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  • ©Beth Wald

リン・ヒル/フリークライマー PAPERSKY Interview

, 2014/09/01

これまでリン・ヒルは、不可能といわれる登攀を幾度となく成功させてきた。とりわけ、ヨセミテ「エル・キャピタン」のノーズルートにおけるワンデイフリークライミングは、今でも世界中で語り継がれる前人未到の偉業だ。信じがたい困難と直面しながらも、彼女が情熱を燃やし続けるクライミングというスポーツ。その深淵なる魅力、山や岩と向き合って得た人生の示唆について、訊いていく。
 
―これまでのキャリアのなかで最も達成感を感じたクライミングと、最も落胆したクライミングについて教えてください。

みなさんが知っているとおり、1994年のエル・キャピタンでのフリークライミングは大きな経験となりました。誰も達成したことのない一日でのフリー登攀という意味も大きいですが、はじめは自分でも不可能と思えたセクションをマジカルなムーブで乗り越えられたことこそが、私にとって大きな収穫でしたね。自分の勇気を試され、克服できた喜びを今でも感じています。クライミング中に体験する難しさはいつも私に新鮮な示唆を与えてくれ、自分を成長させる原動力でもある。だから「落胆」という感覚はあまりないのですが、1989年の南フランスでのフォールは強烈な記憶として残っています。20m以上の高さから落下してしまった直後は絶望を感じましたが、これにも何か意味があるのだと自分に言い聞かせ、クライミングへの情熱を取り戻すことができた。この大きな失敗で奇跡的に一命を取りとめたことで、生きる意味や登る意味をしっかりと考えようという気持ちになれたんです。
 
―あなたにとって、得意な岩や苦手な岩というのはありますか?

花崗岩ひとつとっても、同じ感触の岩はどこにもありません。岩の質というより、自分自身のフィーリングによって良いクライミングになるか、そうでないかが決定されますね。あえて言うなら、見た目に綺麗で、ユニークなフォーメーションの岩は私の好みです。触れる前にぱっと見て、綺麗だなと思う感覚が私にとって大切なんです。
 
―では、岩の上で襲いかかる雨や風、もろいフレークや難しいサイズのクラックを「敵」や「脅威」だと感じますか?

つねに恐怖とは隣り合わせですが、クライミング中のプロセスで出会う雨や風を「敵」と言いたくはありません。水はクライミング中にスリップの原因となりますが、喉が渇いたときには大切な友だちになる。小さな岩棚の上では強風に吹き飛ばされそうになることもありますが、その空気がなければ呼吸ができないでしょう。つまり、難しいときもあれば、いいときだってある。向き合い方で対象物の捉え方は変わるし、ものごとには多面性があると私は理解しています。
 
―クライミングという行為をあなたの言葉で表現してください。

難しい質問なので少し考えさせてください(笑)。そうですね、言ってみれば“きわめて個人的、主観的で、どこまでも優雅なダンス”でしょうか。または、岩というキャンバスに描くアートと言えるかもしれない。画家が白いキャンバスを前に考えるのと同様、私は岩を見上げて何を描くか考える。自分の気持ち良さを第一の基準にして、脳と指、腕や足を連動させていくアーティスティックなダンスという感覚でしょうか。
 
―あなたにとってクライミングとは楽しみですか? それとも鍛錬ですか?

本を読んだり、人から情報を得たりして、まずその山や壁を登ることがどれだけ難しいかを知る。そして、それが困難であればあるほど興味が膨らんで、どうすれば登ることができるかを真剣に考える。これが純粋に楽しい瞬間ですね。また、これから挑もうとする壁の美しいルックスを目にしたときも大きな満足感を感じます。複雑なムーブを組み合わせて、不可能と思えるセクションを美しくクリアする瞬間もまた楽しい。そう、どのプロセスにおいても「美しい」ということが私にとっては非常に重要で、この感覚を得たときに楽しいと感じるんです。クライミングは結果的に自身の鍛錬にはなっているかもしれませんが、苦しみに没入するという感覚はほとんどありません。
 
―クライミングをすることによって得られたものとは何でしょう?

困難な状況で正しい判断をするには、何より安定したメンタルが大切です。だからどんなときでも最高のクライミングをできるよう準備しているうちに、メンタルをうまくコントロールする術を学べましたね。そして、さまざまな課題と向き合うなかで、自分にはどんなことが刺激的に感じられ、どのような状況で情熱をたぎらせることができるのかという、内面の奥深い部分を探求することができた。これが大きな収穫でもあり、クライミングを続けるモチベーションの源でもあると言っていい。自分を知る、ということは簡単なように思えて非常に難しいこと。自身の内面を深く旅したことで、人間として生きていくことの意味さえ実感するようになったんです。
 
―クライマーに共通する人格、価値観とはどのようなものですか?

