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言葉を手に入れることを言葉にすると|PAPERSKY Book Club

夏の終わりからドイツで暮らし始めて、蒸留所の仕事や田舎での生活には徐々に慣れてきた。問題なのはやっぱり言葉で、ドイツ語を解さない僕は英語で話して、皆は当たり前だがドイツ語のほうが話しやすいから、微妙な距離感がある。いつも […]

01/25/2016

夏の終わりからドイツで暮らし始めて、蒸留所の仕事や田舎での生活には徐々に慣れてきた。問題なのはやっぱり言葉で、ドイツ語を解さない僕は英語で話して、皆は当たり前だがドイツ語のほうが話しやすいから、微妙な距離感がある。いつも一緒に働いているオティとは、僕の拙い英語と、ルーマニア語を母国語とする彼のぎこちない英語とでコミュニケーションをとることになる。お互いに難しいことは言えないから、どんどん言葉はシンプルになっていく。同時に、頭のなかで考えることも単純化していることに気づく。言葉が、考えることを支配する。この感覚はなかなか新鮮だ。
僕の低レベルの話を引き合いに出すのも恐縮だけど、『べつの言葉で』は、まさに言葉と思考についてのエッセイ集。
ベンガル人の両親をもち、アメリカで育った作家、ジュンパ・ラヒリは、両親とはベンガル語、外では英語というふたつの言語を使い分けながら成長した。英語が上達するほどに、家ではなぜか後ろめたくなるという相反する状況のなか、英語で書いた短編集『停電の夜に』がヒットして、作家への道を進む。
一方、1994年のクリスマスの前に初めてイタリアを訪れて以来、彼女が魅了された言葉がイタリア語。20年にわたりアメリカでイタリア語を学んだ後、2012年から家族とともにローマに移住した。
この短編集では、イタリア語で書かれたエッセイとごく短い小説が2編収録されている。
とにかく会話をし、辞書を引き、新しい単語を知り、そして新しい表現を身につける。これは作家にとって宝物を手に入れることと言ってもいい。
彼女はべつの言葉で文章を書くことを、湖で泳ぐことにたとえる。今まで岸沿いの足のつくところを泳いでいたのを、思い切って向こう岸へと泳ぎ始める。意外とあっさり向こう岸に着く。1回渡ってしまえば次からはなんということもない。その一方で、言葉は新しいセーターのようなもので、気分は変わるが根の部分は変わらないということにも気づいてしまう。
べつの言葉でなら、言葉をもつことそのものを言葉にできる。新しい表現を手に入れようとする行為が彼女の表現になっていく過程は、とても瑞々しくて刺激的だ。
 
べつの言葉で ジュンパ・ラヒリ 新潮社
http://www.shinchosha.co.jp/book/590120/