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  • SWITZERLANDPHOTOGRAPHY: ANDREA BADRUTT

スイスの山上湖をめぐる、水の旅人

, 2013/01/10

ヨーロッパ中央部に降った雨のしずくは、ほどなく、アルプスの山肌に染みこんでいく。80を超える4,000m級の山々は一時的に、たっぷりと水を蓄えた「貯蔵庫」と化すのだ。このようすを目の当たりにできるのが、山上湖の景観である。水の旅人、エルンスト・ブロマイズは、そんな山上湖に囲まれたスイス東南部のエンガディン地方に生まれる。彼は当然のように、谷あいを潤す美しい水の恩恵を受けて育った。そして成長するにつれ、スイスという場所に生まれた自身の使命に気づいていくことになる。

「スイスにある湖の水は、ほとんどがそのまま飲める水。スイス人はこの山と水の恩恵を当たり前のように享受してきた。でも僕らが不自由なく水を使えるのは、この国が環境に恵まれているからであって、言ってみれば幸運にすぎない。いま、地球上ではじつに10億人もの人々が生活に必要な水を得られずに苦しんでいる。しかも飲料水や農業用水に恵まれない人々は年々増えつづけているんだ。だから僕は、いまこそ自問自答する必要があると思った。どうすれば世界の人々に対して、平等に水を分け与えられるのか、ってね」

そしてブロマイズは行動に出る。世界中の人々に、限られた資源である「水」の存在を改めて意識させるため、そして「水」という不思議な物質についての認識を深めるため。彼が選んだのは、「泳ぐ」という行為だった。ブロマイズの最初の冒険は、2008年に決行された。それは、スイスアルプスのグリソンにある200ヵ所の山上湖を泳いでめぐるというもの。当時の冒険行をブロマイズはこう回想する。

「摂氏1˚Cとか2˚Cの湖のなかを、ひたすら泳いでいく。高度2,800mを超える山上湖でのスイムでは強烈な寒さや不安、極度の孤独にもさいなまれた。でもこの経験を経て、水は命の源泉であると同時に、きわめて危険な存在だってことにも気づかされた。水はまさに、生と死を改めて意識させるものだってことがね。スイスでは誰だって水が美しい存在だということを理解できる。でも、それは水の一面。清らかな部分だけじゃなく、その強大な力を知ることによって、人は水の存在感を再認識するようになる。僕の冒険によって自分自身や周囲の人々の水に対する認識が、少しずつ変わっていくのを感じたんだ」

ブロマイズの冒険はこの後もさらに続いた。2010年にはスイス各州にある最大の湖を泳いでめぐるトリップを決意。300kmのレイクスイム、1,000kmの自転車移動を経て、約1ヵ月間、美しい湖をめぐった。そして2012年、ブロマイズは自らがライン川を流れる水となってスイスからフランス、オランダを経て北海まで泳ぎつづけるというプランに挑む。

「ライン川の水は特別、冷たかったよ。でもあの寒さと使命感が僕を奮い立たせた。スイスから流れる美しい水の流れを体現することで、多くの人がきっとなにかを感じ取ってくれると思っていたからね。残念ながらこの冒険は、健康上の理由で途中で打ち切らざるを得なくなったんだけど、また挑戦するつもりだ」

泳げば泳ぐほどモチベーションが高まるというブロマイズ。現在では周囲を驚かせる冒険と同時に、スイス観光局のサポートによる「水の大使」としての活動や、自身で設立した機関「ブルーミラクル」での啓蒙運動など、その動きをいっそう加速させている。

「僕ら地球上の人間は、一刻も早く『水の民主化』を達成しなければならない。水はいまや当たり前に存在しているものじゃなく、意識して守っていかなければならないもの。住んでいる場所で不公平があってはならない。水に恵まれている僕らスイス人やスイスの企業には、率先して水の大切さを訴えていく使命があるんだ。僕はこの活動によって世界中の人々の意識をきっと変えられると信じている。地球上に存在するすべての水のしずくに意味があるんだということを、多くの人に知ってほしいんだ」。

Ernest Bromeis
エルンスト・ブロマイズ
スイス政府観光局より「水の大使」の任命を受けた、エンガディン地方出身のエクストリームスイマー。グラウビュンデン州グリソン在住。「ブルーミラクル」や「ブルーワンダー」等、水の民主化を目指し、活動を展開している。
www.dasblauewunder.ch

This story originally appeared in Papersky No.40. Photography: Andrea Badrutt Text: Hiroshi Utsunomiya

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