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  • PHOTOGRAPHY: ROLAND KELTS

すべての物語は、「旅」の物語|柴田元幸

, 2014/03/14

柴田元幸氏と初めて会ったのは、ニューヨークで数年前に開かれた、村上春樹氏の朗読会だった。おぼつかない日本語で挨拶をしようとする私に、完璧な英語で返してくれたのが印象的だった。アメリカ文学専門の学者とされる柴田氏だが、正確には「文化」の専門家と呼ぶべきだろう。ポール・オースター、スチュアート・ダイベック、トマス・ピンチョンなどアメリカの文豪の作品を日本の読者に紹介する、日本有数の翻訳家である。
 
このインタビューは『ペーパースカイ』No.35 (2011年)に掲載されたものです。Text: Roland Kelts » english
 
──作家、翻訳家、学者として、柴田さんは「旅」にどういう影響を受けていますか?

僕が初めて海外に出たのは20歳のときで、1年間ヒッチハイクなどをしながらイギリスをまわりました。そのときにいろんな人に出会ったことで、憧れのまなざしで見ていた人たちを平等に見られるようになりました。僕が子どものころの日本人には、誰も口にはしなかったけれど人間は3つの階級に分かれているという考えかたがあったんです。いちばん上が欧米人、その次が日本人、そしてそれ以外の人々というものでした。それで、僕はイギリスを旅したわけですけど、そこで出会ったトラックの運転手とかバックパッカーとの話などを通じて、人間は皆、同じなんだということを実感しました。

──その初めての旅で自信がつきましたか?

そうですね。もちろん言語的には流暢ではなかったのですが、あの旅で日本人以外の人とふれあうことに不安を感じなくなりました。村上春樹さんや僕が手がけた翻訳を読んで、昔の翻訳作品とは違うと言う人がいますが、それは、昔の日本の翻訳家が、欧米人は我々とは違い、我々よりすぐれている人だという思いがあったからだと思うんです。そういう考えを前提に翻訳された作品の登場人物は皆、高尚な言葉遣いだったり、硬い話しかたをしている。その一方で、村上さんの翻訳に出てくる人物は日本語でふだん使うような言葉や表現で話をする。日本人読者はそれを読んで、ほかの国の人々も自分たちと同じような話しかたをするんだと気づいたのではないでしょうか。

──欧米への憧れをもった翻訳家のあらたまった翻訳から、口語体やスラングなどを使った翻訳への転換は、村上氏に負う部分が多いと言えますか?

村上さんより前に、リチャード・ブローティガンの翻訳をしていた藤本和子さんを忘れてはいけません。村上さんがブローティガンやカート・ヴォネガットに影響を受けたと聞くと驚くアメリカ人が多いようですけど。

──それらの作家は、村上氏だけでなく、日本に大きな影響をおよぼしましたよね。

フィリップ・ロスやジョン・アップダイク、ソール・ベローなんかと比較しても影響は大きいですね。それは藤本さんによるものです。僕は彼女の翻訳作品を読んで初めて、日本語訳の作品もいきいきとした現代的なものになり得ることを知りました。

──柴田さんが初めてアメリカを旅したときはどうでしたか?

アメリカにいる兄に会いに行ったので、たったひとりで誰も知らないところへ初めて行くのとは状況が違いました。そのころ兄はオレゴン州の山間に住んでいて、仲間と共同で温泉静養施設みたいなものを営んでいたんです。オレゴン州のユージーンのはずれで、山小屋がたくさんあって、週末に都会の人々が遊びにくるようなところでした。そこで兄は野菜も育てていました。
だから僕が見たアメリカというのは、LAなんかとはまったく違う、アメリカ西海岸でした。マリファナは吸ってもタバコを吸う人はいなかったし、誰もお酒を飲んでいなかった。

──なぜ、柴田さんもお兄さんも、アメリカやアメリカ文化に興味をもつようになったんでしょうか?

音楽ですかね。10~12歳ごろからアメリカの音楽を聞いていました。そのころは「あっち」ではなにかおもしろそうなことが起きているんだとうすうす感じていました。蒲田という東京のはずれに住んでいた僕たちが考えていた「あっち」とは、東京の中心部のことです。ただ、成長するにつれ、だんだん東京で起きていることに興味がなくなって、おもしろいことが起きているのは海外だと考えるようになってきたんです。ドイツでもスウェーデンでもよかったんでしょうが、日本では「アメリカ」が欧米すべての代名詞のようなものでしたから。

──それで柴田さんは研究をアメリカ文学に絞られたのですか?

英文学ではなく米文学を勉強することに決めたのは、すばらしい米文学の教授に出会ったからです。僕が学生だったころのイギリス小説の教授は怠け者で、授業に来なかったんですよ。その一方で、アメリカ小説の大橋先生はすばらしかった。すべてが新鮮で、かりに読んでいる本がおもしろくなくても、先生がその本について語る内容がすごくおもしろくて。僕もそんなふうになりたいと思ったのです。いまでも大橋先生の授業で読んだセオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』やフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』はよく憶えています。

──その後もアメリカとアメリカのフィクションに魅了されつづけたのはなぜだと思いますか?

