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  • Photography: Natsumi KinugasaPhotography: Natsumi Kinugasa
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Ingo Giezendanner 作品集を片手に、チューリヒの街歩き

, 2017/10/11

独自の視点でさまざまな街の風景を切り取るスイス人アーティスト、インゴ・ギーゼンダナー。彼が描いたチューリヒを、親交の深い「Nieves Books」のベンジャミン・ソンマーハルダーが解説。インゴが描いた景色を探しに街に出た。

モノクロの配色で細部まで緻密に描かれたドローイング。高所で街を一望したような景色から、植物や川面のクローズアップまで、モチーフやスケール感、切り取り方もさまざま。共通するのはすべて街の一部であるということ。そんな異色の風景画を手がけるのは、スイス人アーティストのインゴ・ギーゼンダナー。チューリヒに拠点を置き、世界中を旅しながら、さまざまな景色を描く。取材に訪れた日はあいにくに旅に出ている、ということで、彼と親交の深いパブリッシャーでデザイナーのベンジャミン・ソンマーハルダーに、インゴが描くチューリヒの街を案内してもらうことになった。

案内役のベンジャミンは日本のアートブックシーンでもよく知られている存在で、2001年にチューリヒで出版社「Nieves Books」を創設。スパイク・ジョーンズやキム・ゴードン、ハーモニー・コリンといった著名人から新進作家まで世界中のアーティストとコラボレーションしてジンやアートブックをつくっている。インゴのブックも手がけているベンジャミンは以前から彼の絵のファンだったという。
「オリジナリティや独特のライン、同じことを繰り返す持続性……、インゴを好きな点はたくさんある。1998年から彼は世界中を旅するようになって、自分の目で見たままの風景をペンで描く今のスタイルが確立された。Nievesを始めて3年後に、僕から一緒に本をつくらないかと声をかけたんだ」

昨年、近所に移転したという店の壁の一部にインゴの壁画があった。鬱蒼とした木々が描かれていて、この場所はどこ?と尋ねると「東京の代々木公園だよ」とベンジャミン。Nievesの壁に日本の風景があると知り、嬉しい気持ちになる。

ベンジャミンいわく、インゴは絵のみならず、描くスタイルもおもしろいという。
「あんなに細かい絵なのに、写真を撮って描くことはしないで、気になるスポットを見つけると同じ場所にずっと座って描き続けるんだ」

終わらないときは次の日にまた同じ場所にやってきて続きを描く。景色を見るだけでなく、その場の音やにおいも体感しながら、視覚、聴覚、嗅覚をフル活動させて、何時間も座って描くのだという。全体的に引いた風景画が多いなかで、ぐっと植物に寄ったユニークな一枚があった。
「インゴは『有機的なパターンはフラットな気持ちにさせてくれる』と話していたから、自然界にあるものを描くのは好きなようだね」とベンジャミン。描かれた場所はチューリヒ湖の湖畔にある「Sukkulenten-Sammlung」。こちらは1931年開館の歴史あるサボテン専門の植物園。365日オープンしていて、入場無料。ということでインゴのお気に入りスポットなのだとか。意外にも地元でも知らない人が多く、混み合うこともなく、ゆっくり鑑賞できるのが嬉しい。

インゴが描く景色はわかりやすい場所ばかりではない。大きな通りから一本路地裏に入った男性専用の天然プール「Männerbad Schanzengraben」にその景色があると聞いて向かったが、施設内を探してもいっこうに見当たらない。プールから続く川の横にある遊歩道に出るとようやく発見。そこには絵のとおり、水量を調節する小さな堰があったが、取り立てて何もない場所でもある。ベンジャミンもさすがにここはわからなかったと苦笑い。
「でも、川と堰、自然と構造物が融合した風景を好むあたりは彼らしいね」

旅好きのインゴは、飛行機よりも鉄道の旅がお気に入りだという。だからか線路の景色もよく描いていて、チューリヒ中央駅の隣駅、ハードブリュッケの高架橋から見た景色はまさにそのままだった。この高架橋はチューリヒのなかでも随一、複数の線路を一気に眺めることができる場所。そして、天気のいい日は遠くにアルプスの山々を望める。市内西部にあるハードブリュッケの駅周辺は再開発地区で、2011年に完成したギゴン&ゴヤー設計のプライムタワーをランドマークに、もともと工場地帯だった場所にクリエイターが集まってきた。古い建物にショップやギャラリーが入り混じり、新しいカルチャースポットとなっているという。

そして、いつも描かれることが多いのがコンストラクションサイト。
「グロスミュンスターは最もインゴらしい作品だね。伝統的な大聖堂を覆っている工事現場の看板に惹かれたんだろう。“工事現場”というものはつねに変化がある。最初にあったものが壊され、少しずつ新しい建物ができる。そういったタイムラインを好むんだ。消えてなくなるものを描くことは、彼にとっていちばんいい時間の過ごし方。時を止めるための、いわば幻想的な試みだからね」

あらためて絵を見てみると、インゴが描くスポットは、自然の風景の他、列車や停車場、交差点など人々が行き交う場所が多い。旧市街地にあるベルヴューはラウンドアバウトになっていて、トラムと人と車が複雑に交差する場所。円形の中心にはカフェがあり、その席からは周囲をぐるりと見渡せる。

「インゴはこのカフェの席から見える景色を描いているね。座る場所によって360度違った風景を見ることができるのも楽しみなんだろう。“混沌”はインゴが惹かれる要素のひとつ。パブリックスペースには多様性とタイムラインが存在しているからね」

いつも写真家と作家の“間”にいるのがインゴのスタイルだという。視点とフレーミングを選択する点は写真家に近く、同じ場所に座って何時間も観察し続ける点は、もの書きに近いと言える。ベンジャミンは、そんな彼にいつもどうやって描く場所を決めるか、聞いたことがある。

「普段からインスピレーションを求めて外に出かけていくそうだが、逆のときもあって、たまたま歩いていたら美しい家が解体されているのを見かけて、慌ててペンとノートブックを取りに帰ることもあると言っていたよ(笑)。彼は自他ともに認める“メモリーメーカー”だね」

自然、鉄道、工事現場、交差点、そして人が介在するパブリックスペース。インゴが描く世界には、街のリアルな表情が映し出される。誰も目に止めないような、ささやかな出来事は身のまわりにたくさん起きていて、その積み重ねによって世界は変化している。「街を“発見する”ために外出する」というインゴは、そんな当たり前だが大切なことを、静かに私たちに教えてくれているようだ。ガイドブックにはない風景を頼りに、チューリヒの街歩きをぜひおすすめしたい。
 
» PAPERSKY no.54 SWISS | LANDSCAPE ART Issue

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