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今井義浩/料理人|PAPERSKY Interview

「旅とは、人生に新しい種を植えること」というのは料理家の今井義浩さん。これまでも世界各地の料理店で働くことで思考を更新し続けてきた今井さんが、次に飛び込んだのはメキシコのジャングルにあるレストラン「Hartwood」だ。 […]

09/11/2018

「旅とは、人生に新しい種を植えること」というのは料理家の今井義浩さん。これまでも世界各地の料理店で働くことで思考を更新し続けてきた今井さんが、次に飛び込んだのはメキシコのジャングルにあるレストラン「Hartwood」だ。電気もガスもない超原始的なこの店で、今井さんはどんな種を見つけたのだろうか。
 
—京都でご自身のお店「monk」をされる傍ら、今年1月にメキシコにインターンに行かれたそうですね。なんでまたジャングルのお店に?
「Hartwood」は僕が持っている写真集『Edible Selby』に載っていて、以前から素敵だなと思っていました。これまで僕がインターンをしたのは、デンマークの「Noma」やカリフォルニアの「Chez Panisse」や「Camino」など都会にある洗練された店ばかりだったので、もっと異質なプリミティブな環境でも働いてみたいな、と。でもメキシコなんて遠いし、自分の店もそうそう放ってはおけないですし、行くなんて考えもしていなかったんですよ。そんなある日、タスマニアから来たお客さんが「Hartwoodでインターンをしたことがある」って言うんです。「インターンなんてできるんだ!」と惹かれたものの、ちょうどそのころは子どもが生まれる予定だったこともあって「いつかは行きたいな」くらいに思っていました。そしたら僕の奥さんが「しばらくは海外に行けなくなるし、1週間くらい行ってきたら?」なんて言い出して。そのとき、お酒を飲んでいい気持ちになっていた僕は、酔った勢いでうっかりタスマニア人の彼に「今Hartwoodってインターンを受け入れているのかな?」っていうじつに軽いメールを送ってしまったんです。するとすぐに「OK、まかせとけ」って返信がきた。翌日、酔いが覚めて「うわー、えらいことになった」って焦ったんですけど、もう引っ込みもつかなくて。そんなこんなでメキシコへ行くことになったのです。
 
—Hartwoodは連日行列の人気店だそうですが、どんなレストランなのですか。
トゥルムというリゾートエリアのジャングルのなかにある野外レストランで、オーナーシェフはエリックというNY出身のアメリカ人です。ここはまるで、毎日がキャンプ。電気はジェネレーターで起こすし、ガスもないから調理はすべて薪窯とオープンファイヤーの焼き場でつくります。冷蔵庫もなくて食材は氷で冷やすんですよ。その日に仕入れたものはその日に使い切るから、魚も鮮度抜群です。
 
—食材も日本とはずいぶん違うそうですね。
とにかく野菜も魚も勢いがすごいんですよ。ライムひとつとっても、皮に包丁の先をあてただけでエネルギーが飛び出してくるようなジューシー感。大地そのもののパワーが強いんでしょうね。僕は京都ではいつも大原の農家さんのところへ野菜を摘みにいくのですが、京都の野菜もいきいきしているけど、それとはまた全然違う感じでエネルギッシュでしたね。
 
—monkで日々、窯に火を熾して野菜やピザを焼いている今井さんにとって、Hartwoodの料理はいかがでしたか?
Hartwoodの火の使い方や考え方はとてもユニークで、よい刺激になりました。自分がごく当たり前だと思っていたことが、そうでもないんだなと思わされる場面もたくさんありました。たとえば、ビーツを丸ごと焼いて出す斬新なひと皿があるのですが、真っ黒な焦げもそのままお客さんに出しちゃうんです。エリックは焦げもおいしさのうちだと考えているんですね。でも実際、焦げって食べてみると意外に美味しいんですよ。これは発見でした。もうひとつ薪窯の使い方でいいなと思ったのは、その日の営業が終わると、まだ温かい窯に、豚バラの塊と野菜なんかを入れておくんです。するとゆっくりゆっくり火が入って、翌朝にはトロトロになっている。ここまでゆっくりの火入れって薪窯ならではだな、と勉強になりました。そうそう、一度まかないで僕がピザをつくったのですが、いつもは冷蔵庫で生地の発酵をコントロールするのに、冷蔵庫がないからそれができない。そうするともう、これまでの経験と勘でつくるしかないわけです。ずっと焼いてきたピザですが、ここまで何もない環境でつくったのは初めて。なんとかおいしくできて、みんな喜んでくれたので嬉しかったですけどね。
 
