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古道を歩き、 古代を垣間みる|吉田智彦|熊野古道 3

, 2012/10/15

日本の神社仏閣には、神仏に現世利益を求めて祈願する人々が訪れる。本来の宗教的な意味合いがなくなり、願いごとを書き、お賽銭を入れるといった行為は儀式的なものになった。平安時代、人々は神々に近づき、願いをかなえてもらうために、命がけで熊野古道を歩いた。日本における熊野古道の巡礼者のひとり、吉田智彦は、スペインのサンチャゴ巡礼を経験した後で熊野古道の存在を知った。

「平安時代には、上流階級の人々も熊野を巡礼したと言われています。江戸時代には巡礼が一般化し、各地から多くの庶民が熊野を訪れるようになりました」。巡礼者は懐に、通行手形と、旅の途中で行き倒れた場合の葬式費用を入れて歩いていた。「人々が歩いた古道の文化を実際に歩くことで味わってみたかったのです。いまでは熊野の巡礼文化は途絶えてしまったようですが…。古道で他の巡礼者に出会うことがなかったぶん、お地蔵さんや巡礼の途中で行き倒れた人々の墓標に出会うたびに、当時の巡礼者を非常に近く感じることができました」。

熊野古道とは、紀伊山地を縦横に走る複数の道のことを示す。京都から向かう紀伊路、中辺路、伊勢神宮から向かう伊勢路、海岸線の大辺路、吉野から修験道の道として知られる大峯奥駈道、高野山から続く小辺路。スギの生い茂る森を抜ける道、岩だらけの山道。そこには別世界の雰囲気が漂っている。太古の森の深い谷から、消えることのない靄、雨、霧に包まれながら熊野三山をめぐる道だ。

吉田が熊野古道を歩くまでには、紆余曲折があった。1969年に東京で生まれた彼はバブル景気の最盛期に大学を卒業し、サラリーマンになる。「就職は楽でしたが、自分が本当に何をしたいのか考えるようになり、会社を辞め海外に出ました。でも海外で日本のことをけなされると、なぜか頭にきて…。日本の社会が嫌で離れたのに、自分でも不思議に思いました」。その後、日本に戻り熊野古道を歩いたことで、自分が探し求めていたものを見つけた。「古道を歩いてからというもの、私は日本人であることに誇りをもつようになりました」。現在でも、熊野古道を精神修行のために歩く人々がいる。修験道をひっそりと実践する山伏たちだ。だが今日、日本人巡礼者の多くはそれぞれ異なる実存的な疑問を抱き、その答えを見出したいと願って歩いているようだ。「現代の日本には形式だけが残り、肝心な中身が失われているものが多いような気がします」と吉田は言う。「熊野を歩くと、自分自身のルーツを感じ、自分がなにか根源的なものにつながっていると心から感じられる瞬間があります。すべてのものが自然から生まれ、生きるという行為も自然の一部であることがわかるのです」。

吉田智彦/作家・写真家
『熊野古道巡礼』(東方出版)
tomohikoyoshida.net

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