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YAECAの井出恭子さんと、食とクラフトをめぐる旅

ただ歩いていても、ドアと壁のビビットな配色にインスピレーションを受けてしまうほど、日本とは異なる光景が続く街。オアハカに引き寄せられるように、井出恭子さんは再訪を果した。昨年11月に訪れたときに感じていた街並みの美しさに […]

08/09/2018

ただ歩いていても、ドアと壁のビビットな配色にインスピレーションを受けてしまうほど、日本とは異なる光景が続く街。オアハカに引き寄せられるように、井出恭子さんは再訪を果した。昨年11月に訪れたときに感じていた街並みの美しさに対する思いは、今回でさらに強度を増したという。
「水色の壁とピンクの壁が同時に目に入ることって、日本ではあり得ないですよね。でもオアハカを歩いていると、ひとつの風景のなかに当たり前にあるんです。色使いをはじめとする、自分とはまったく違う感覚に最初はびっくりするんですけれど、不思議なことに、すぐに体が馴染んでいく」
日本とは異なる感覚から生み出されるものを求めて、オアハカの街をさらに歩く。井出さんにとって、それは“遠い”インスピレーションを探す旅でもある。たとえば、モンテ・アルバンやミトラという、紀元前の遺跡へと訪れたときのこと。広大なスペースには石積みの神殿や天体観測所が配置されていて、サポテコという原住民族の文化がいかに洗練されていたかが偲ばれる。建築を愛する井出さんは、それぞれの時代によって変化する建築物の構造、あるいは壁に刻まれた図柄に強く惹かれていた。建物が直線で区切られ、そこに強い太陽光が落ちることで光のコントラストの美しさを際立たせている。オアハカに古くから受け継がれているこのような「明暗の同居」はさまざまなクラフトとも確実につながっていて、たとえばアレブリヘスと呼ばれる動物を組み合わせてつくられる木彫り人形や刺繍の文様などにも反映されている。
「サポテコの神さまなのか、どこか少し怖いようなものもあるんですよね。でも、だから惹かれるというか。柄にせよ色の組み合わせにしろ、日本ではちょっと扱いづらい“激しさ”があるんです。トラコルーラの日曜市で買ったエプロンも、はっきり言って強烈な柄でした(笑)。でも、おばあさんたちは制服のように着けていて、とても似合ってるんです。このエプロンを見たら、あの村でおばあさんが歩いている風景を光の加減まで含めて思い出せる。空気感を持ち帰るために、私はすごいなと感じたら、使う使わないは関係なく買ってしまうんです」 
日本の暮らしとは相容れないものかもしれないが、しかしそれはオアハカを訪れなければ出会うことのできない価値でもある。刺繍に限らず、陶器をはじめとするクラフトの多くは、古くから製法を変えることなく、そのままの姿を現代に留めている。
「素焼きのような陶器は重いし割れやすいので、使い勝手がいいとはいえないと思う。でも、現役で使われていることにすごく価値があるというか。きっとオアハカの土地に合っているんですよね。ずっとつくり続けてきたからこそ、素朴さを残したまま、そこに洗練さも感じるような気がします」
オアハカには、世界的に見ても先端的なレストランがいくつもあるが、そこで使われている器も、市場で売られているような素焼きの陶器であることが多かった。装飾もほとんどない、土を練って焼いたことが一目瞭然の器。日常的な暮らしのなかに美を見出すという「民藝」の価値観が現役で生きている街といえばわかりやすいだろうか。至るところに手仕事の美しさを見つけることができ、つくり手に話を聞けば、祖母や祖父から受け継いだものだという答えが返ってくる。サボテンに寄生する貝殻虫・コチニージャを潰して赤く染める技法が今もしっかり守られていて、その淡い赤の美しさを愛でる人たちもきちんといる。「伝統文化が残っているのに、外からの視線も受け入れている懐の深い街」と、井出さんはオアハカのことを表現するが、ビジネスのために製法を変えて、大量生産を試みれば失われてしまう価値であることも彼らは理解している。また、職住一致の家族経営が多い一方で、組織化された工房でも働く人々の個性が尊重されている。たとえばオアハカの街で出たガラスを回収し、リサイクルガラスとして再生させている工房「XAQUIXE」では、就業時間外には働き手が自身の作品をつくることが許されている。
「工房に話を聞きに行ったら、燃料の話になって、エコリサイクルの話になって、最後にはオーナーのクリスチャンの生き方の話になった。つくることと生きることがとても近い。オアハカの人たちは、大事にすべきものをよく知っているんですよね」
井出さんが羨ましく感じてしまうほどに、ものをつくり出すことの価値が大切にされている。なんとアーティストは、自分の作品を税金の代わりとして納めることができるという。オアハカは、懐の深い街なのだ。
大切にすべき価値として、もうひとつオアハカで体の奥底から体験することができるのは、食の豊かさだ。クリオージョと呼ばれる野菜の原種が残されているだけでなく、遺伝子組み換えのトウモロコシがアメリカから入らないように法律を整備している。食への意識の高さは料理教室に参加することで深く理解できた、と井出さん。
「アメリカからも料理の先生が習いに来るようなレベルの高い教室でしたが、役割がちゃんと与えられて、自分たちで手を動かすスタイルがとても居心地よかった。そして、最後に先生も生徒もみんなそろって食べるという一連の流れを体験したら、オアハカ料理がいかに手間のかかる奥深い料理なのかがよくわかったんです」
井出さんが習ったガルナチョスという料理は、小さく厚めにつくったトルティーヤ生地を焼き、半分に割って中身を削り取り、さらに揚げてから具材をのせるという、工程の多い料理だった。シンプルに見えて手間がかかり、その過程で労を惜しまないことがおいしい料理をつくるためのコツ。料理は、クラフトにも通じるような、手仕事の喜びを最も身近に感じることのできる「仕事」かもしれない。
「オアハカの人たちは、時間の感覚が私たちとは違うんじゃないかって思うんです。10年前のものでも100年前のものでも、その区別がつかないような器を使い、同じようなものを食べていたんじゃないかって思ってしまうほど。未来が必ずしも前にあるわけじゃなくて、むしろ過去に新しいものを求めているような感覚があるんじゃないかな。もしかしたら、その悠久の時間感覚の違いが、私の体がオアハカに馴染んでしまう要因かも。温故知新ともまた少し違う、古さと新しさが同居する感覚でしょうか」
クラフトと食というテーマはつまり、オアハカの人々の暮らしに少しでも近づくための手段であった。「スペイン語も話せないのに、暮らしているようなリズムで旅することができました」という井出さんの言葉が、その成果を示している。オアハカは「生活」を愛でる人々にとっては実り多き目的地。先進的な「過去」を生きることのできる街だ。
 
井出恭子 |Kyoko Ide
静岡県生まれ。2002年、アパレルブランド「YAECA」の設立に参加し、2005年からウィメンズ部門を立ち上げ、デザイナーとしての活動をスタートする。白金高輪にYAECA HOME STOREをオープンするなど、ファッションだけでなくインテリアなどにも造詣が深く、独自の選択眼をもつ。オアハカへは、昨年に続く、2度目の旅となった。
>> PAPERSKY #57 MEXICO, OAXACA|Food & Craft Issue