Natural Digital Sound|ノルウェーの風土が生んだ音楽家|ゲイル・イェンセン
ゲイル・イェンセンは、34日目に登頂に成功した。彼の登山隊で山頂を制覇したのは、彼と、同行したシェルパだけだった。早朝、朝日が東の空を照らしはじめたころ、ゲイルは、世界で6番目に高い標高(8,201m)を誇るチョ・オユーの頂きからはるか彼方のエベレスト山を見つめていた。腰を下ろすと、バックパックを開けてMDとマイクを取り出し、空気の薄い山頂で、風の音、氷雪が砕ける音、そして、自分自身の声を録音した …»
Oslo, August 31st|記憶をたどり、記憶のなかの街をつくる|ヨアヒム・トリアー
「晩夏のオスロでの最高の思い出は、ヴィグドイで泳いだこと。秘密の場所や飛びこみができる崖がたくさんあってね。オスロの街からトラムやバスに乗って15分ほどの場所にあるんだ。よそから来た人には、信じてもらえないけれど…」。
ノルウェーのもっとも高名な映画監督、ヨアヒム・トリアーは、1980〜90年代、オスロで少年時代を送った。ノルウェーは全員が中産階級で、スケートボードを禁じた世界で最初で最後の国。そんな社会の堅苦しさにうんざりしたトリアーと友人たちは、ヒップホップやパンクといったサブカルチャーに魅了され、警察に見つからないように、森のなかにつくったランプで密輸入品のボードを使い、スケートボードに明け暮れたという。オスロは、ストックホルムやコペンハーゲンほど自由で大陸的ではないが、バランスのとれた都市である …»
山から街、街から海へ|自然と一緒の暮らしに求められるプロダクト|ヘリーハンセン
海では、ヨットで世界一周をする“VOLVOオーシャンレース”など、多くのチームにオフィシャルウェアを供給。また他スポーツギアブランドがこぞってアスリートをサポートするなか、北海油田で働く人、ライフセーバーなど過酷な仕事場で働く人たちを積極的にサポートしてきた。一方、“スキーを履いて生まれてきた”といわれるほどウィンタースポーツがさかんなノルウェーは、スキー発祥の国でもある。世界高峰への登頂、北極踏破などで培われたテクノロジーを柱とし、スキーヤーやスノーボーダーをはじめ、山岳ガイドや登山家、冒険家たちのチャレンジに、なくてはならない装備なのだ …»
CONTEMPORARY ART WALK × KARI HIRTH オスロ散歩。ギャラリーと美術館へ、寄り道しよう
世界でもっとも有名な日本人作家、といってもまちがいではないかもしれない。村上春樹がここ、オスロにある文学の家Litteraturhusetを訪れたのは、2010年の8月後半のこと。同氏の数日間の滞在中にはムラカミ・フェスティバルもおこなわれ、ノルウェーではトップニュースのひとつとして取りあげられていたそう。文芸博物館としての機能をもつこの場所の、07年のオープン以前からの長年の夢が、まさに叶ったときだった。そしてそれは同時に、カリにとっても喜ばしいことだった …»
BOOK SHOP WALK × MAX ALEXANDER BERG カタチある、お気に入りの1冊を求めて
時折パラパラと雨が降るオスロの街をまずはじめに案内してくれたのが、編集者のマックス。ラフなトレンチコート姿に、手にしていた赤い傘がお似合いの彼が導いてくれたのは、オスロの《BOOK》ツアーだ。街の少し北東の一帯グリンロッカは、10年ほど前から若者たちが好んで住むようになり、確実にオスロの新しい文化発信拠点になりつつある。その場所で元新聞記者のニルスが08年から始めた小さな出版社、Flamme Forlagを訪れた。出版順にナンバリングされた冊子には、詩や文学に関するものが多い …»
すべては、海からはじまった|ヘリーハンセン、アドベンチャーへの挑戦
ノルウェー語で「深く内陸に入り込んだ湾」を意味するフィヨルドは、氷河によって削られた谷が沈水して形成された、複雑な地形の海岸線。神の大いなる造形ともいえる美しい景観は、訪れる人を魅了する一方で、生活する人にとっては、たとえば隣町と行き来するにも困難なことがあった。でも、それは同時に、そこを“海の道”としてあるがままの自然を受け止めることで、フィヨルドとともに生きる人々の暮らしを築くことになる。
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