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永井博|プールを描き続けて~尽きない情熱の理由

絵を見ると、なんだか今すぐその場に身を置いてみたくなってしまう。そんな不思議な魅力を秘めた永井博のイラストレーションが、いま、世代を超えた人気を集めている。80年代には大滝詠一や杉山清貴ら、夏を感じさせる音楽のスリーブに […]

10/18/2017

絵を見ると、なんだか今すぐその場に身を置いてみたくなってしまう。そんな不思議な魅力を秘めた永井博のイラストレーションが、いま、世代を超えた人気を集めている。80年代には大滝詠一や杉山清貴ら、夏を感じさせる音楽のスリーブに多数、作品を提供。永井の描く夏の情景は時代を象徴するビジュアルとして人々の記憶に深く刻まれた。そして三十数年を経た現在、自身の作品がまた評価を高めている理由について、永井はこう話す。
「いまは僕の作風が若い世代にも新鮮に見えるみたい。やっぱり時代がひと巡りしたんだろうね。年齢を重ねて色の塗り方が多少変わったという部分もあるけど、自分としては流行といったことをいっさい考えずに描いてきた。それが普遍性につながっているのかもね」
夜景や人物をモチーフとすることもあるが、永井といえばやはり夏の水辺。とりわけプールのある風景が印象的だ。いまでも好んで描くというこのモチーフへのこだわりについて本人はこう説明する。
「原点は70年代の初めに見たアメリカの作家によるスーパーリアリズムだね。なんの変哲もない風景とか建物をリアルに描いていくという手法にはものすごく影響を受けた。それに、建物や人物を描くとどうしても複雑になっていくでしょう。だから海とかプールとかヤシの木のようにシンプルなものを描いたほうが自分には合っているなというのもあった。なかでもプールはたくさん描いているね。濃いブルーとか明るいブルーのプールを建築的に描くのが気持ちいい。その理由は”影”なんです。強い光を描きたいんだけど、そのためには影が必要になる。影がないと柔らかい光になっちゃう気がしてね。影が黒ければ黒いほど、絵の全体にクリアさが増していく。それで影を描くのが好きになっちゃって。だから陽の当たらないプールは好きじゃないし、海には影があまりないからそれほどたくさん描いてない。夏の風景を描くときは、太陽より影そのものを追っている、という感じかな」
73年にLAやサンフランシスコ、NYを巡る40日間の旅を敢行。空のブルーとプールのある風景に刺激を受けた。その翌年にはグアムへ出かけ、モチーフとしてのヤシの木に着目するようにもなったという。そのような経験を重ね、夏の風景をソリッドに描いていくという永井の方向性は定まっていった。
「忙しいときは空のブルーを先に描いて、それをいくつも用意してた。その上にプールとかヤシの木を描き足していく。昔はそういう手法だったから、デッサンもしないで始めて最後まで描いていってね。でも、最近はデッサンをきっちり描いてブルーを塗り分けるようになった。ベタなブルーの上に気分でグラデーションをつけていくというスタイル。そうやっていい感じに濃いブルーができ上がっていく。出来栄えはやっぱり自分が気持ちよく描けたかどうかで決まるかな。黒い影がうまく描けると、絵が途端に立体的に見えてくるときがある。何年やっても、その瞬間は気持ちいいんだ」
ブラック・ミュージックを中心とした音楽を好み、長年、DJとしても活動を続けているという永井。部屋には数えきれないほどのレコードが並べられ、いまでもコレクター魂はまったく醒めることがない。CDを購入しないというのもひとつのこだわり。場の空気やグルーヴはアナログ盤からしか感じられないというのがその理由だ。
「イラストレーションもそうなんだけど、僕の場合、デジタルなものからは気持ちよさを感じることができない。語りかけてくる強さがないからね。だから音楽はレコードでしか聴かないし、ヒップホップはいいけどテクノはダメみたいな(笑)。イラストレーションにしても昔はきれいに塗ることばかり考えていたんだけど、ここしばらくは塗りムラをわざと残すという描き方が多い。やっぱりアナログな手法、風合いのほうが、手の感触とか作者の気持ちが伝わるんだよね」
そんな話を聞くと、永井の描くブルーがいつにも増していきいきと目に飛び込んできた。ひたすらシンプルなブルーに見えていた空やプールの水が、じつは生気を帯びた濃淡による「青」だということがわかってくる。どんなシチュエーションでも凛とした佇まいを保ちつつ、見る者がその情景に没入できるのは、こういう理由があるからなのだろう。
「作品にはストーリーが必要という人間もいるけど、やっぱり気持ちよさがあるかどうかだね。どこまで気持ちよく描けるかっていう自分の方向性は変わらないし、その感覚は誰にとっても普遍的なものだしね」
 
永井博 Hiroshi Nagai
1947年、徳島市生まれ。セツモードセミナーに通い、その後、TVの大道具仕事と叔父のデザイン事務所で働きながら湯村輝彦氏のフラミンゴ・スタジオに出入りをするようになり、デザインとイラストの仕事を始める。以降、大滝詠一『A LONGVACATION』、サザンオールスターズ『わすれじのレイド・バック』、サニーデイ・サービス『DANCE TO YOU』など数々の音楽にまつわるビジュアルを手がけ、その地位を確立。現在はイラストレーションの他、デザイン、音楽評論など幅広い活動を続けている。また、7月には絶版となっていた『Time goes by…永井博作品集』が復刊ドットコムより刊行された。
» PAPERSKY no.54 SWISS | LANDSCAPE ART Issue