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Oslo, August 31st|ヨアヒム・トリアー

「晩夏のオスロでの最高の思い出は、ヴィグドイで泳いだこと。秘密の場所や飛びこみができる崖がたくさんあってね。オスロの街からトラムやバスに乗って15分ほどの場所にあるんだ。よそから来た人には、信じてもらえないけれど…」。 […]

01/09/2012

「晩夏のオスロでの最高の思い出は、ヴィグドイで泳いだこと。秘密の場所や飛びこみができる崖がたくさんあってね。オスロの街からトラムやバスに乗って15分ほどの場所にあるんだ。よそから来た人には、信じてもらえないけれど…」。
ノルウェーのもっとも高名な映画監督、ヨアヒム・トリアーは、1980〜90年代、オスロで少年時代を送った。ノルウェーは全員が中産階級で、スケートボードを禁じた世界で最初で最後の国。そんな社会の堅苦しさにうんざりしたトリアーと友人たちは、ヒップホップやパンクといったサブカルチャーに魅了され、警察に見つからないように、森のなかにつくったランプで密輸入品のボードを使い、スケートボードに明け暮れたという。オスロは、ストックホルムやコペンハーゲンほど自由で大陸的ではないが、バランスのとれた都市である。
「ロンドンに7年暮らし、最近オスロに戻ってきたばかりですが、昔よりはるかに国際的な街になりましたね。住民は都市生活者であるという意識をもち、その環境からなにかを創造しようとしています。いいクラブも、活気ある劇場も、音楽シーンもある。オスロは生まれ育った街だから、本当に大事な場所。ある男が人生の軌跡をたどり、いまの自分の姿に思いを馳せる物語を映画化しようと決めたとき、自分がいちばんよく知る街であるオスロが最高の背景になると思いました」。
その映画とは、トリアーが監督し、ノルウェーで今夏、最大のヒット作となった『Oslo, August 31st』である。映画は主役のアンデシュが投身自殺を図ろうとしているところから始まる。アンデシュは30代半ばで、リハビリ施設で治療を受けている薬物依存症患者。結局、ぎりぎりのところで自殺を思いとどまった。自殺し損ねた彼は、リハビリを1日休んで街へ行き、友人たちを訪ねたり、仕事探しをしたりする。私たちはスクリーンのなかで、彼の様子を追う。この映画は、過去に囚われて前に進むことができない若者の苦しみを描いた実存主義的な作品だ。ノルウェーのメディアに大絶賛され、カンヌ映画祭「ある視点」の招待作品にも選ばれた。
「この作品は実存主義的な危機を掘り下げて描くことを目的としていたので、さまざまな生活を送る人々が肩を寄せあって暮らすオスロは、最高の舞台でした。ロンドンやパリで生活する人たちは自分のコミュニティにこもっていますが、オスロでは彼らほど外の世界から距離をとることができません。それがオスロのもっともよい面でもあり、悪い面でもあります。善と悪が並んで存在しているのです」。
このような共存の様子は、トリアーが描いたノルウェーの首都の姿に鮮明に表れている。ぼんやりとしたやわらかい色調の映像は、目に見えるもののすぐ下には荒れ狂う現実が隠れているという印象を残す。それでも、絵描きが作品に命を吹きこむために必要な最後の色を加えるような大胆な仕上げからは、ぬくもりとオプティミズムが染みだしている。
「短編映画をつくっていたときから、記憶とアイデンティティはつねに私の作品に欠かせない要素のひとつでした。私は人格がどのように構成されるのか、その経緯に興味があります。脚本を書くときは人間や性格に強い関心を寄せていますが、私が映画の大ファンだということも関係していると思います。映画という媒体そのものが記憶やアイデンティティを反映すると同時に、なによりも思考プロセスを思いださせる芸術形式です。映画は時代を記録したドキュメンタリーであり、私たちが考えていたことを映しています。『 Oslo, August 31st』製作時にいくつかのシーンを撮影したビョルヴィカ地域では現在、大規模な建設作業が進んでいます。10年後、オスロはまったく違う姿になる。この作品は、昔の街の姿の証にもなることでしょう。
これから、予算もスタッフ数も桁違いの米国の映画プロジェクトにとりかかる予定です。それなのに、最近はずっとオスロのことを考えています。まだあの街を描ききれていません。たとえば、私がパリについての映画をつくるのは難しいでしょう。パリを描いたすばらしい作品はいくらでもあるから、どこから手をつけていいかわからないと思う。一方、オスロには大きな可能性があります。オスロについて語るべき物語は、まだいくらでもある。そう確信しています」。
ヨアヒム・トリアー Joachim Trier
1974年ノルウェー生まれ。時間や記憶、アイデンティティを情緒的に表現する映画監督として知られる。脚本と製作を手がけ、2006年に公開した短編映画シリーズ『Repride』に続き、2011年に『Oslo, 31 August』を発表。カンヌ映画祭「ある視点」の招待作品にも選ばれ話題となった。オスロ在住。
» PAPERSKY NORWAY Issue (no.37)