海外の文学を研究する日本人学者の多くは、研究対象の文化を模倣する傾向があります。英文学の研究者は保守的で組織や伝統を重んじる傾向があるし、仏文学の専門家の間では、利己主義的、自己中心的にふるまうのがほとんど礼儀になっているみたいに見える。米文学者の場合は、非常に個人主義的です。組織というものに興味がなく、仏文学者とはまた違った感じでちょっと自己中心的。上の人の言うことをちゃんと聞いてない。
僕がもし英文学を専門にしていたら、性格が違っていたと思います。権威に敬意を示し、もっと保守的になっていたかもしれない。米文学を研究することで僕は個人主義的になれたし、権威に対して反発もできたのだと思います。

──旅をしているときも、日本にいるときと同じように翻訳や執筆に取り組めますか?

旅をしているときのほうが、はかどります。たとえば、公園やオープンカフェで翻訳をしていて、まわりの人がしゃべっているとしますよね。東京の公園の場合、それは日本語だから、言っていることが耳に入って気になり、翻訳作業の邪魔になってしまうんです。でも、海外でまわりが英語で会話している場合、集中しないと頭に入ってこないので、いい感じのBGMというか、音にしか聞こえないんですよ。

──邪魔になり得る要素から解き放たれる。私の場合、日本にいるときはいいんですが、アメリカではまわりの会話が気になって集中できません。

そうですよね。日本にいても海外にいても、公園とか、天気のいいときは広々とした屋外のスペースで作業するのが好きです。ちなみに翻訳はノートパソコンではなく、ノートに手書きです。

──パソコンはまったく使わないんですか?

翻訳には使わないですね。パソコンよりノートでの作業のほうがずっと楽なんですよ。パソコンに日本語を打ちこむとき、何度も変換して漢字を選ぶ行程が面倒。目も疲れないし、手書きのほうがよっぽど楽です。

──携帯電話も持っていませんよね。

持っていません。あまり友だちがいないから、いらないですよ。僕が携帯電話を持たないのと写真を撮られるのを嫌うのは、似たようなことかもしれません。都会に住むことのいいところは匿名性じゃないですか。僕が知らない人が僕を知っているという状態がすごく落ち着かないんです。
もちろん、街で知らない人が僕の翻訳がすごくよかったと言ってくれたりするとうれしいですが、僕の作家仲間たちは、知名度が上がるにつれ、心温まるエピソードが増えると同時に不快なやりとりも増える、と言っています。

──PAPERSKYでは多くの翻訳作品を発表されていますが、いかがですか?

「旅」に関する作品を翻訳することが、唯一の条件です。でも、どんな作品であれ、すべて「旅」の物語なんだと気づきました。どんな話でも、だいたいは誰かがどこかに行ったり来たりしますよね。PAPERSKYで翻訳をした作品にガイ・ダヴェンポートのものがありましたが、そのなかでフランツ・カフカが飛行機ショーを見にどこかの町へ行くんです。観衆のなかにはルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインがいて、妙に目立っているんですよね。これも「旅」の話じゃないですか。
たとえば、エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』だって、ある意味すごく変わった家への「旅」の物語です。ハーマン・メルヴィルの『バートルビー』に登場するバートルビーは、どこかへ行くわけではないけれど、大都会において人間がどれだけ恐ろしく無名になり得るかが描かれている。まあ、僕は「旅」という言葉をとても広い意味で使っているのかもしれませんが。

──PAPERSKYでの翻訳について感想が寄せられることはありますか?

本と違って、雑誌に掲載される作品について感想を聞かせてもらうのはなかなか難しいですよね。でもときどき、翻訳家を目指している若い人がPAPERSKYに掲載された僕の翻訳を読んで役に立ったと言ってくれます。原文とくらべて「ああ、(翻訳は)こうやってやるんだ」という感じで。そういう意味でPAPERSKYのバイリンガルのフォーマットはいいと思います。

──では、柴田さんのお気に入りの旅先は?

季節によりますね。夏は東京を避けてオーストラリアのメルボルンかシドニー。オーストラリアだったら食べ物もおいしいし、天候もいいし、もっともな選択だと思います。
秋はニューヨークで過ごしたいですね。ニューヨークは大好きです。あの街の過去の感触がとくにいい。ワシントン・スクエアではヘンリー・ジェイムズのことを考えさせられたり、建築を見ても、1930年代ぐらいからほとんど変わってなかったり。東京よりはるかに伝統が残っているのがいいですね。
 
柴田元幸(しばた もとゆき)
1954年生まれ。東京大学文学部教授。著書に『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)など、訳書にスチュアート・ダイベック『シカゴ育ち』、スティーヴン・ミルハウザー『三つの小さな王国』(いずれも白水Uブックス)など、編訳書に『紙の空から』(晶文社)など。本誌連載「 Life of Fiction」では「 旅」をテーマに各地の短編を紹介している。

English » ALL STORIES ABOUT TRAVEL: MOTOYUKI SHIBATA| PAPERSKY Interview

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