「沢山旅することで、同じコインを様々な角度から見られるようになったね。表と裏だけじゃなくて、三次元にも、さらには、四角にも見ることさえあるんだ」
世界中でクリエイティブな活動をする機会がますます増えてきている、アーティスト、ケヒンデ・ワイリーはこう語る。「例えば、エチオピア人であり、ユダヤ人であるとはどういうことかを知るために、僕はイスラエルに行く。バーミヤン石仏を見るために、アフガニスタンに行き、カブールの街角でそれをモチーフとして、創作をしてみる。それって、世界と繋がると同時に、自分自身をそこに介在させるような感じなんだよ」
アフリカ系アメリカ人アーティストであるワイリーは、ニューヨークのストリートからモチーフを選び、都会的なファッションに身を包んだ人物を巧みに捉え、クラシックな西欧絵画スタイルで描くことで、早い時期から名声を得ていた。しかし、今では、複数の大陸にスタジオを持つワイリーのモデルは、ラゴスやリオのストリートの男たちが多くなってきた。「アーティストだったら、どこでも描けるはずだし、その自由を謳歌して、それが自分に何をもたらすかを模索し、その自由をどう展開させていくかを考えることができるはずだよ」
LA出身、エール大学で学んだこの画家は、アート業界での活動と、彼曰く「グローバル・ストリート・カルチャー」とのバランスも絶妙に保っている。
ワイリーの最近の旅は、スポーツライフスタイル・ブランドのプーマとのコラボレーションでワールドカップ開催国である南アフリカに敬意を表して訪れたものであった。このコラボレーティブ・プロジェクトで、ワイリーはサッカー界のスーパースター、サミュエル・エトー、ジョン・メンサー、そして、エマニュエル・エブエたちの故郷である、ヤウンデ(カメルーン)、アクラ(ガーナ)、アビジャン(コートジボアール)を訪ねた。
「彼らは、セレブのような存在で、特有の品位があるんだよね」 偉大なプレイヤーと共にストリートを歩いた時のことを思い出しながら、彼はそう語る。
植民地時代前のアフリカ彫刻の歴史に関する記述を、ワイリーと共にたっぷりと学んだ後、各プレイヤーは、それぞれのポートレート用にポーズを決めた。本シリーズの4つ目の作品は、「Unity (団結)」とタイトルが付けられた作品では、アフリカの団結を表現する意味で、3人全員を1つの作品に収めた。各作品で、プレイヤーたちは、プーマが契約する全アフリカチームのためにデザインしたユニフォームであるプーマ・ユニティ・キットを着用している。このユニフォーム特有のブラウンは、ガーナ、カメルーン、コートジボアール、そして、モザンビークの実際の土をブレンドさせて発色させたものだ。
ワイリーが描くポートレート作品の背景( ワイリー の典型的なスタイルとして知られている) にも、アフリカへの旅の影響が感じられる。ワイリーは、布地を求めて市場をあわただしく動き回っていただけではなく、現地の職人から染色のプロセスも学んだ。「僕の作品のポイントは、人と背景だ。背景は、いつも歴史的な物から触発されて描くね。大概、時代的感覚と何らかの繋がりがあるもので、それはハーレムのストリートから18世紀のフランスのストリートまで様々だよ」と、彼は説明する。「でも、海外で作品を制作する場合は、いつも、その国の伝統的な装飾とストリートを歩いている人々との関係性を探ろうとしているんだ。」
ワイリーの父親はナイジェリア人で、彼はアフリカをテーマにすること、そして、その歴史の共有や、個人的な強い想いを認めることを厭わない。 「一番やりたかったことは、アフリカに対する威厳とプライドの感覚を与えることだったんだ」 また、続けてこう語っている。「アフリカは、すごく暗い闇に覆われているけど、生活していた時は、そんな暗さなんて感じなかったし、祝祭の感覚が毎日あったよ。毎日、人々が恋に落ちているのを見たし、子供に食事を与えている姿も見た。僕の作品からそんな感覚が伝わればいいんだけど」「Unity」のレプリカを展示したスペシャル・エキジビションが東京で開催され、これに併せてワイリーも北京に向かう途中(ベルリン、パリ、ロンドン、ニューヨークでのイベントは、既に終えている)来日し、僅かの期間だが滞日を楽しんだ。 初の訪日について、彼はこんなことを語った。「飛行機に乗って14時間後に全く違うテイスト、考え方、そしてライフスタイルを知ることができるのは素晴らしいよ。本当に最高だ!」
ケヒンデとプーマのコラボレーションのコレクション、アフリカライフスタイルコレクションは、全国のプーマストアにて発売中。
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