶハノマン通りを歩いていくと、涼しげであか抜けた雰囲気が周囲とはちょっぴり違う外観の店が現れ、思わず足を止めてしまう。「ma:an」は、バリと東京を行き来してインドネシア雑貨の卸の仕事をしていた土屋由里さんが2005年にオープンした店。着心地のよさそうな服も、使い勝手のよさそうなバッグも、店に置いているほとんどのものは土屋さんが自らデザインし、バリでつくっている<span id="more-5175"></span>。スプーンやヘラなどのアイテムは、木彫り職人である土屋さんのご主人、ワヤンさんのハンドメイド。「インドネシアの人は刺繍など、すごく細かい手仕事をするんです。だからなるべくそれを活かしたものづくりを心がけています」。そしてそれらがおみやげで終わるのではなく、旅の大切な思い出とともに、日常に戻ってからもずっと使いつづけられるものであってほしい。それは、インドネシアに魅せられ、この地で仕事も旦那さんも見つけてしまった土屋さんの、店のコンセプトだけにとどまらない、大切な想いなのだろう。</p>
<p>写真1枚目はバリの旅のパートナー岸眞衣子さん。どちらのウサギを連れて帰ろうか、真剣に悩み中。手前にはルーカスがおみやげに買ったアルミ製の箱も。大小サイズ違いの箱は、細かい模様がデザインされていて、子どものころに大切にしていた宝箱を思いだした。</p>
<p>Ma:an<br />
Jl. Hanoman no.35 Ubud, Bali<br />
Tel: 0361 7429981<br />
<a href="http://www.maanbali.com" target="blank">www.maanbali.com</a></p>
<p><em>編集元の記事：<a href="http://www.fujisan.co.jp/Product/1281680322/b/260262/ap-kneehighmedia">Papersky No.30</a> バリ特集 P.33</em></p>
<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.papersky.jp/?p=299">岸眞衣子、ナチュラルリズムに身をゆだねる</a></p>
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		<title>体育館の廃材を使ったアートフレーム</title>
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		<pubDate>Wed, 14 Jul 2010 00:00:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>TEAM YUM YUM</dc:creator>
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		<category><![CDATA[中部]]></category>
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		<category><![CDATA[静岡]]></category>

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		<description><![CDATA[無数の傷にラインテープの跡、なんだか懐かしい雰囲気を感じさせてくれるこのアートフレーム。廃校となり、取り壊された小学校や中学校の体育館の床材を使って作られている。本来はチップとして砕かれてしまうこうした廃材を再利用し、新しい命を吹き込んでいるのは、静岡を拠点に活動するCONNECT. の二人だ。「ナラ、カエデ、カバ、ブナといった良質の床材がチップとして砕かれてしまうのを知り、単純にもったいないと思った」という彼らの活動は、建物の解体作業に自ら参加するところから始まる。収集した廃材を1本1本釘抜きし、表面を磨き、面取りをして&#8230;と、気の遠くなるような作業を通して、ひとつひとつ手作業で製作されるアートフレーム。白、黄、青、赤、緑といったカラーは、体育館の球技コートのライン。子供たちがつけたであろう古傷、木の風合い。そうした床材をランダムにつなぐことで、一つ一つ異なった表情を持つフレームが出来上がる。「洋画に出てくる家庭でよく見かけるような、家族写真をたくさん並べたフォトフレーム。そうした風景に心惹かれる」というCONNECT.が作るフレームは、思い出の写真を収めるのに最適。鏡にも差し替えができる。また、同じく床材を使った小さなキーホルダーも、懐かしい温もりをポケットに忍ばせておける&#8221;木ホルダー&#8221;として人気の作品だ。他にも、椅子、本棚、ラック、ドア、メニューボード、キーホルダーなど、古材やアンティークファニチャーなどの表情を活かした様々なものを製作している。 なおCONNECT.は、8月24日より開催されるディジュリドゥ奏者GOMAの絵画展「[記憶]展」において、展示のためのフレームワークを提供している。2007年に行われたTHE NORTH FACE「Mt. Fuji Project」に、GOMAとCONNECT.のK9がともに参加していたことがきっかけとなり、今回の絵画展にあたってGOMA自身が「絵を飾るフレームならCONNECT.に」という希望があったという。「GOMAさんの絵が引き立つようにシンプルなフレームにしたい」と話すCONNECT.は、「[記憶]展」 というテーマに相応しいフレームを提供するべく製作にとりかかっている。 &#187; CONNECT. http://www.connect1725.net &#187; 製作風景 ※スライドショーについて：写真の右半分をクリックすると次の写真が表示されます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>無数の傷にラインテープの跡、なんだか懐かしい雰囲気を感じさせてくれるこのアートフレーム。廃校となり、取り壊された小学校や中学校の体育館の床材を使って作られている。本来はチップとして砕かれてしまうこうした廃材を再利用し、新しい命を吹き込んでいるのは、静岡を拠点に活動するCONNECT. の二人だ。「ナラ、カエデ、カバ、ブナといった良質の床材がチップとして砕かれてしまうのを知り、単純にもったいないと思った」という彼らの活動は、建物の解体作業に自ら参加するところから始まる。収集した廃材を1本1本釘抜きし、表面を磨き、面取りをして&#8230;と、気の遠くなるような作業を通して、ひとつひとつ手作業で製作されるアートフレーム。白、黄、青、赤、緑といったカラーは、体育館の球技コートのライン<span id="more-4038"></span>。子供たちがつけたであろう古傷、木の風合い。そうした床材をランダムにつなぐことで、一つ一つ異なった表情を持つフレームが出来上がる。「洋画に出てくる家庭でよく見かけるような、家族写真をたくさん並べたフォトフレーム。そうした風景に心惹かれる」というCONNECT.が作るフレームは、思い出の写真を収めるのに最適。鏡にも差し替えができる。また、同じく床材を使った小さなキーホルダーも、懐かしい温もりをポケットに忍ばせておける&#8221;木ホルダー&#8221;として人気の作品だ。他にも、椅子、本棚、ラック、ドア、メニューボード、キーホルダーなど、古材やアンティークファニチャーなどの表情を活かした様々なものを製作している。</p>
<p>なおCONNECT.は、8月24日より開催されるディジュリドゥ奏者<a href="http://kioku.gomadadidgeridoo.com/">GOMAの絵画展「[記憶]展」</a>において、展示のためのフレームワークを提供している。2007年に行われたTHE NORTH FACE「<a href="http://www.goldwin.co.jp/corp/pr/07/070709/index.html">Mt. Fuji Project</a>」に、GOMAとCONNECT.のK9がともに参加していたことがきっかけとなり、今回の絵画展にあたってGOMA自身が「絵を飾るフレームならCONNECT.に」という希望があったという。「GOMAさんの絵が引き立つようにシンプルなフレームにしたい」と話すCONNECT.は、「[記憶]展」 というテーマに相応しいフレームを提供するべく製作にとりかかっている。</p>
<p>&#187; <a href="http://www.connect1725.net" target="blank">CONNECT. http://www.connect1725.net</a><br />
&#187; <a href="http://kdmproducts.jugem.jp" target="blank">製作風景</a></p>
<p>※スライドショーについて：写真の右半分をクリックすると次の写真が表示されます。</p>
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