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さらに“新しい”ニューデリーの街へ Nü New Delhi

インドらしいカオスを想像してこの地に降り立ったためか、その日がたまたま日曜日だったためか、少々面食らってしまった。中心部へ行ってもそれほどの混雑がないばかりか、あまりにも整然とした街並みが現れたからだ。ニューデリーは、英 […]

11/12/2012

インドらしいカオスを想像してこの地に降り立ったためか、その日がたまたま日曜日だったためか、少々面食らってしまった。中心部へ行ってもそれほどの混雑がないばかりか、あまりにも整然とした街並みが現れたからだ。ニューデリーは、英国人建築家エドウィン・ラッチェンスらの都市計画のもと、1911年からデリー市街につくられた行政都市。道幅の広い道路が放射線状に配置され、沿道には大きく育った街路樹が緑の葉を繁らせている。高層ビルがほとんどなくて空が広いためだろうか、ほかのアジアの大都市にいるよりも居心地のよさすら感じるほど。通りのあちこちに掲げられた「CLEAN DELHI GREEN DELHI」という標語も、あながちまちがいじゃないと思ってしまう。
2010年に開港したインディラガンディー空港の国際線ターミナルや、2002年に開通して現在6路線が町をつなぐメトロの存在も、クリーンな街並みを印象づけている。また、空港にほど近いグルガオンという地区には、昨年、「オベロイ・グルガオン」というラグジュアリーなホテルが開業。水辺に囲まれた建物はオアシスのようで、ホテル内のカフェレストランは水に浮かんでいるかのようなナイスビュー。急速に発展している郊外都市の勢いを感じられるだろう。
「インドというと、人であふれて、道には牛が歩いて……ってそういうカオティックな世界を想像していたのでしょう?たしかに昔はそうだった。でも、ここはコスモポリタンシティだからね。ビジネスや旅行で世界中からいろいろな人がやってくるし、僕らインド人だって海外暮らしをして戻ってきた人がたくさんいる。10年くらい前からかな、だんだんと変わりはじめているんだ」と言うアジムは、ニューデリーに生まれ育って、この街の変化を目の当たりにしてきた。「ま、いまだってオールド・デリーに行けば、いかにもインド的でなんでもありの“ホッチ・ポッチ”な場所はあるけどね」。
そんな彼が働くのは、南デリーの静かな住宅街にあるブティック・ホテル『コラバ・ハウス』。これまでのニューデリーでの宿泊は、ゴージャスな高級ホテルか、バックパッカーが泊まる安宿かの両極端で、その中間がなかった状況。ここ最近は『コラバ・ハウス』のような快適に過ごせる小さなホテルが増えてきている。インドで25年以上暮らしてきたフランス人オーナーが2010年に始めたこの場所は、もともとふつうの家だったところを宿泊施設にリノベート。インドのアンティーク家具がセンスよく置かれた空間と、完璧なホスピタリティで迎えてくれる。
この地区の隣には、ニューデリーでいまもっともおもしろい場所のひとつ、ハウズ・カース・ビレッジがある。中心部からは南へおよそ14km。もともとは、13世紀スルタン王朝期の遺跡につくられた都市内農村だったのだが、アメリカ帰りの女性デザイナーがここに店をつくったことで注目を浴び、アーティストやデザイナーなど、エッジの効いたカルチャーに強い関心を寄せる人々が集まってきた。けっしてきれいとはいえない入り組んだ路地には雑居ビルが建ち並び、そのあちこちにブティックやギャラリー、レストラン、カフェ、ナイトクラブなどが点在。ファンキーな刺激にあふれている。
なかでも国内のインディペンデント系出版社の本や雑誌、リトルプレス、CDやドキュメンタリーフィルムのDVDなどをおもに扱うブックストア『ヨダキン・プレス』は、アンダーカルチャーの動きを感じとれる場所。版元として本を発行している彼らがブックストアを運営するのは、一般の大手書店では扱われない事象をテーマにした本の文化を守り、その権利を勝ち取るため。マイナー・セクシャリティーやカーストなど、タブーをテーマとしたイベントも開催されている。路地を挟んだ向かいには、ドールハウスのような趣の『エルマズ・カフェ』がある。焼きたてパンの香りが漂うティールームでは、ラブリーなひとときを過ごすカップルや家族連れでにぎわっている。
