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  • Photography: Yasuyuki Takagi
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Old Japanese Highway、日本の古道 vol.9 ブリ街道

, 2019/08/28

街道を歩き、それにまつわる歴史を発見する日本の古道歩きの旅。今回は富山湾から飛騨高山まで、寒ブリと旅する80kmのお話。富山のブリは信州へ運ばれ、年越しを祝う「飛騨ブリ」として重宝されたとか。山間の食文化を支えた「ブリ街道」をたどってみよう。

おもしろい話を聞いた。日本海側では地域によってブリ文化圏とサケ文化圏があり、食文化ががらりと変わるという。その境界線が、糸魚川─静岡構造線。この東北側ではサケが、南西側ではブリが食されるという。どちらも新年を迎える「年取り」という行事のお膳につけられた。

ブリがこうした祝い事に用いられるのは、成長とともに名前を変える出世魚の代表格だからだ。関東では稚魚のワカナゴ、ワカシから始まってイナダ、ワラサへ。関西ではモジャコ、ワカナ、ツバス、ハマチ、メジロと、最終形態であるブリに到達する前にいくつもの段階を経る。成長に伴って姿も味わいも変化するから、まったく別の魚として扱われる。昔は元服を迎えると幼名から大人の名前に改め、社会の一員となることを祝ったというが、名前の変わる魚が縁起物として尊ばれるようになった背景には、そんな事情があったらしい。

PAPERSKYが向かった富山湾は、もちろんブリ文化圏である。江戸時代、越中(富山)で水揚げされた寒ブリは「年取り魚」として大変重宝されていた。大晦日の夜、歳神さまを迎えてひとつ年をとることを祝い、家族みんなで食卓を囲む。そのとき、祝い膳にブリを食べるのである。特に信州・松本の年取りの祝い膳には、越中で獲れた「飛騨ブリ」が欠かせなかったとか。

12月に入ると富山湾でブリが水揚げされる。港で塩漬けにされた塩ブリは牛の背に乗せられ、飛騨街道を通って高山の魚問屋に集められる。そこでブランド魚である「飛騨ブリ」に名前を変え、野麦峠を越え、はるか信州にまで運ばれたのだ。いつのころからか、ブリを運んだ飛騨街道は「ブリ街道」と呼ばれるようになった。

今回、PAPERSKYが旅するのは、富山県富山湾から岐阜県高山まで、約80kmのブリ街道だ。富山湾から越中街道を南へ進み、猪谷関所の「籠の渡し」を経て、神岡、そして飛騨高山へと至る。出発地は神通川河口の岩瀬漁港。旅のゲストは自転車旅と冒険好きのアメリカ人、ベンジャミン。自転車をきっかけに弊誌編集長のルーカスと知り合い、この旅に加わることになった。一行は、雪を抱いた北アルプス・立山連峰を眺めながらのんびり歩き始める。

最初に立ち寄ったのは、江戸時代末期から明治にかけて北前船の交易で栄えた、東岩瀬の古い街並みだ。北国街道の宿場町でもあり、回船問屋・森家を中心に、明治時代の建物が連なる。岩瀬の名物に三角どらやきがあると聞き、さっそく、街の和菓子屋「大塚屋」で道草を楽しむ。

富山市の中心部では富山城内の郷土博物館に立ち寄る。東西を加賀藩領に挟まれた越中富山藩の当時の石高は10万石。富山市はその城下町だ。「加賀百万石」と比べるとわずか1/10の規模だが、この町は売薬商で大いに栄えた。
「富山藩主は前田家の分家ですが、神通川の氾濫などで経済難に悩まされていた2代目藩主の前田正甫は、米だけに依存する経済基盤を変えるべく産業を奨励したのです。その結果、売薬業が発展し、江戸時代の後期には、人口規模が全国でもトップ10に入る都市となったのです。人の往来も多く、売薬商人もブリ街道を通って飛騨と行き来していました」(坂森学芸員)

「先用後利」の置き薬商法で全国を席巻した「富山の薬売り」。市内の「池田安兵衛商店」では昔ながらの薬屋の面影を味わえる。戦後間もなく、江戸時代に一世を風靡した「越中富山の反魂丹」の製造を始めたこちらでは、現在も反魂丹を購入できる。

