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Cycle Taiwan まだ見ぬ台湾を探しに、桃園へ

「桃園」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか? 台湾の空の玄関口、溜池が点在する独特な景観……。桃園国際空港に降り立ったPAPERSKY一行は、この街をただ通過するのではなく、自転車に乗ってゆっくり走ってみることにした。 […]

09/05/2018

「桃園」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか? 台湾の空の玄関口、溜池が点在する独特な景観……。桃園国際空港に降り立ったPAPERSKY一行は、この街をただ通過するのではなく、自転車に乗ってゆっくり走ってみることにした。
幹線道路から離れ、亀山区の産業道路を走っていくと、丘陵地に茶畑が見えてくる。摘まれた茶葉は竹製のざるに広げられ、天日干しされている。ここは、知る人ぞ知る亀山茶の製茶場「長生製茶廠」。亀山茶は日本統治時代よりその名を馳せてきた銘茶で、「長生製茶廠」の2代目ウェンジン・リン氏は、亀山茶の日本への輸出を成功させた第一人者でもある。現在、オーナーを受け継ぐホーチュンさんは、製茶機械による管理やメソッドを用いて、台湾茶の発展に新たな可能性を見出そうとしている。
ホーチュンさんのフランクな解説と紹介を聞きながら、多彩で多岐にわたるお茶で喉を潤す。烏龍茶に対する見識を新たに深められただけでなく、日本で慣れ親しんだ烏龍茶の印象が覆された。一片の小さな茶葉も、職人の手と技にかかれば、豊かな滋味が生まれる。台湾は気候や地理といった先天的条件が揃うため、一年中お茶が楽しめるのだ。烏龍茶の他にも、地元産の紅茶や緑茶の栽培と茶づくりに多くの農家が勤しんでいる。
亀山から南に進み、八徳へと向かう途中、地元でインディペンデントな出版活動をしているシャーミン・チェンさんが加わった。英語教師、作家、編集者を経て、出版活動を始めた彼は、桃園にある独立系書店を知り尽くしている。台湾のなかでも桃園は、こうした書店の多いエリア。市内の13エリアのうち、独立系書店がないのは八徳と復興区だけというから驚いた。
大漢溪を走り抜けると、有名な集落大溪が目の前に現れた。桃園復興区で産出される木材は、かつて大漢渓に沿って山間から輸出拠点まで運搬されていたため、その集散地の大渓には腕のいい木工職人もたくさん住んでいた。老街(昔ながらの街並みを残した通り)には、古くから栄えた商店街の雰囲気が色濃く残っており、立ち並ぶ建物もそれぞれ違った特色が感じられる。その多くは木工品に関するギャラリーショップだが、大豆製品の店もあちらこちらに暖簾を掲げている。大渓の優れた水質が、このような街の風情や景観をつくり上げていったのだろう。
「黄日香故事館」は和平老街に位置し、奥に長い店構えは手前の売り場と後ろの工場とに分かれている。4代目オーナーのファンさんは、名物の黒豆乾(豆腐を乾燥させ、黒く煮詰めたもの)を勧めながら、その製造過程を詳しく教えてくれた。キャラメルで黒くコーティングされた豆乾は、日持ちするだけでなく、五香といったスパイシーな旨味もしっかりと閉じ込められている。大渓豆乾は、故郷を遠く離れた大渓の人々が、郷愁を紛らわすために口にしていたことで、人気に火がついた。世に知らしめたのは、ふるさとへの想いだった。
自転車道に沿って続くニラ畑。砂を多く含んだ、水はけのよい川沿いの地形は、ニラの生育に適しているという。ここは台湾で最も広く、ニラの栽培が集中的に行われている地域だ。独特な香りに包まれながら、ペダルを漕いで龍潭に向かって進んだ。龍潭にある大池は、黄色の龍が生息したという伝説で広く知られている。ちょうど端午節が近かったからか、多くの学生がドラゴンボートや獅子舞の練習をしていた。
三元宮の横にある隆興商店は、龍潭の人々の暮らしに欠かせない雑貨店といっても過言ではないだろう。90歳を超えたバオチュンさんは、半世紀以上、日用品だけでなく、祭りや祝い事といった、さまざまなニーズに応えてきた。「ここで72年も店を守ってきたの。日本語の名前だってあるよ」と、彼女は親切に日本語で自己紹介をしてくれた。売り物は缶や瓶類、乾物、本だけでなく、人情をもお裾分けしているようだ。ここは台湾の庶民らしさと、この地に根を張ってきた人々の物語に溢れている。
道沿いの風景を眺めながら、「もう台東に着いたと思ったのに、まだ桃園か」とシャーミンさんは苦笑い。そう感じてしまうほど、桃園はどこまでも広く、豊かな自然に溢れている。龍潭の郊外にある「和窯文創園区」では、2羽の白いガチョウが、人目をはばからず歩きまわっていた。園内には、茶畑、あずまや、薪窯とそれらを結ぶ遊歩道が続くのどかな風景。農業用の大型機具などはどこにも見当たらない。先人の智慧と、客家の農村が今に伝える慎ましさや再生可能な環境に優しい暮らしが、たしかに受け継がれていた。小さな山にシンプルな工具と自分たちの手で切り拓いた、夢の田園を守っているのだ。
客家村に来たということで、ありきたりかもしれないが、客家料理を堪能したいと胸を躍らせる。「桃群客家活魚」はトラディショナルな中華式レストラン。客家料理の定番ともいえる客家炒め、脂がのった黄金色の桃群油鶏(火を通してからマリネに漬けた鶏肉の料理)、どっしりと食べ応えのある葱油餅(中国風ネギ入りお焼き)など、地元っ子にはなじみ深い桃園の味に舌鼓を打った。同じくサイクリングを愛してやまないレストランのオーナーと運よく出逢えれば、自転車トークに花を咲かせながら、ローカル情報も熱く教えてくれるだろう。
平鎮区の田んぼのなかにある、一軒の書店。本屋になる前、ここは木造の物置小屋からなるカラオケボックスだったという。「晴耕雨讀小書院」は、よりよい暮らしを実践するための場だと店主は語る。晴れの日は仕事をし、雨の日は読書をする、そんな自然のリズムに素直に応じる姿勢は、コンパクトながらも書店としての気高さを映し出している。どんなに疲れていても、サイクリングで店の前を通ったなら、しばし寄り道していきたいスポットである。
見つけにくい場所でひっそりと営むゲストハウス「烏樹林従前/従前」。佳境にたどり着いたような、思わぬ悦びを訪問客に与えてくれる。幾何学的な造形の建物、ていねいにしつらえられた内部空間、自給自足型の家庭菜園、これらすべてが桃園の旅の締めくくりに華を添えた。オーナーのダニーさんのお母さんは、畑で採れたニラを刻み、餃子を包みながら、桃園で過ごす日々について話してくれた。
もしも誰かから「桃園と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?」と聞かれたら、きっとこう答えるだろう。語りつくせないほどたくさんあるよ、と。
 
>> PAPERSKY #57 MEXICO, OAXACA|Food & Craft Issue