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小津映画と器|PAPERSKY japan club

ときどき無性に観返したくなる映画というものがある。私の場合その筆頭にくるのは名匠・小津安二郎監督の映画。とはいうものの、若いころはそのあまりに日常的で淡々としたドラマツルギーに退屈さえ感じていたこともある。それが40歳く […]

10/09/2018

ときどき無性に観返したくなる映画というものがある。私の場合その筆頭にくるのは名匠・小津安二郎監督の映画。とはいうものの、若いころはそのあまりに日常的で淡々としたドラマツルギーに退屈さえ感じていたこともある。それが40歳くらいを境に、急に小津が描く世界の味わいと美学に心酔するようになった。時代背景はともかく小津が描く世界はどこにでもあり、誰もが経験するような出来事ばかり。にもかかわらずその通俗的ともいえる平凡な物語のなかにすべてが詰まっている。いつしかそう感じるようになった。小津作品に浸る時間とは私にとって歳を重ねることを肯定的に捉えられる貴重な時間である。それはまた人生の悲哀を感じる時間でもあるのだが…。
小津映画をくり返し観ていていつからかあることが気になり出した。それは映画のなかで使われている「食器」である。小津作品には食事やお茶のシーンがよく出てくる。旧友と酒を酌み交わしながらの小料理屋での場面、同窓会での宴会場面、座卓を囲んで家族でお茶を飲む場面などシチュエーションはさまざまだが、どのシーンもなんだかじつに品がいいのである。それも決まって趣味のいい磁器が使われている。
 普段の私はもっぱら陶器を愛用していたのだが、小津映画の器を意識するようになってからというもの、無性に磁器の器が魅力的に思えるようになった。ただよく見るとどうも器の趣味がいいという話だけではないのである。あれこれ考えているうちにあることに気がついた。そう、器というのは料理の味や雰囲気だけでなく、人の所作にまで影響するのだと。つまり磁器の魅力とはそれを人が前にしたときの「所作」に対する魅力なのではないかと。
東京は銀座、金春通りに「東哉(とうさい)」という小さな店がある。店内には色とりどりの上品な器が和菓子のように並んでいる。小津が贔屓にしていた清水焼の専門店である。東京で小津的な美意識の一端を垣間みることができる貴重な場所だ。映画『彼岸花』の冒頭で結婚式の帰りに次女を嫁に出した父親とその旧友ふたりが小料理屋の座敷で酒を酌み交わす場面がある。赤い瓢箪型徳利と黄色い釉薬の向附のグラフィカルなコントラスト。むろん東哉の器である。ああ、いつかあんな風にお酒を飲んでみたいとしみじみと思うのである。
>> PAPERSKY #57 MEXICO, OAXACA|Food & Craft Issue