擦りながら無に近づく|雨畑硯(3)
暮れゆく日のなかで黒く濃い輝きを放つ。雨畑原石でつくられた硯に少しだけ入っている墨。望月苔雲が竹炭と溶かした魚の骨を混ぜ、乾燥させて固めた特別な墨である。床の上に広げた長い紙の上を筆が走り、言葉、詩、格言などが太い線で現れる。「大好きな言葉がたくさんあります」と望月が笑う。自の前の紙の山を探し、ようやくお目当てのA3サイズほどの大きさの紙を見つけた。彼の好きな言葉を書きだしたリストである …»
石に魅入られる|雨畑硯(2)
硯は日本の書の歴史に欠かせないものである。また、日本の精神的歴史を体現する瞑想の道具でもある。「純粋で、真実に近いものを書きたいなら、心がきれいでなければなりません。硯でおもしろいのは、自分を見つめ直す道具になるところです。彫刻作品と呼んでもいいと思います」。ござの上にあぐらをかいているのは雨宮嫡太郎。雨端硯本舗の13代目職人である彼は …»
硯石の洞窟|雨畑硯(1)
雨畑は山間の小さな村だ。いたるところに野生の猿が生息している。この地は、光沢があり、硬く、水持ちのよい粘板岩の産地として知られている。この岩の歴史は古く、約700年前にこの村の洞窟から初めて切りだされて以来、日本屈指の品質を誇る硯の材料として使われてきた …»
芭蕉も泊まった旅籠で、江戸情緒に浸る(御油〜岡崎)
現在の愛知県豊川市にあたる御油の宿場は、姫街道が再び東海道に合流する地点。御油と次の赤坂は、江戸時代には大勢の飯盛女(めしもりおんな)がいた歓楽的な宿場町だったという。飯盛女とは泊まり客の相手をする女性で、多くは夜もともにしたと伝わる。赤坂にはいまも往時の旅籠の姿をとどめる宿、大橋屋がある。1649年の創業で江戸時代は「伊右エ門 鯉屋」の名で営まれていたこの宿の、連子格子をはめた2階の両端からは飯盛女の肖像画が通りを見下ろす …»
佐々木愛作品展「光」GALLERY TRAX
八ヶ岳にあるGALLERY TRAXで、佐々木愛さんの作品展「光」が開催されています。佐々木さんは、砂糖によるインスタレーション作品をはじめ、身近な素材を使用したインスタレーションやペインティングを制作発表しています。『PAPERSKY』ニュージーランド特集(No.28)の時には、現地ウェリントンに滞在中で、街のアートスポットをめぐるArt Walkを案内してくれました。今回の作品展では、滞在先の風景やそこで出会った物語からインスピレーションを得た絵を中心に …»

竹﨑和征「続・東海道 新風景」展
東海道をテーマにした、竹﨑和征「続・東海道 新風景」展が、MISAKO & ROSENにて開催されています。出品される作品は、静岡を旅している間に出会った風景(天城、三島、丸子など)の直接的な描写ではなく、訪れた地で竹﨑が体感した経験や、テーマ的にまったく関係のない別の風景を複合的に織り交ぜることで作り出されています …»
由比で江戸のポップアートを学ぶ(蒲原〜興津)
原から吉原を経て、静岡市の蒲原へ。広重の『東海道五十三次』で蒲原は雪景色として描かれるが、この地の気候は温暖で、雪が降り積もることはほとんどないという。広重はじつは東海道を歩いていなかったという説もあるが、それは現実離れした蒲原の絵を理由にすることが多い。雪でも降らないかと思うほど暑い蒲原を抜けてひた歩くと、続く由比の宿場には広重の作品を扱う静岡市東海道広重美術館があった。「広重の作品は江戸の庶民に情報を伝える雑誌やチラシのような感覚で親しまれていました。数もたくさん刷られたので、陶器をフランスなどに輸出する際の包み紙にもされたんです。その包み紙を見た人があまりのきれいさにびっくりして、そこからジャポニスムが始まったといわれています」と学芸員の伏見智子さん。広重の大胆な遠近差で奥行きを出す画風は、ゴッホやマネらに影響を与えたといわれている …»




