南インド料理の『ガンパウダー』とネパール・ヒマラヤ料理の『イエティ』は、リピーター続出の人気レストラン。くねくねと曲がった路地の突き当たり、袋小路にある建物の最上階へ上がると、とたんにすばらしい眺望が広がる。そこが『ガンパウダー』。この景色を眺めながら食べる南インド料理が最高においしいわけだが、さらにこの店のファンを増やしているのが、火薬という名の特性パウダーの存在。控えめにふりかけて食べると身体に衝撃が走るほどのうま辛さで、病みつきになる人の気持ちがよくわかった。
『イエティ』は、ヒマラヤ地方の文化へのリスペクトが感じられるシックで落ち着きのあるインテリア。彩り豊かで香り立つおいしさの料理に加え、接客のていねいさ、リーズナブルな価格が三位一体になって、より深い満足感を与えてくれるだろう。店の隣には13世紀につくられたスルタン王朝期の遺跡群がある。こうして古いものと新しいものが当たり前のように混在しているところにも、懐の深いデリーを感じる。
ハウズ・カースからさらに南へ行ったラドサライはアートギャラリーが集まるエリア。『ラティテュード28』はそのなかでも先駆的存在で、社会や政治への疑問を投げかけるテーマを扱いながらも、アートのおもしろさを伝える企画展に注目が集まっている。ディレクターのバーナ・カカール女史は「言語や知識を超えたフィーリングを共有する力がアートにはある。そういう作品を社会に送りだすのがいちばんの幸せ」と思いを語る。
デリーの人々は男性も女性も身だしなみに気を使っているようで、街を歩くと、そのおしゃれさに目を見はる。男性は週に一度はサロンに通い、散髪とともにヘッドおよびフェイシャルマッサージをすることを習慣にしている人が多い。ショッピングモールには、美しいデザインと色彩にあふれた洋服やサリーが山と積まれる。
なかでも、オリジナル生地の洋服やインテリア雑貨などを販売する「アノーキ」は、目を輝かせたご婦人たちがたくさん集まる店。木片に彫刻を施した繊細なウッド・ブロックによって一枚ずつプリントするというインド伝統の技術を用いながらも、そのデザインはモダンで洗練されていて、インドの新しいライフスタイルを感じさせてくれるブランド。国内外の高級ブランドショップや、電化製品、雑貨、食料品を扱う店、カフェ、レストランなどが集まったカーン・マーケットなどにあり、日曜の夕方ともなれば多くの人がショッピングや食事に訪れる。
外見だけでなく、内側から美しさを磨くのもデリーの人たちは上手なのだと思う。朝は日の出前から起きて公園へ行き、一日の始まりを迎える。都会のオアシス、ローディ公園にもヨガや体操、呼吸法や瞑想、ジョギング、サッカーなど、思い思いのことをして、朝のひとときをとても気持ちよさそうに過ごしていた。アルコールをほとんど飲まないから、朝もすっきり起きられるのかもしれない。考えてみれば、これほど健康的なライフスタイルはないだろう。インド人に学ぶべきことはじつに多い。
こうしたインドのいまを伝える試みを数多くおこなっているのが、ポートランドに本社がある広告代理店、『ワイデン&ケネディ』のニューデリー支社。ギャラリーの運営、情報発信のウェブサイトや雑誌の制作とともに、伝統的な手書き看板に描かれたフォントのデータベースをつくるプロジェクトにも力を入れている。
「手書き看板はインドが誇る豊かな文化。ストリートにあろうとそれは立派なアートだった。ところがDTPの普及とともに手書きの看板はだんだんと減少、あと10年もしたら確実に消えるだろう。それはどうやっても止められない。でも、こういう文化があったことを地元の人たちに思いださせて、これからアートを学ぶ人たちに伝えていきたいんだ」と、プロジェクトリーダーのハニフ・クレシ氏は言う。それは、消えていくものを守るためのものではなく、消えていくものを歴史のなかに残しながら、どうやって前に進んでいったらいいかを考えること。消えていくものを惜しみ悲しむだけじゃなく、それをバネに未来へと進む。だからこそ、この街はこれほど力強い躍動感に満ちている。
This story originally appeared in Papersky No.39.
Special Thanks: India Tourism, Tokyo (www.incredibleindia.org)