クライマーは一種のtribe(民族)と言ってもいいでしょう。私たちに共通するのは、未知のものに対する旺盛な好奇心、自然を精いっぱい楽しみたいという強い欲求です。そして物質主義に陥らず、どこまでも自由を求め、シンプルに生きたいという感覚も、クライマーの内面における共通項だと思います。おもしろいのは、きわめて個人主義ではあるけれど、同時に、自身の価値観をシェアしたいという気持ちももっていること。それによって精神的なつながりの深いコミュニティが形成されるのも大きな特徴です。たとえば、私のさまざまな挑戦が他人に影響を与え、世界各地で連鎖するように新たな挑戦者が登場するのはユニークな現象だし、大きな喜びでもある。私たちクライマーは、クライミングによって多くの人がリンクするという感覚をつねに求めているんです。
 
―最近でも毎日、クライミングをしているのですか?

子どもがいるので毎日、岩に登るというのはなかなか難しいんです。でも、スクールでクライミングを教えるという活動にも力を入れているので、登るという行為と縁遠くなってしまったわけではありません。「教える」ということは私に新鮮な気づきを提供してくれるので楽しいですよ。自分がアタックしているときは集中しているので、冷静にクライミングというものを分析できません。でも人のクライミングを見てひとつひとつの動きについて考えを深めていくと、たくさんの情報が入ってくるんです。人に教えることで論理的にクライミングを捉えられ、このスポーツのメカニズムについてどんどん理解が深まっていますね。
 
―今、住んでいるコロラドのボウルダーという街についてはどう感じていますか? なぜ、ここには多くのクライマーが住んでいるのでしょう。

ここにはじつに多くの山や岩があって、環境にも変化があるので、伝統的なロッククライミングからボルダリング、アイスクライミングもできる。選択肢の多さは世界でもトップレベルですね。私もこうした環境に惹かれてボウルダーに引っ越してきたんですが、その後もクライマーがどんどん増え続け、今ではおそらく100人以上のプロクライマーがこの周辺に住んでいると思いますよ。それにつれてアウトドアコミュニティが大きくなり、ストリートをほんの少し歩いているだけでたくさんの友人に出会え、新しい情報を容易に入手することだってできる。自然にフォーカスした人々が多いので、住環境をよりよくしようという機運も高い。家族とともに過ごしながら山も楽しめ、国際空港も近いので旅をするにも好都合。クライマーにとってこれ以上のベースはなかなかないと思います。
 
―最後に、クライミング以外の活動で今関心をもっていることを教えてください。

近年、ボウルダーの街では、石炭に依存する巨大な電力会社にエネルギーを依存するか、再生可能エネルギーにシフトしていくかで論争がありました。もちろん住民の多くが再生可能エネルギー推進に賛同し、私もこれを後押しするキャンペーンに参加しました。結局、街は経済優先でものごとを考える電力会社の一社支配から逃れることができ、これから再生可能エネルギーの利用が増えていくでしょう。地球のあらゆる場所で気候変動の影響が大きくなり始め、さまざまな生き物がどんどん減っていくという問題に、私たちは直面しているんです。時間はあまりありません。人間はそれぞれが自然について深く考え、さまざまな可能性を急いで模索し始めなければならない。そのためにアウトドアスポーツを愛する人間ができることは少なくないと思っているんです。私たちクライマーは日々、自然環境に触れ、その大切さを実感しています。だから、山や海、美しい川の水や空気がどれほど重要なものかということを、社会全体に翻訳して伝えていかなければならない。つまり、クライミングで得た大切なビジョンをいかに多くの人と共有するかが、今の関心事ですね。
 
Lynn Hill(リン・ヒル)
1961年、デトロイト生まれ。クライミングを始めて数週間でカリフォルニア・ジョシュアツリーの難所(5.10+)を登攀。体操で培った柔軟性、創造性を活かし、10代のころから数々の目覚ましいキャリアを重ねる。一時期、プロの競技会クライマーとして活躍した後、伝統的ロッククライミングに回帰。1994年には「エル・キャピタン」 のノーズルートを一日でフリー登攀。性差を超えた伝説の存在となる。
 
» PAPERSKY #45 Colorado | Bouldering & Hot Springs Issue (no.45)

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