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サルデーニャの旅のナビゲーター 料理家・有元くるみさん

「ここ、どこなんだろう? って思う。ヨーロッパだという以外は特定できない感じ」。旅慣れたくるみさんでもこんな感想をもってしまう、サルデーニャはそんな島だ。 「お隣のシチリア島は行ったことがあるし、反対隣のコルシカ島も知っ […]

05/02/2014

「ここ、どこなんだろう? って思う。ヨーロッパだという以外は特定できない感じ」。旅慣れたくるみさんでもこんな感想をもってしまう、サルデーニャはそんな島だ。
「お隣のシチリア島は行ったことがあるし、反対隣のコルシカ島も知っているけど、サルデーニャのことはほとんど知らなかった。でもね、もう40年くらい前に、母が都内のインテリアショップで気に入って買ってきた舶来の籠がうちにあったの。私もその籠が大好きだったからよく憶えてるんだけど、それがじつはサルデーニャのおばあちゃんが編んだ籠だった。数年前に母がサルデーニャに行ったとき、その籠を編んだ張本人に会ってわかったんです」
そのおばあちゃん独自の変わった編みかただからこそ判明した事実だ。とても有元家らしいこのエピソードが、くるみさんのサルデーニャへのファーストコンタクトだった。
「でも、それだけ。たとえ初めての旅先でも、風景や人々のイメージをなんとなくでも知っていることが多いけれど、ここはまったく想像できない場所でした。地中海の真ん中だから、お魚がおいしいのかな? っていうくらい」
ところが、唯一のその想像さえ覆された。いや、魚がおいしくなかったわけではけっしてなく、くるみさんを驚かせたのはなによりもまず、羊肉のおいしさだったという意味だ。くるみさんが足を運んだのはいきなり島の最奥部、バルバージア地方だったのだから、当然といえば当然のことなのだけれど。
地中海の交易地点として他国から侵略されつづけたこの島の人たちは、征服者たちへ激しく抵抗しながら内陸へと逃げのびて、ついに屈服しなかった。これ以上行き場のない険しい山間で生きる覚悟を決めたのだ。やがて、彼らの住む場所は古代ローマ人にバーバリア=野蛮の地、と呼ばれるようになる。その命名は皮肉にも、過酷な運命を受け入れたバルバージアの人々の誇り高き魂を表す結果にもなっている。
けっして屈しない強さをもつ先住民の住むバルバージア地方は、だからサルデーニャの心臓部分だという気がする。と、そこまで考えをめぐらせてふと、バルバージアが島の左上、まさに心臓部にあたる部分だということに思い当たって、妙に納得してしまった。
そのバルバージアのヌオロ県、ビッティに、アグリツーリズモErtilaはある。今回の旅の印象のほとんどを決定づけた場所といっても過言ではない。バルバージア地方に滞在した数日間、ここから取材に出かけ、ここに帰ってくる毎日だったから、私たち取材班にはサルデーニャの家のようなものだった。そしてそこで迎えてくれたのは、この地に代々暮らしてきたピゴッツィ・デムータスさん。羊500匹に始まり、馬やロバ、牛やヤギ、犬猫たちとともに暮らすピゴッツィさんの人間的な魅力といったら! 自然を敬愛し、家族と仲間と動物たちとともに、必要なものは自分たちでつくって暮らす、究極にシンプルで贅沢なことを、いかにも普通に実践しているということ。そんな彼のつくる料理もお菓子もとびきりおいしくて、私たちのお腹も心も満たしてくれたということ。今回の旅のテーマでもある食べ物で、いちばんおいしかったのは? とくるみさんに訊くと、間髪入れずに「ピゴッツィのごはん!」という答えが返ってきた。
それにしてもくるみさん、気持ちいいくらいになんでもよく食べ、よく飲んで。
「旅先では、おいしいものはずっと食べてる。黙って、食べつづけます(笑)。ここの羊は、いままで食べたなかでいちばんおいしい。それはちょっと、びっくりするくらいに。本来は当たり前のことなんだけど、放牧されて普通に育ってるでしょう?狭いところに囲って無理やり食べさせて太らせたりなんていうことは、たぶんここにはないんじゃないかな。人口160万人だもの、必要ないよね、そんなこと。それに、食べるにしても無駄なく全部使うっていうのがいいと思う」
そうなのだ。Ertilaに滞在中は私たちのために屠ってくれた羊の料理が毎晩ふるまわれ、初日はバーベキュー、翌日は内臓の煮物、その翌日はミンチでミートソースといった具合に、あますところなく食べ尽くした。どれくらい食べたかといえば、ついにはくるみさんが「自分の身体から羊のにおいがする…」と言うほどに。凝った料理というよりは、素材のよさを活かしたシンプルな料理。素材そのものがいいから、凝る必要がないのだともいえるだろう。
「海外に行くたびに、日本にはいろいろありすぎるなって痛感するんです。それが善いか悪いかっていう話ではないし、日本の食文化はすごいと思う。でも、ここの人たちは、たぶん生まれてから死ぬまで土地のものを食べるんだろうなと思うと、そういう無駄のない生活が羨ましくなります。土地のものを、食べすぎずに食べる。そして、植物を生活道具にする。身のまわりあるものを、ほどよい量で使って暮らしているということですよね」
「これだってそう」と、くるみさんはサルデーニャの特産物、ピゴッツィさんの友だちがつくったコルクの皿を指差した。自分が必要な分を、自分でつくる。自分でつくれなくても、仲間の誰かがつくってくれる。そうやってこぢんまりと、見える範囲で自分の暮らしが形成されていく。
くるみさんは、サルデーニャがトレッキングやクライミング、スキーやサーフィンが盛んな島だということにも感心していたが、それにしたって同じことだ。プールでもジムでもなく、身のまわりにあるものを利用しているだけ。
「自然とか、そのままを大事にしている。イタリアって、リニューアルするっていう感覚がないそうなんです。商品のリモデルとか改善といった概念があんまりないらしくて。持っているものを修理しながらずっと使っていくから、男の人はたいがい道具や家の修理ができるんですって」
生き物として本来はいたって“普通”のはずの営み。そうではない暮らしをしている私たちがその普通さに憧憬を抱くとしても、それは当然かもしれない。“善いか悪いか”は別として。
「観光の感覚でここに来ても、なにも感じられないかも。奥が深いっていうか、ある意味、ちょっとハイレベルなんですね。まずあそこに行って、そっちでなに買って、という類の場所ではないと思うから。いままでいろんな国に行って感じてきたことや思い出とリンクしたりすることで、おもしろさが自分で感じられる、ここではそういう楽しみかたができると思うんです」
たしかにサルデーニャは旧石器時代から人類が住み、歴史的にもヨーロッパの原点のような場所だ。さらにはアジアからの遊牧民がサルデーニャ人の先祖だという説もあるから、この島では世界中の文化のオリジンを確認できるのかもしれない。
 
有元くるみ | KURUMI ARIMOTO | 料理家
東京生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、TOMORROWLANDのデザイナーを経て、衣類や雑貨などのモノづくりのほか、旅をテーマにケータリングや料理教室などを中心に活動している。また最近では旅と料理に関する寄稿も多く、『BIRD』『翼の王国』などで執筆しているほか、本誌では“FOOD CLUB”の連載をもっている。
 
» PAPERSKY #44 Sardegna | FOOD Issue (no.44)