追憶のヨーロッパ:植田正治の旅と写真
植田正治にとっての「旅」はどんな意味をもっていたのでしょうか。山陰の人や風土を見つめ、その独特な光のなかで長年にわたり撮影してきた写真家に、初めての海外旅行(1972年)の地、ヨーロッパは何をもたらしたのでしょう。異国の地で夢中にシャッターを切り、帰国後、写真集としてまとめはじめ、印刷の手前までいきながらも納得できず、急遽延期、わざわざ翌年の同じ季節に再びヨーロッパを訪れるまでして仕上げた『植田正治小旅行写真帖 音のない記憶 …»
木を知り尽くし、木に親しむものづくり―マルニ木工の新作家具
広島の木工家具メーカー、マルニ木工は5月に東京のショールームで展覧会を行い、4月のミラノサローネ国際家具見本市で発表された MARUNI COLLECTION 2011 の新作「Roundish」と「Lightwood」シリーズを国内で初めて披露した。
会場ではショールームの1Fとリニューアルオープンした地下フロアで製品が展示され、2Fでは製造工程・各パーツの構造などが詳しく紹介された。実際に椅子やテーブルを試しながら、技術的な構造を詳しく知ることができる。
すっきりとした木組みとシンプルな座面の組合せが、いかにも素朴な軽やかさを感じさせる「Lightwood」。一見、硬い質感を想像させるが、座ってみると座面の張りがちょうどよく、背もたれも心地よい。座面も、ウェービング・メッシュ・ファブリック・レザーなど豊富なバリエーションが揃い …»
古い土を掘りだす 備前焼 3
最近つくられた備前焼の鉢と数百年前につくられたものをくらべると、同じように見える。どちらも釉薬を使っておらず、表面がザラザラで、厚みがある。土の純度が高ければ光沢のある濃い色になり、どちらの鉢も土のなかからそのまま掘り起こしてきたように見える。けれども、昔のものと最近のものでは、土の取りだしかたが違う。「最近ではショベルカーで採土していますが、昔の陶工たちは手で掘っていました。備前の土はものすごく固いので、すごく大変な作業だったと思います」。樫本孝一が備前焼の土を掘りだした経験を話してくれた。建設会社を経営する彼だが、若いころ、備前焼を志し、自分には「陶工に必要な資質」が備わっていないことに気づいて諦めたという …»
陶器の偶像 備前焼 2
屋根から伸びた赤煉瓦の煙突や、窯にくべる薪の山、耐火煉瓦工場の跡地を通り過ぎながら、伊部の町を歩く。藤原陶臣の家に着いたのは午後遅くのことだった。庭には犬が三匹、雄鶏が一羽、何羽かの鳥がいて、魚が入った水槽がいくつか並んでいた。工房には、ストーブの上で焼かれている鹿肉の獣じみた臭いが漂う。藤原は窓の側の回転いすに腰かけて、牛の上にまたがった男の像をつくっている。細部まで驚くほど精巧である。「ひとつの形、たとえばこの牛なんかを精巧につくるのは、それほど難しいことじゃない。一年もあればできるようになる。けれど、さまざまな形やスタイルを習得するのは並大抵じゃないよ」 …»
いにしえの技を現代へ – 備前焼 1 炎に焼かれて
岡山の伊部に広がる田んぼの下には、粘土層が走っている。かつて備前国と呼ばれていたこの地方の陶工たちは、千年以上にわたって鉄分の多いこの土を掘り起こし、釉薬を使わない焼き物「備前焼」をつくってきた。備前焼は日本六古窯のなかでももっとも古く、尊重されている焼き物である …»
トットリに行って見つけたもの展
前回の鳥取旅行の話でも触れた山根窯の石原さんや、その師匠にあたる岩井窯(ここは鳥取で最も洗練された場所のひとつだと思います)の山本さんの暮らしぶりを拝見すると、改めて僕らが考えるべきは「モノそのもの」ではなく、モノとモノだったり、モノと空間だったり、あるいはモノと人といった関係性の積み重ねによって生み出される「生活」であり「暮らし」自体であるということを実感します。価値というのはそういった関係性のありかたによってどうにでもなってしまいます …»




























