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数奇な人生を生きたエマ・クンツのアート

方眼紙に規則正しく、精巧に描かれた図形の数々。神秘的な魅力をもつ絵画の作者はスイス人アーティスト、エマ・クンツ。チューリヒ郊外にある彼女の美術館に足を運んだ。 チューリヒ中央駅からスイス国鉄(SBB)のS6線でおよそ30 […]

10/30/2017

方眼紙に規則正しく、精巧に描かれた図形の数々。神秘的な魅力をもつ絵画の作者はスイス人アーティスト、エマ・クンツ。チューリヒ郊外にある彼女の美術館に足を運んだ。
チューリヒ中央駅からスイス国鉄(SBB)のS6線でおよそ30分。下車したビューレンロス駅は無人駅で、あたりは閑散としている。駅から10分ほど歩くと、少し高台になった場所にそれはあった。1991年に開館した美術館、エマ・クンツ・センターだ。スイス出身のエマ・クンツ(1892-1963)は、日本ではあまりなじみがないが、ヒーラーであり、リサーチャー、アーティストと複数の肩書きをもつ女性。彼女が手がけた絵画には、色鉛筆やオイルパステルを用いて、大判の方眼紙に幾何学的な模様や図形を規則正しく、あるいはシメントリーに描かれたものが多い。その完璧なまでの精巧さと色彩の美しさは、見るものを引きつけて離さない。
美術館のある場所は、観光地ではなく、地元の住民にしか出会わないような住宅街に突如としてあるのだが、ここにはエマが1941年にヒーリングスポットだと発見したグロット(石洞窟)がある。何万年にもわたり、地球の内部からポジティブなパワーがグロットに宿っていると感じたエマは、幾度となくこの場所を訪れ、自身の体と魂にエネルギーをチャージしたという。
グロットへは予約をすれば誰でも入ることができる。事前に渡されたガイドマップには洞窟内のエネルギーを示す数値が書かれていて、フィジカルからメンタルまで受けたい内容によってスポットはそれぞれ違う。学芸員は「手前から壁に沿って順番に歩くように」「グロットには30分いるとよい」など細かくアドバイスをしてくれる。思った以上に巨大な洞窟に圧倒されながら、足を踏み入れると、グロット内はひんやりとしていて、神聖な静寂に包まれていた。もともと石切り場だった洞窟の石を粉砕したパウダーはヒーリング効果があるとして、薬局などで市販されていることもあり、国内外からこの美術館を訪れる人は後を絶たない。
エマを有名にしたのはある奇跡だった。1942年、不治の病に侵された6歳の少年の親から相談を受けた彼女はグロットに行くよう伝えた。さっそく父親が息子を連れていくと、病はすっかり回復したという。今までどんな医療をもってしても治らなかった少年の病気が奇跡的に改善したことで、エマは自然の力を確信する。だが、それを証明する手段はなく、彼女の自然療法は不気味なものだと非難され、理解されることはなかった。時代的にも女性の意見が受け入れられにくかったことも大きい。次第に家族からも疎まれ、この土地にいるのが難しくなったエマは、スイス北東部のアッペンツェル州に居を移し、孤独のまま過ごした。エマが絵を描き始めたのはそのころからだ。特殊な能力を自覚していた彼女は、自分のなかに蓄積されていくパワーをアウトプットする手段として絵を描いた。社会のなかで孤立し、他人から理解されない自分。疑問が湧くと、それに対する答えとして、すべて絵で表現したのだ。
エマは約400点の絵画を残し、今では海外のミュージアムにも多数所蔵され、アーティストとしての肩書きももつが、生前の本人はまったくアートという感覚はなかったという。絵を描くことは、自分の内面と向き合うための手段にすぎなかった。
あるときは2日間まったく飲まず食わずで、睡眠も休憩も取ることなく描き続けたこともあったというから、彼女の内に秘めた感情やひらめき、そのパワーは計り知れないものだっただろう。社会に順応できず、生涯独身で孤独に過ごしたエマだったが、彼女の精神は自然とともにあり、世界に向けて何かを生み出していきたいという探究心はずっともっていた。
美術館にはエマの最も重要な作品70点が常設展示されている。あらためて絵を見直してみる。誰かに見せるためではなく、あるいは他人のために描いたものでもない。エマの内なる心の声が宿っていると知ると、一枚一枚と対話をしてみたい気持ちに駆られる。
じつはこの美術館は、あの不治の病を克服した少年によって、エマの没後に立てられたものだ。彼女は多くの人にこのグロットを訪れて欲しいと願っていた。そして、この美術館ができることを予言するかのようにこんな言葉を残していた。
「現在私の活動は理解してもらえないけれど、21世紀にはきっと受け入れてもらえると確信しています」
Emma Kunz Zentrum
www.emma-kunz.com
 
» PAPERSKY no.54 SWISS | LANDSCAPE ART Issue