さて、神通川とつかず離れずの越中街道を歩き、富山市をさらに南下しよう。その先の笹津で、街道は神通川を挟んで越中東街道と西街道に分かれるが、東猪谷までは交通量の少ない東街道を行く。神通川第一ダムを見渡す、風光明媚な街道だ。

2日目は、「籠の渡し」にまつわる資料を展示する猪谷関所館からスタート。猪谷の「籠の渡し」は、ブリ街道前半のハイライトである。猪谷関所館ではブリ街道の他、西および東猪谷関所と「籠の渡し」、さらに円空仏についての資料を揃えている。美しい渓谷美が続く神通峡は、今日でこそ富山を代表する風景になっているが、険しい地形で昔から旅人を苦しめてきた。両岸は絶壁であることから神通川には橋をかけられず、V字峡谷の断崖に縄をかけて山ブドウや藤づる製の籠を吊るし、それで幅20mの川を渡らねばならなかった。これが、歌川広重が『六十余州名所図会』に、『飛騨 籠わたし』として描いた「籠の渡し」である。関所館にはこの「籠の渡し」が復元されており、思わず引き込まれてしまう林館長の語り口もあって、壮大な歴史ワールドを味わえる。

猪谷を後にして街道を飛騨古川方面に向かう。ところでこのブリ街道、現在は「ノーベル街道」という名前のほうがよく知られているかもしれない。これまでにノーベル賞を受賞した研究者12人のうち、田中耕一氏、小柴昌俊氏など4人が、富山から高山までのこの街道沿線にゆかりがあることからこう呼ばれるようになった。神岡にはスーパーカミオカンデで知られる東大宇宙線研究所などがあるが、これも「ノーベル街道」ならではである。

神岡から十三墓峠を越えると、八日町に到着。江戸時代の人々は富山から高山までを2泊3日の行程で旅をしたが、八日町は2日目の宿を求めた宿場町で、たったワンブロックながら現在も当時の宿場町の面影を留めていた。3日目の朝、八日町でブリ街道を研究している田中彰さんと待ち合わせる。この先、今村峠を経て高山までを田中さんにガイドしていただく。

富山湾—高山間で唯一、未舗装の峠である今村峠は、大正時代に廃止されるまで神岡と高山を結ぶ最短ルートして機能してきた。周囲には立派な朴の木が自生している。晩秋になると、地元の人たちが朴葉を拾い集めにくるそうだ。

「拾った朴葉は塩水につけて延ばし、陰干しして保存します。乾いた朴葉に漬物やみそを載せていただく“朴葉みそ”は飛騨高山地方の郷土料理ですが、山の恵みを食卓に取り入れるというのは、この地方の風流だったんだと思うんですよ」(田中)

今村峠を下りたら、高山までは残り8km。中心地が近づくにつれ、城下町らしいにぎわいが見られるようになる。古い街並みの先に、ブリ街道のゴールである「川上魚問屋」跡のモニュメントが見えてきた。昭和初期まで富山のブリはすべて「川上魚問屋」に集められ、ここで「飛騨ブリ」として高く取り引きされたのである。

一行も市内の「みちや寿司 沖村屋」に立ち寄り、ブリ寿司を頬張って旅を振り返る。
「昔は2泊3日という時間をかけて牛やボッカがここまで運んできたと考えると、山にいながら海のものを食べる贅沢をあらためて感じられるよね」とベンジャミン。どこでもなんでも手に入る時代だからこそ、かつてのプロセスをていねいにたどることが必要なのかも、とも。
「富山湾で眺めた北アルプスの雪融け水が川に流れ込み、栄養豊富な水となって海に注いで生物を育む。いまそれを口にしていると考えると、自分も自然のサイクルになっているんだって、街道を歩ききったからこそそんなことを実感できたよ」

富山から飛騨高山へ、寒ブリから飛騨ブリへ、出世魚をたどった旅はここまで。松本への旅の続きは、また別の機会に。

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