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アーティスト・佐々木愛さんとスイスの風景のなかへ

「画家が描いた風景を訪ねることは初めての経験でした。スイスの壮大な景色を目の前にすると、画家たちは何か突き動かされるものがあって描かざるを得なかったのでは、そんな迫力を感じました」 今回の旅を振り返り、そう話してくれたア […]

08/14/2017

「画家が描いた風景を訪ねることは初めての経験でした。スイスの壮大な景色を目の前にすると、画家たちは何か突き動かされるものがあって描かざるを得なかったのでは、そんな迫力を感じました」
今回の旅を振り返り、そう話してくれたアーティストの佐々木愛さん。土地に根ざした物語からインスピレーションを受けることの多い彼女にとって、画家がどんな理由でこの土地を選んで風景を描いたのかは気になるところだろう。
小さいころから絵を描くことが大好きだったという佐々木さんは、絵本や童話など物語の世界に惹かれ、心に浮かんだ空想画を描くことが多かった。
「神話や昔話はただのファンタジーではなく、次世代に伝えたいことや生きていくための知恵も含まれている。そんな深遠な世界に惹かれて、土地に根づいたストーリーから発想を得ることも多いです」
さらに水彩や油彩、版画など、表現方法はさまざまだが、なかでも砂糖(ロイヤルアイシング)を使った作品を積極的に発表し、注目を浴びている。作品のサイズは10mを超える巨大な壁画が多い。なぜここまで大きく、そして砂糖を使って表現をするのか。
「大きな作品をつくるのは、見る人の視覚を超えて、体感をとおして作品を経験してほしいから。また、制作に砂糖を使うのは、“風景の保存”という意味もあります。図案は物語同様、昔の記憶が宿る伝統文様を使っています」
砂糖を使用した壁画作品は、会期終了後には取り壊され、鑑賞者の記憶にのみ残されることになる。
「作品は消えてしまうけど、記憶に残ることで、想像が始まっていくといいなと思っています。その後は、見てくださった方たちに委ねることができたらと思っているんです」
20代前半は、仕事と両立しながら制作していた佐々木さん。だが、30代ごろからアーティスト・イン・レジデンスで長期にわたり滞在することが増えたという。もともと大きな作品が多いので、滞在型のスタイルが向いているということもあるが、土地に根ざして制作できるのがいちばんの魅力だと語る。長いときは1年、短いときは3ヶ月を年に2回ほど。これまで、韓国、ニュージーランド、オーストラリアなどの海外の他、日本国内も青森、京都、新潟、静岡、長野、福井と、滞在場所は多岐にわたる。都市型のレジデンスではなく、田舎に滞在することで、その地域独特の暮らしと文化に触れることができる。ゆえにイマジネーションは大いに刺激されるという。
佐々木さんは滞在が決まると、まずはリサーチから始める。そして地域に伝わる昔話や風習、伝統文様、固有の植物など、土地にまつわるさまざまなものを少しずつ集め、徐々に土地との距離を縮めていく。
「自分の足で歩いて、その土地を体感しながら、私なりの物語を見つける。それを基に新しい風景を描いていくのです」
では、そんな佐々木さんの目にスイスという土地はどう映ったのだろうか。
「ものすごく洗練された観光地というイメージが強かったのですが、昔ながらの暮らしや自然観が大事にされている国でもあることを知りました。言語が違うこともありますが、それぞれ地域色もかなりある。自分たちの土地の力をとても強く信じている国なんだなと感じました」
なかでも今回の旅では、古い伝統を守りながら暮らすウンターエンガディン地方の小さな村が印象的だったという。
「グアルダの、時が止まったままの昔ながらの町並みは魅力的でした。アーチ型の家のドアがありましたが、そのイメージは昔読んだ絵本の影響なのか、私のなかにずっとあってよく絵に描いていたんです。壁の文様も自分がつくっているものと似ているパターンがいくつかあり、不思議とシンクロするものが多くて、親近感が湧きました」
そして、スイスの景色に魅せられた6人の画家の足跡を追う旅は、新たな発見の連続でもあった。
「絵はどれも知っていて、どの画家もある程度イメージの世界で描いているのかと思っていました。けれども違った。もちろんデフォルメされているとは思いますが、思った以上に写実的で驚きました」
たとえばエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーやジョヴァンニ・セガンティーニの色。肉眼で見たときの色の強さやコントラスト、光を体感したときの感覚は、彼らの絵画にダイレクトに表現されていることがわかった。
「実際に見たダヴォスの光景は、空気が澄んでいることもあって、キルヒナーの絵のとおりクリアでした。心なしか初期のドイツ時代の絵は暗かったように感じて。スイスに来たことで、徐々に彩度が上がっていったのでは、と推測しています。またセガンティーニの絵は、全体的に朝日から夕日まで、時間軸で光を表現されていました。彼が暮らしたマローヤの光を体感すると、その土地に惹かれてやってきた理由がなんとなくわかりました」
そして、パウル・クレーが描いたニーセンやパルナッソスの山。
「人はなぜか三角形に惹かれるような気がします」
佐々木さんも昔からよく家の屋根やヨット、山など、ふりかえると三角形を描いていることが多かったという。
「じつは以前からずっと気になっていて、クレーの絵を見たときに、また三角だ!と(笑)。はっきりしたことはわからないのですが、視点の集中できるポイントが三角なのかなと思っています。四角は点が平等に散らばっていて、丸には角がない。いちばん少ない点をつないで、面にできるのが三角形。そぎ落とされている形だから、物語やモチーフにしやすいのかも……」と分析する。クレーが描いた意図は謎のままだが、“三角”は今後も描いてゆきたい形だそうだ。
旅の途中、たくさんスケッチをした佐々木さん。少し時間があるときは、手持ちのミネラルウォーターで絵の具を溶かして水彩画も描いた。作品が描かれた場所に立ち、画家と同じ景色を眺め、絵を描いてみると、感動もひとしお。急に彼らが身近な存在になるから不思議だ。
「自分が選んだポイントではない場所で風景を描くという試みがおもしろくて。普段なら見たい場所しか目にはいらないタイプなので、『ここからの眺めを選んだか!』と参考になった場所もたくさんありました」
画家が見た風景を追体験する旅は、彼らの視点や思想、そのとき置かれていた状況、ひいては生き様までも知ることにつながった。
「スイスの景色を描きたいと思った画家たちの気持ちに近づけた旅。一枚の絵をたどるということは、その人の人生を訪ねるのと同じことなんだと実感しました」
 
佐々木愛 | Ai Sasaki
1976 年、大阪府生まれ。物語や神話など人々の「記憶」から呼び起こされるような世界と現実の世界の交わる情景を中心に、身近な素材を使用したインスタレーションやペインティングを制作発表する。2017年8月18日より銀座・森岡書店にて、スイスの旅を描いた作品を展示。9月16日からは黒部市美術館にて、日本の北アルプルを描いた新作個展も開催される。 sasakiai.com
 
◼︎取材協力
スイス政府観光局
スイスインターナショナルエアラインズ
スイストラベルシステム
 
» PAPERSKY no.54 SWISS | LANDSCAPE ART Issue