—何もないからこそ、本能が研ぎ澄まされる。料理人にとっておもしろい環境ですね。
Hartwoodはジャングルで料理をつくり、自然に翻弄されても、みんなそれを普通に受け入れている感じが新鮮でした。オープンエアだから雨の日は休んじゃうし、営業中にスコールが降ろうもんなら客もスタッフも大騒ぎでテーブルを屋根のあるところに移動させるんです。そのたびに伝票が行方不明になってみんなパニックになる(笑)。しょっちゅう雨が降るのだから学習すればいいのに、なんの改善もしないんですよ。そんなテキトーだけど自由なスタンスがなんだか心地よかったですね。僕は10日しかメキシコにはいられなくて、そのうち2日は雨で休みだったし、オーナーのエリックも「そんなにマジメに働かなくていいから街に遊びに行ってこいよ」なんて休みをくれたりするので、実質ほとんど働いていないんです。仕込みを少し手伝ったくらいかな。店はいつも音楽がガンガンにかかっていて、スタッフもみんな踊りながら料理していたので、僕も踊ってました(笑)。Hartwoodの料理をすぐに自分の店に取り入れるということはないですが、あの場にいて見たり聞いたりしたことのなかから、いろんなものを受け取れたように感じています。京都でももっと気持ちを自由に楽にして、なんなら踊りながら営業するのもいいな、なんて思えるようになりましたね(笑)。
 
—とはいえ、仕事や家族を置いて出かけるのは大変かと思いますが、それでも今井さんが旅に出るのはなぜでしょうか。
いつもと違う環境に身を置くことで、新しい種、異種なものが自分のなかに入ってくる。それは、いつどんな芽が出てくるかはわからないけれど、ある日、何かに結びついたりするんでしょうね。そういうのがおもしろいなと思っています。若いころと違って家族や守るものができると、後先を考えたら絶対に旅になんて出られない。メキシコだって、あの日酔っぱらってなかったら行かなかったですよ。でも行ってしまえば、やっぱり得難い経験や出会いがあるし、本当に行ってよかったと思います。帰国してから通帳の残高を見て青ざめたりしますけどね(笑)。きっとまたどこかに行くでしょうね。すぐにではないけれど。
 
—今井さんは料理は独学だそうですが、料理の道に入られたきっかけは?
大学生のとき、図書館でたまたま目についた『パンの焼き方』という本を借りたんです。そこから発酵っておもしろいなと思うようになり、天然酵母でパンを焼き始めました。その後、一度就職したのですが、すぐに辞めてしまって、軽井沢のピザレストラン「enboca」で働きはじめました。初めて「enboca」で食べたとき、きのこのピザのおいしさに感動したのですが、さらに数日後に不思議なことが起きたんです。ただいつものように歩いていると、ふわりと風が吹いてきて、同時にあのきのこの風味が自分のなかに強く甦ってきた。なんだこれは、と自分でも驚いて、「料理ってこういうものなのか」と心が震えました。あの日の感覚は今でも鮮明に覚えているんです。それから今日まで、僕は食べた人の記憶に残るような、心に風が吹くような料理を目指すようになりました。
 
—心に風が吹く料理。まるで禅問答のようですね。
どうすればそんな料理をつくれるようになるのか、僕自身もまだわかりません。ただ、毎日野山で風に吹かれたり、畑の湿った土を踏んだり、野菜と一緒に雨に打たれながら自然に向き合い、そこで自分が感じたことを料理に込めて、お客さんに伝えようとし続けることでしかないのかな、と今は考えています。僕が勝手に師匠と慕っている人がいて、「草喰なかひがし」の中東久雄さんなんです。中東さんとは大原で出会って、以来、いろいろなことを教えてもらっています。同じように野山や畑、野菜を見ていても、30年以上も自然と料理を結びつけてきた中東さんには、全然違うものが見えている。僕が感じられていないことを感じている。自分もいつかあんな境地にいけたら、と憧れています。
 
—monkは、薪窯を使って野菜や肉、魚介を焼いたシンプルな料理が並ぶコースで、メインがピザというスタイル。今井さんがピザをつくり続けているのはなぜですか。
あったかくて丸くて、みんなで分けられる。難しいこと抜きにみんながハッピーになれるのっていいでしょう。それにピザって奥が深いんですよね。お寿司によく似ているなと思うのですが、具材と土台を合わせる単純な料理だけど、毎日の天気や季節の巡りで微妙に違う。経験と勘を頼りに一気に仕上げるドライブ感も似ています。シンプルに同じことを繰り返し続けるなかで、進化していく。自分はそういうことをやりたいのだと思います。
 
—まさに、修行僧。
店名は、友人がつけたんですけどね。「おまえ、坊さんみたいだからmonkにしなよ」って。はじめは「それはないでしょー!」って感じだったんですけど、だんだん悪くないなと思えてきて。たしかに、やっていることは僧侶と通じるものがあるかもしれないです。毎日が修行ですね。でも苦しい修行じゃなくて、楽しい修行。山や畑に入って食材を求めたり、生産者とお話ししたりするのは本当に楽しいし、たくさんのことに気づけます。勉強しているというよりは、真剣に遊んでいるような感じですね。
 
今井義浩 Yoshihiro Imai
1982年、茨城県生まれ。料理家。2010年「enboca」京都の立上げからシェフを務める。2014年、旬の料理と風景を綴った料理写真集『CIRCLE』を出版。その後フリーランスの料理人として世界各地を旅しながら料理をつくる。2015年末、京都・哲学の道にて 「monk」 をオープン。料理とは自然と人間がつながることのできる数少ない手段であると考え、食材の背景が浮かび、風景が届くような料理を志す。生産者とのつながりを大切にし、畑や市場へ通って新鮮な食材を仕入れるのが日課。 restaurant-monk.com
 
>> PAPERSKY #57 MEXICO, OAXACA|Food & Craft Issue