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  • Photgraphy: Taro Mizutani

数多くの名ランナーを生んだ街、ユージーンへ

, 2014/04/14

オレゴンには著名なランナーの足跡や伝説を感じられる場所がいくつもある。ポートランドを南下し、数多くの名ランナーを生んだ街、ユージーンへ。そこには、人々を「走り」へと駆り立てる特別な情動が、存在していた。

ポートランドの南方へ車を約2時間30分走らせ、ユージーンへと向かう。通称「トラックタウン」、ランナーの街。ここには多くの伝説の痕跡が存在し、最新鋭の設備と思想がアスリートを後押しし、走ることに対する市民の情熱が充満していた。

この街で伝説と言えば、まずスティーブ・プリフォンテーンの名が思い浮かぶ。1960年代、陸上競技界に突如現れた“彗星”は、中長距離走の記録を次々と塗り替えレースで連戦連勝。出場した153試合中120勝という成績を残した驚異のランナーだった。“プリ”の名で親しまれた彼は、その圧倒的な走りと率直な物言い、クールな風貌で、たちまち全米中のヒーローに。しかし、突如このシンデレラストーリーには終止符が打たれた。1975年、プリは24歳の若さで悲劇的な自動車事故に遭い、この世を去ってしまったのだ。彼は間違いなく、オレゴンが生んだ不世出のスターだった。そんなプリの一生を本に著したトム・ジョーダンに会う。
「プリは亡くなって35年以上経ったいまも、この街の人間に強い影響を与え続けている。それほど彼の走りは強烈だったし、キャラクターには魅力があった。プリの個性を一言で表現するなら“never stop”ということになるだろう。ライバルのランナーに幅寄せされても全然おかまいなし。自分の進もうとする道に邪魔な物があれば、ときには力づくで排除して、強引に勝利をもぎ取る。そして自信と愛嬌たっぷりのコメントを発するんだ。でもレースで負けた時には、絶対に言い訳をしないのもプリのよいところだった。彼は走ることに対しても、自分に対しても、じつに誠実だったんだと思うね」。

怪我、病気とも無縁。プリはレース後でさえ、休養をとらなくてもすぐに全開の練習をおこなえるタフなランナーでもあった。短い競技生活ではあったが、プリはつねに走り続けた。彼が競技へと向かう情動に、理由はあったのだろうか。
「走っているとき、プリの頭のなかにあったのは“怒り”だった。限界の先を見てみたい。そして自分のベストタイムを突き破るため、限界を超えるために必要なのは怒ることしかないと、彼は言っていたんだ。こうした彼のスポーツへ向かうアグレッシブな態度は、間違いなく、その後のアメリカ人アスリートに強い影響を与えたと思うよ」

そんなプリの痕跡を肉眼で確認できる場所が、ユージーンにはいくつもある。彼が車で激突し命を落とした岩「プリズ・ロック」、そして、街の中心部にある「プリズ・トレイル」。このトレイルはプリのアイデアが活かされた画期的な練習用ロードだ。欧州でレースの経験を積んだプリが外国で見た練習用トラックにヒントを得て、ウッドチップで道をつくるという考えを示したのだという。木くずで構成されたコースは足への衝撃を緩和し、トレーニングには最適。まさに「トラックタウン」を象徴するような美しいコースだ。
「ユージーンには全米一有名な陸上スタジアム“ヘイウッド・フィールド”や、プリを始め数多くの名ランナーを輩出したオレゴン大学など、ランニングの練習に最適なソフトとハードがいたるところに用意されている。でも、ここがトラックタウンと呼ばれる所以は人々の情熱にあると思う。住人は自分で走るのももちろん好きだが、とにかく優れたランナーの走りを見るのが好きなんだ。こうした観衆のサポートなしでは多くの名ランナーも生まれなかったはずだよ」

かつてプリが在籍したオレゴン大学の「OTC(=オレゴントラッククラブ)」は、世界にその名を轟かせる名門育成機関。世界最高のランナー達が地球のあらゆる国から集まってくるクラブだ。かつての名コーチ、ビル・バウワーマンはここでプリを始め、32人以上のオリンピック選手を輩出。教え子達がもっと早く走れるようにとシューズ開発に強い興味を示し、後に彼は、NIKEの共同経営者となっていく。オレゴン大学のランナーであったフィル・ナイトと彼のコーチであったバウワーマン。彼らのひたむきな情熱が、世界的なブランドNIKEのルーツなのだ。

バウワーマンやナイトが走り、競ったオレゴン大学。その敷地内にある練習場へ行ってみると、プロと学生が一緒になって、ロンドン五輪選考会に向けた戦いに打ち込んでいる最中だった。現在、世界のベスト10にランキングされる800mの英国人ランナー、ジェマ・シンプソンは街が持つユニークなムードについてこう説明する。
「選手も観衆もとにかく、走りに対して真面目なの。だから私も練習にどんどん集中できる。他の場所とは空気が違う気がするし、OTCだけじゃなく街全体が1つのチームのような感覚にとらわれるわ」       

同じくOTCきっての有望な5000mランナー、ジュリア・ルーカスはユージーンに住むことの喜びをこう語った。
「私はトラックで集中するのに疲れると、山へトレイルに出かけるの。タイムやペースのことだけを考えているとバランスが悪くなるから、トレイルでハッピーになろうと思ってね。レースになると全米一の応援が待っているし、トレイルコースだってさまざまなバリエーションがたくさんある。ウィラメット川のまわりにいくつもあるトレイルは私たちアスリートにとっても最高なの」。

OTCのコーチ、マーク・リンカーは、ランニング競技に対するユージーンの住人の愛情について、こんなエピソードを紹介する。
「昨日、この近くで大学同士で争うバスケットボールの大きな試合があったんだ。でもハーフタイムに突然、観客がスタンディングオベーションを始めた。なんでかって言うと、同じタイミング、別の場所で陸上競技の大きな試合があって、そこでオレゴン出身の選手が勝ったからだった。一般市民がそれほどつねに陸上競技への高い興味を持っている街なんて、他にはないんじゃないかな」。

走ることへの意欲と賛美が充満する街、ユージーン。この6月にはロンドン五輪出場者を決める重要なトライアルが、ここヘイウッドフィールドでおこなわれる。他の土地では考えられないような応援と熱気。そして、数々の伝説を感じさせるフィールドの空気。全米を代表するランナーを決定するのにこれほどふさわしい場所はないだろう。

この周囲を包む不思議なムードはプリの時代と少しも変わっていない。プリもバウワーマンもこの空気を吸って、川を眺めながら、ひたすら走ったはずだ。気がつけば、春の小雨が大雨になりつつある。それでも、眼前に見える市民ランナーの数は、ますます、増える一方のようだ。
 
This story originally appeared in PAPERSKY’s OREGON | Green trail Issue (no.38)

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